2010/09/01

「同性結婚」って日本に必要なの?・・・フランスみたいな「パックス」で十分なんじゃない?

世界でも同性結婚を認めている国というのは、オランダ、カナダ、スペイン、ベルギー、南アフリカの5つ・・・アメリカでは州レベルで合法化する傾向はありますが、カリフォルニア州では一度は可決されたのに住民投票により差し止めされるということもあって、ここになって日本でも何かと論議になっているようです。

日本でも「同性愛者同士の結婚を認めるべき!!!」という意見はあるようですが、何故「結婚」という制度にこだわるのか理解に苦しみます。

同性同士でも結婚できるなんて「羨ましい!」と、ロマンティックに「結婚」を夢見ているだけなのでしょうか?


まず欧米で「同性結婚」という制度を必要とする背景として、同性カップルが育児するという日本では起きていない状況というのがあります。

養子をもらうこともあるケースもようですし、実子にこだわってどちらかの血縁を持つ子供を生む(または生んでもらう」というケースがあるようですが・・・異性間と結婚と違うのは、実子をも求める場合には二人の遺伝子を持った子供を持つことは不可能なわけで、さまざまな工夫が行われているようです。

レズビアンカップルの場合、同じ精子提供者で二人が妊娠することで、子供同士は同じ父親を持つ兄弟を育ていることがあると聞いたことがあります。

ゲイカップルの場合には、実際に子供を産んでもらえる女性が必要となるので、そう簡単にはいかないようで・・・人工授精のために、ふたり分の精子を混ぜて提供して、どちらが父親なのかを運任せにするカップルもいたりするらしいです。

アメリカでは同性のカップルが子供を育ているという環境が珍しいことでなくなっているので(カリフォルニア州の一部でのはなしですが・・・)子供の養育権というのを均等に二人に与えるという観点に於いて「結婚」という仕組みが、現実的に必要となってきているのでしょう。

それは「離婚」という自体になった時にも、子供の養育は互いに責任を負うということになるわけで、ロマンチックだけでない現実を踏まえてのことのようです。


アメリカの同性カップルの中で、子供を二人で育て「同性結婚」という制度を求める同性愛者というのは、昔ながらの「ファミリーバリュー/家庭主義」を重んじる、保守的な考え方をもった同性愛者ということであります。

「同性愛者」「保守的/家庭主義」というのは結びつかないようですが、父親役が外で働き、母親役は家で家事や育児をして家庭を支えるという考え方をしている同性カップルが存在しているということなのです。

そういう保守的な同性愛者からすると、特定のパートナーを持たない同性愛者というのは、同性愛者全体のイメージを、相対的に悪くする人たちということになります。

もしも「同性結婚」が一般的になったとしたら、結婚しない異性愛者が「負け犬」などと卑下されるように、結婚しない同性愛者も「人として何かが足りない」と評価されてしまうのでしょうか?


日本でも「同性結婚」の必要性を訴える理由として、経済的な問題があります。

そのひとつが、どちらかが亡くなった時に、片方が住んでいる場所を追い出されたり、相続という形でなにも引き継ぐことが出来ないというのです・・・それほどふたりの長く関係が続けば、という仮定のはなしですが。

「養子縁組」のような形で法的には問題回避は可能でありますが、実際にはパートナーである二人を、戸籍上「親子」とするのには、かなりの不自然さを感じます。

「死別」というケースでなくても「別離」という状況で、経済的に弱い立場の側を生活を守る必要はあるかもしれません。

同性カップルで、二人ともバリバリ稼いでいるという「共働き」でお金持ちという人たちもいますが・・・どちらかが経済的に依存している同性カップルというのも結構存在します。

それは、アメリカ人の「ファミリーバリュー/家庭主義」に基づいた、父親役、母親役というわけではないような気がします。

長期間続いている同性カップルで経済格差のある場合が多いのは、依存し合う「縛り」で二人が結ばれていることもあるということです。

依存している側は、一緒にいる限り経済的には安定して生活できるという絶対的な理由があるし・・・逆に経済的に支えている側は、相手が自立していないことで自分から離れることはないという安心感を感じているということもあったりします。

まぁ・・・これは、異性愛者の既婚者にも通じることで、ふたりの人間が長い期間共に暮らすというのは、経済的な依存関係というのは大きなファクターにはなってしまうのは仕方ないのかもしれません・・・。


1999年にフランスで制定されたPACS(パックス/Pacte Civil de Solidarité)民事連帯契約、市民連帯契約、連帯市民協約は、当初は同性愛者を考慮した法律だったそうです。

当時、エイズなどでパートナーを失う同性愛者が多く、相続権などの法的な権利を保証するためのものでした。

最近では、異性カップルも利用する制度となって、フランスの「少子化」を食い止めているとも言われています。

「パックス」は結婚していると同じような税金の優遇措置を受け入れられるにも関わらず、片方の意思だけで解消することも出来るというのが手軽なのです。

子供の養育をしないのであれば、フランスのような「パックス」という制度で十分だと思うのですが・・・もしかすると日本で「同性結婚」を求める人たちというのは、経済的だけでなく精神的にも「結婚」にある「縛り」を求めているのかもしれません。

何はともあれ・・・異性愛者であったとしても、同性愛者としても、ボクは決して「結婚」という形は選ばないだろう・・・と確信するのであります。

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