2017/08/24

三島由紀夫の「切腹映画」!・・・”武士道”でも”愛国主義”でもない同性愛的なマゾシズムの”切腹ごっこ”~「憂國」「人斬り」「巨根伝説 美しき謎」「愛の処刑」「Mishima : A Life in Four Chapters/MISHIMAーー11月25日・快晴(仮題)」「11・25 自決の日 三島由紀夫と若者たち」~


ボクが小学生の頃(1970年代)・・・男の子たちの間では”切腹ごっこ”なるものが流行っていた時期がありました。定規などをお腹に当てて「うっ・・」と呻いて、前屈みになって死んだ真似をするという他愛ないもので、お腹から血や腸が飛び出してくる様子まで再現することを、この上もなく面白がっていたわけであります。当時は、毎晩のようにテレビでも時代劇がやっていたし、切腹シーンがお茶の間でフツーに放映されていた時代ではあったのですが、子供たちに強いインパクトを与えたのは、1970年11月25日に起こった三島由紀夫の自決事件だったのです。

三島由紀夫が”切腹フェチ”であったことは、著書からも言動からも三島独特の”美学”として、生前から周知の事実であったと思います。1960年、増村保造監督の「からっ風野郎」でヤクザ役で映画主演デビューを果たしていた三島由紀夫は、1965年に 短編の切腹小説「憂國」の映画化を企画するのですが、当初は海外の映画祭への出品を前提に、芸術映画として製作しよう話もあったそうです。しかし、三島由紀夫は映画会社から干渉されることを嫌がり、あくまでも”自主映画”として製作することにこだわったため、大映のプロデューサーだった藤井浩明氏によって、秘密裏に大映のスタッフが集められて、会社上層部には隠れて撮影されることになります。そのため、撮影、メーキャップ・アーティスト以外のスタッフはアンクレジットとなっているのです。


「憂國」は、二・二六事件に参加できなかった新婚の中尉が仲間と役職の間で苦しんで、自分は切腹で妻は自害で心中という・・・三島由紀夫の典型的な”死の美学”の物語。能舞台を連想させるようなミニマルなセットと、三島由紀夫扮する中尉と妻(鶴岡淑子)の二人のみの出演者という、当時としては斬新で実験的な映画であります。三島由紀夫は企画当初から・・・台詞なしで字幕によって物語が説明されること、音楽はワグナー作曲の「トリスタンとイゾルデ」を使用することを考えていたそうです。「からっ風野郎」では大根役者っぷりが叩かれて不評だった三島由紀夫でしたが、本作では台詞がないことが作品の芸術性を高めるのに功を博したかもしれません。ボディビルディングに陶酔していた三島由紀夫は、ここぞとばかりに裸体を披露してします。三島由紀夫がリアルさにこだわった切腹シーンには、本物の豚の内蔵を使って飛び出す内蔵を再現・・・当時のスプラッター表現としてはモノクロの画面と相まって、かなりショッキングです。


日本で「憂國」は、当時は海外のアート作品配給専門だったATGで上映・・・「憂國」は28分の短編映画だったので、併映はルイス・ブニュエル監督の「小間使いの日記」だったそうですが、記録的な大ヒットとなります。後に独立プロと半分ずつ予算を出す「一千万円映画」と呼ばれるATGの低予算映画のきっかけになったのは、実験的な前衛映画であった「憂國」の成功があったと言われています。しかし、三島由紀夫の死後、未亡人の要望により、上映用のフィルムは全て焼却処分されてしまうのです。表向きは、自決事件をストレートに連想させるからという理由ですが・・・もしかすると、未亡人は「憂國」に秘められていた三島由紀夫にとっての”切腹”の意味が許せなかったのしれません。ボクが初めて「憂國」を観たのは、フランス上映版のコピーをダビングしたビデオテープだったので、本作の映像美の見る影もない粗悪なモノでした。2005年、「憂國」のネガフィルムと資料が三島由紀夫の自宅で発見された(実は未亡人の死後の1995年には発見されていたらしい)ことが公表されて、翌年には日本国内ではDVDと全集別巻として発売されています。


演出を担当した堂本正樹は、慶応普通部4年生の時(1949年頃?)に、銀座のゲイバー「ブランズウィク」のボーイから新人作家だった三島由紀夫を紹介されたという人物・・・二人の仲をとりもったボーイが亡くなったことがきっかけで親密になり、三島由紀夫の”弟分”として親交を結んだとのこと。「憂國」の映画化が企画されるずっと前から、二人で”切腹ごっこ”をしていたそうです。三島由紀夫は「聚楽物語」の無惨絵を見せて”切腹ごっこ”に誘ってきたそうで・・・新宿の小滝橋通りの岩風呂のあった宿にしけこみ(!?)、”兄弟ごっこ”といって風呂で背中を流し合い、忠臣蔵の判官切腹の場面、満州皇帝の王子と甘粕大尉、沈没する船の船長と少年水兵、ヤクザと学習院の坊ちゃんなど、三島由紀夫の好んだ設定で”切腹ごっこ”は繰り返し行なわれたといいます。美少年に見守られながら切腹をするシチュエーションには、特に興奮していた様子で、”切腹ごっこ”をしながら三島由紀夫は勃起していたそうです。堂本正樹によると「憂國」の新婚夫婦という設定は”方便”で、実は”美少年と美男”の物語であったとのこと・・・三島由紀夫と堂本正樹の”兄弟の神話”であったというのですが、三島由紀夫が”切腹ごっこ”をしていたのは、堂本正樹”だけ”ではなく他にも何人かいたと言われています。


三島由紀夫が自決する一年前に公開された五社英雄監督の映画作品「人斬り」で、三島由紀夫は再びカメラの前で切腹を演じることになります。「人斬り」は勝新太郎主演の人斬り以蔵の半生の物語で、勝プロダクションの第一作目・・・勝新太郎によって演じられた人懐っこい以蔵のキャラクター、仲代達矢や石原裕次郎などのスター共演、五社英雄らしい血しぶき殺陣シーンの娯楽作品で、興行的にも大ヒットします。三島由紀夫が演じるのは、以蔵の理解者であり友人でもあった田中新兵衛役で、主人公の以蔵と対比して寡黙でありますが、以蔵の裏切りにより切腹で自決するという物語に重要な役柄です。

新兵衛の出演場面はそれほど多くはないのですが、勝新太郎が演じる以蔵に互角に渡り合える強烈なキャラクターが必要だと制作側は考えて・・・自分の思想や美学を貫く姿勢が、当時の学生運動をしていた若者の人気を集めて”スーパーアイドル”のような存在だった三島由紀夫に白羽の矢が当たったそうです。当然、三島由紀夫は、切腹する新兵衛役を喜んで引き受けます。盾の会の設立、自衛隊への体験入隊、日本古来の武道への傾倒など・・・幕末の志士らを連想させる危険な雰囲気を漂わせていて、三島由紀夫の抜擢は好評だったそうです。

いざ撮影となると三島由紀夫は緊張してしまくり、上手く台詞を言えず、何度もNGを出したそうですが・・・衣装ではなく普段着でリハーサルをしたり、勝新太郎からの演技のアドバイスやフォローで、なんとか撮り終えることができたということです。素人臭い緊張している演技が逆に新兵衛の殺気ある存在感を生み出していたと、高い評価を受けます。基本的に五社英雄監督の演出には一切口出ししなかった三島由紀夫でしたが、切腹の場面の演技だけは任せて欲しい直談判して、一任されることになるのです。


以蔵によって暗殺の濡れ衣を着させられた新兵衛が、証拠となった刀を見せて欲しいと手に取ると・・・唐突に刀を自らの腹に突き刺して切腹してしまいます。さすがに「憂國」のように飛び出した内蔵などや血だらけのスプラッター表現はありませんが、カメラは三島由紀夫の鍛え上げられた上腕筋や背筋をじっくりととらえて、臨場感溢れる迫真の演技を見せつけるのです。否が応でも自決事件を連想させてしまうからなのか・・・五社英雄監督と勝新太郎の代表作ともいえる作品にも関わらず(1990年代には国内ビデオとレーザーディスクのリリース、フランス版DVDはありますが・・・)いまだに国内版DVDは発売されていません。


自決事件後・・・ことあるごとに歴史として振り返られるたびに、三島由紀夫の行動の異常さにスポットライトがあてられるようになります。若者は”シラケ世代”と呼ばれるように無気力になり・・・さらに経済的に豊かになっていくと「なんとなくクリスタル」的な(おそらく三島由紀夫が最も嫌っていたであろう)風潮が、若者文化の主流となっていったのです。「日本男児」という汗臭いイメージはトコトン嫌われて、切腹なんて「ダサい」という反三島由紀夫的な世界観に日本国内が満ちあふれていた1980年代前半に、三島由紀夫的世界観(ただし同性愛的観点)に傾倒していったのが「ゲイ」であったことは偶然ではありません。


1983年に「薔薇族映画」の第一弾として製作された「巨根伝説 美しき謎」は、ピンク映画の監督として知られる中村幻児によるソフトコアのゲイポルノ映画であります。以前「おかしのみみ」という映画ブログで、この作品について書いたことがあるので、そちらも参照してください。本作が三島事件を題材としていることは明らかです。登場人物は男だけでヌードやセックスシーンはふんだんにあるものの、ゲイポルノとしてそそられるようなエロではなく、コメディタッチの軽さやセットの陳腐さなどが、いかにもピンク映画らしい不謹慎さなのです。薔薇族映画という限られた観客向けに制作されたから、三島由紀夫の未亡人や関係者の目には留まらなかったものの・・・もしも、本作の存在を知られていたら、お咎めなしでは済まなかったと思います。

当時ピンク映画(ストレートもの)の常連男優だった大杉蓮扮する三谷麻紀夫(明らかに三島由紀夫を意識!)が率いるのは先生と呼ばれる右翼リーダー・・・若い隊員たちと半裸姿で筋トレしたり、愛国思想の勉強会をしたり、軍人訓練の合宿をしたりしています。当然のことながら・・・隊員は全員そろってゲイで、新人隊員は先輩に犯されてゲイに目覚めするし、合宿の夜は隊員同士はやりまくったりという単なるゲイ集団なのです。三谷先生の側近でもある森脇(森田必勝を意識?)は、夜になると先生のケツを掘って啼かせています。自決事件後、三島由紀夫の遺体の肛門から森田必勝の精子が検出されたという”デマ”が拡散したことがありましたが・・・その妄想を映像化しているようです。


先生と森脇で切腹ショーを演じれば、隊員たちはむせび泣きながら興奮して、全員で乱交という・・・とにかく「一心同体」をモットーに、ことあるごとにやりまくっている集団ではありますが、警視総監を人質にして自衛隊員を説得してクーデターを企てる(まるで三島事件と同じ!)ことになります。しかし、前夜にやりまくったために朝寝坊して決起できなかった隊員カップルは、その後新宿二丁目で女装バーで働いているという・・・なんとも陳腐なオチで終わるのです。ところどころ三島由紀夫を連想させる、確信犯的な本作が製作されて、宣伝もされて(ゲイ向けの専門館とはいえ)映画館で堂々と上映されていたことは驚きかもしれません。


「愛の処刑」は、1952年から1962年まで発行されていた”アドニス会”の同人誌「ADONIS(アドニス)」の別冊「APPLLO(アポロ)」5号(1960年10月)に発表された榊山保という名義で発表された同性愛小説・・・「憂國」との共通性が指摘されて、三島由紀夫が書いたものではないかと発表直後から噂されていたそうです。2006年に三島由紀夫によって執筆されたことが確定後には、三島由紀夫全集の補巻にも収録されています。筆跡から三島由紀夫であることが判明することを危惧して、堂本正樹によって書き写させた原稿が同人誌へ送られたそうです。この「愛の処刑」を原作とするゲイポルノ映画が、奇しくも「巨根伝説 美しき謎」と同じ年の1983年に制作/公開されます。

監督はピンク映画の黎明期から男優として活躍していた野上正義で、1970年代のATG映画っぽい暗くて陰湿な雰囲気を漂わせていて、「巨根伝説 美しき謎」のような”おふざけ”は一切なし・・・低予算ながら重厚な印象に仕上がっています。登場人物はほぼ二人だけの60分の中編作品ですが、制作者たちの気迫が伝わるような一作です。ゲイ向けのポルノ映画館で公開するために制作された作品なので(ただ”ポルノ”を期待すると肩すかしかもしれません)・・・三島由紀夫好きのストレートのお客さんに観られることは、殆どなかったカルト作品です。近年では、横浜の日ノ出町にある国内唯一の薔薇族映画の専門上映館で上映されることもあるようですし・・・上映権を持つケームービー株式会社によって、VHSビデオの通信販売は行なわれています。

さびれた漁港のある村の一軒家に暮らす中学校の体育教師の大友先生の元に、彼の教え子である今林少年が大雨の夜に訪ねてきます。素行の悪かった田所少年を大雨の中に立たせた体罰のせいで、肺炎で亡くなっていたのです。田所少年の死は大友先生のせいだから、責任をとって切腹して死ぬべきだと、親友でもあった今林少年は”処刑”を求めます。二人の少年を愛していた大友先生は、喜んで切腹を決心するのですが・・・褌姿になって井戸の水で体を清める大友先生の姿を、舐め回すように見つめる今林少年も、実は大友先生を愛していたのです。


手渡された短刀で切腹する大友先生の横で「ただ、先生が好きで切腹して死ぬところが見たかった」と告白する今林少年・・・大友先生も「君のような美少年に見守られて切腹したかった」と答えて、二人はお互いの愛を確認します。腹を切開した”だけ”で即死するわけではないので、介錯なしの切腹というのは腸が飛び出しても生きた絶え絶えという苦しみが続くのです。大友先生が息絶えた後、その遺体を前にして今林少年は心の中で「先生、愛している!」と何も叫び(きっと先生のカラダを愛したはず!)朝方には短刀で胸を突いて後追い自殺・・・翌朝、普段のように家政婦が大友先生の一軒家に向かっています。


本作に直接的なセックスシーンというのはないので”ポルノ映画”と呼べないかもしれません。それでも、強烈なエロティシズム漂ってくるのは、当時のゲイ好みを反映したキャスティング・・・大友先生を演じる役者さんの雰囲気は、高倉健と三島由紀夫を足して二で割ったような男臭いタイプですし、今林少年を演じる役者さんは「さぶ」の挿絵に出てきそうな”美少年”です。わきががキツかったと言われる三島由紀夫同様に、大友先生もわきががキツいという設定だったりして、明らかに三島由紀夫を意識しています。

愛する美少年に見守られて切腹死したい・・・という自らのフェチを昇華させた小説を(偽名であっても)発表せずにいられなかった三島由紀夫にとって、本作で描かれている切腹こそが理想であったと思えてしまいます。1983年というバブル景気に向かいつつあった日本で、時代の空気に逆行するような「愛の処刑」を映画化しようとした制作者たちの思いも強かったことも感じるのです。


「Mishima : A Life in Four Chapters/ミシマ:ア・ライフ・イン・フォー・チャプターズ(原題)」は、アメリカン・ジゴロ」の監督や「タクシードライバー」の脚本家として知られるポール・シェレイダーによって製作された1985年のアメリカ映画です。三島由紀夫の歩んだ人生の回想(モノクロ)、代表的な小説3作品のオムニバス(極彩色)、自決事件を起こす現在(カラー)という3つの要素をミックスして「過去と現在」「現実と虚構」を行き来しながら三島由紀夫の人物像に迫った、伝記映画として同じような構成の作品が存在しない独創的な作品となっています。キャストは全員日本人の俳優で、ナレーションを除いて台詞も全て日本語・・・アメリカ映画でありながら日本映画のようです。

「MISHIMA ーー11月25日・快晴」という仮の邦題までつけられていましたが、右翼団体が上映反対の騒ぎが起こることを配給会社が危惧して上映されなかったというのが、定説のようですが・・・三島由紀夫の未亡人から、猛烈な抗議があり日本国内での上映を絶対に認めなかったとも言われています。三島由紀夫の同性愛的な嗜好を匂わす表現があることが、感情的に許せなかったのかもしれません。いまだに、日本では劇場公開はおろかDVD/ブルーレイの発売もなく、ケーブルテレビでの放映もネット配信さえされていない・・・日本国内に限れば”封印映画”ではありますが、海外版のDVD/ブルーレイが発売されているので視聴することは比較的簡単にできます。

まず、小説3作品の映像化それぞれ”だけ”で邦画のまるで映画一本分のようであります。「金閣寺」坂東八十助、佐藤浩市、萬田久子、「鏡子の部屋」沢田研二、左幸子、烏丸せつこ、李麗仙、横尾忠則、「奔馬(豊穣の海・第二巻)」永島敏行、池辺良、勝野洋など豪華キャストで、アメリカ映画が日本を扱った時のような不自然な表現は皆無です。本作の小説部分で映画の美術を初めて担当した石岡瑛子氏は、本作で高い評価を受けたことをきっかけに衣装デザイナーとして活躍の場を世界に広げることになるのです。本作では舞台のような装置が展開するセットが特徴的で、小説の虚構の世界観を見事に表現しています。


青年期以降の三島由紀夫を演じるのは、緒形拳・・・正直、顔が似ているとは思えないキャスティングなのですが、筋トレによる肉体改造、付け胸毛に腹毛(!)と外見だけでなく、三島由紀夫の特徴的なクセまでも演じきっていて、いつの間にか緒形拳が三島由紀夫にしか見えなくなってくるほど見事な演技なのです。多くの代表作がある緒形拳ですが、、もしも本作も日本公開されていれば代表作のひとつとして語られることは間違いありません。


クライマックスとなる切腹シーンは、グロテスクな表現ではなく、三島由紀夫らしい最期の瞬間をエモーショナルに表現しており、彼の代表作3作品の主人公達の悲劇的な最期とオーバーラップさせながらも、陽が昇っていくエンディングは明確な三島由紀夫讃歌として、清々しい(?)終わり方をするのです。「Mishima : A Life in Four Chapters」のような三島由紀夫の作家性、人間像、創作世界を総括するような作品を、アメリカ人によって製作されてしまったのは、ちょっと残念に思います。


三島由紀夫の自決事件が日本映画で描かれるのは、没後40年以上経った2011年で、若松孝二監督による「11・25 自決の日 三島由紀夫と若者たち」であります。盾の会の設立から自決事件までを描いているのですが、学生運動や右翼を絡ませてくるところが若松孝二らしさ・・・また、三島由紀夫を語る時、あまり触れられることのない瑤子夫人が重要なアイコンとして描かれるのも独特かもしれません。エンディングには日本の音楽事務所がデビューさせたイギリス人バンドのベラキス(Belakiss)の曲が流れるのですが・・・これって、三島由紀夫が最も嫌っていただろうタイプの音楽のように思えます。さまざまな証言や文献に基づくエピソードを時系列で描いているものの、あくまでも若松孝二監督の視点でしかない印象です。


完全なミスキャスティングとしか思えないのは、三島由紀夫を演じる井浦新(本作のためARATAから改名までした)・・・”モノマネ”の必要はないのかもしれませんが、あっさりとした井浦新の雰囲気は、過剰なほど男臭さい三島由紀夫とは真逆です。さらに・・・意外なほど(?)鍛えられていない井浦新のゆるい腹周りは、肝心の切腹シーンの緊迫感を台無しにしています。また、森田必勝役の満島真之介の無駄に熱い演技も空回りしていて、盾の会のメンバー達も含めて、頭のおかしくなった愛国主義者/武闘派右翼という印象なのです。三島由紀夫の”切腹フェチ”をステレオタイプ化せずに表現することが、なんと難しいことなのかを改めて感じさせられます。


三島由紀夫は映画の役柄だけでなく・・・友人でもあった矢頭保(めのおかし参照)による切腹写真も撮影しています。自決事件での死に様は、もしかすると三島由紀夫が思い描いていた”死の美学”には、ほど遠かったのかもしれません。”切腹ごっこ”が切腹に対しての自慰的な行為だったとしたら、マスターベーション”だけ”で満足できれば良かったのに・・・と思ってもしまいます。マスターベーションだけでは性的な達成感を得られなくなり、本番(切腹)をしなければならなくなることは、三島由紀夫にとっては当たり前の終着点だったのかもしれません。

三島由紀夫の自決した時の様子は、悲惨そのものだったと言われています。何度も演じていたおかげか(?)・・・小腸が飛び出るほど深く広く切開された見事な切腹だったそうです。三島由紀夫の介錯という大役を担った森田必勝は、緊張のあまり三度も斬り損じたようで・・・頸部の半ばまで切られて頭部が前に傾く体勢になってしまい、三島由紀夫は自ら舌を噛み切ろうとしたほど苦しんだらしい。


結局、古賀浩靖によって首の皮一枚残すように介錯をされ、切腹に使用した短刀で胴体と頭部が切り離されたそうです。森田必勝の後追い自決を三島由紀夫は止めていた言われていますが、森田必勝の固い意志は最後まで揺るぐことはありませんでした。考えてみれば・・・介錯の失敗で面目を失った森田必勝には、自決するしか残された道はなかったのかもしれません。ただ、森田必勝の腹部に残っていた切腹の痕は切り傷程度で、古賀浩靖の介錯による即死だったそうです。

ボディビルで鍛えられた肉体で盾の会の同志(森田必勝らが美少年かは別として)に見守られて切腹する瞬間こそが、三島由紀夫にとっての人生最高のエクスタシーであったとするならば・・・「ネクロマンティック」のラストシーン、死体愛好家の主人公が自殺しながらマスターベーションに興じる姿に、オーバーラップしてしまうところさえあります。”武士道”でも”愛国主義”でもなく・・・三島由紀夫の”切腹フェチ”の根本に、同性愛的なマゾヒズムとナルシシズムを感じてしまうのです。


「憂國」
1966年/日本
監督、製作、原作、脚色、美術 出演:三島由紀夫
1966年4月12日、劇場公開

「人斬り」
1969年/日本
監督 : 五社英雄
原作 : 司馬遼太郎
脚本 : 橋本忍
出演 : 勝新太郎、仲代達矢、三島由紀夫、石原裕次郎
1969年8月9日 劇場公開


「巨根伝説 美しき謎」
1983年/日本
監督 ; 中村幻児
出演 : 大杉蓮、長友達也、野上正義、首藤啓、山科薫、金高雅也
1983年4月 劇場公開

「愛の処刑」
1983年/日本
監督 : 野上正義
原作 : 榊山保(三島由紀夫)
出演 : 御木平助、石神一
1983年11月2日 劇場公開


「ミシマ:ア・ライフ・イン・フォー・チャプターズ(原題)」
原題/Mishima : A Life in Four Chapters
仮題/MISHIMAーー11月25日・快晴
1985年/アメリカ
監督 : ポール・シェレイダー
出演 : 緒形拳、三上博史、沢田研二、坂東八十助、佐藤浩市、永島敏行
日本劇場未公開


「11・25 自決の日 三島由紀夫と若者たち」
2011年/日本
監督 : 若松孝二
出演 : 井浦新、満島真之介、寺山しのぶ
2012年6月2日 劇場公開



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