2014/07/25

ピエール・ベルジェとサンローラン財団が全面協力した伝記映画・・・ちょっと下世話なゲイ描写と伝説的なファッションショーの再現~「イヴ・サンローラン/Yves Saint Lauren」~



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2002年にデザイナー引退を表明して以来、イヴ・サンローランに関する映画が続々と製作されています。20世紀のフランスファッションを代表するデザイナーというだけでなく、公私ともにパートナーであったピエール・ベルジェとの同性愛関係や、若者カルチャーが激変した1960年代から1970年代の生き証人として、語るべき物語には尽きないようです。

まず、2002年の引退時期に合わせたかのように発表されたデビット・テブール(David Teboul)監督による2本のドキュメンタリー映画があります。「Yves Saint Laurent: His Life and Times」は、インタビューと過去の映像を取り混ぜた・・・唯一のイブ・サンローラン生前に作られたドキュメンタリー映画です。サンローラン本人が自身のホモセクシャリティについて語るだけでなく、サンローランの母親に息子のホモセクシャリティに関して質問するという突っ込んだ内容でした。「Yves Saint Laurent: 5 Avenue Marceau 75116 Paris」は、最後のオートクチュールコレクションの製作過程に密着したドキュメンタリー・・・精気に欠けたイヴ・サンローランの姿には痛々しいところもあり、それを含めて貴重な映像と言えるかもしれません。

2008年、イヴ・サンローランが71歳で死去。その後、イヴ・サンローランとピエール・ベルジェによって収集された美術品のオークションの過程を追いながら、ピエール・ベルジェの回想インタビュー、サンローラン生前のフィルムやスチール写真などで構成された・・・2010年のピエール・トレトン(Pierre Thoretton)監督によるドキュメンタリー映画「イヴ・サンローラン/L'Amour Fou」(めのおかし参照)が制作されました。日本では「イヴ・サンローラン」というタイトルがつけられていましたが、フランスの原題「狂おしい愛」が示していたとおり・・・ピエール・ベルジェというイヴ・サンローランを愛した男の人生を浮き彫りにしたものでした。

そして、ドキュメンタリー映画「イヴ・サンローラン/L'Amour Fou」から数年・・・去年、今年と続けてイヴ・サンローランを描いた”劇映画”が2本「イヴ・サンローラン/Yves Saint Laurent」と「サンローラン/Saint Laurent」が製作されているのです。

先に公開されたジャリル・レスペール(Jalil Lespert)監督による「イヴ・サンローラン/Yves Saint Laurent」は、イヴ・サンローラン財団とピエール・ベルジェの全面的な協力を得て作られた・・・いわば「公式」な伝記映画であります。実際のイヴ・サンローランの仕事場やファッションショー会場で撮影を行い、ファッションショーで使用された衣装は特別に財団により保存されている”オリジナル”という「本物」にこだわる徹底ぶり・・・さらに、若き日のイヴ・サンローランに生き写しのピエール・ニネによる完璧なモノマネ演技より、伝記映画としては隙がありません。

本作「イヴ・サンローラン」では、1958年イヴ・サンローランがクリスチャン・ディオールのアシスタントとして働き始めるところから、デザイナーとして全盛期の頂点であった「ロシアンコレクション」までを、美術品のオークション出品準備をするピエール・ベルジェ(キョーム・ガリエンヌ)の視点で振り返っていくのですが・・・2010年のドキュメンタリー映画「イヴ・サンローラン/L'Amour Fou」と内容的にかぶっているところが多く、インタビューで語られていた部分が再現されているという感じです。映画ではハッキリとは描写されていませんが・・・1976年の二人の恋人関係が解消した時点で回想が終わるということで、本作も「イヴ・サンローラン/L'Amour Fou」と同様にピエール・ベルジェ版のイヴ・サンローランの伝記と言えるのかもしれません。

1時間45分ほどで、イヴ・サンローランの人生のうち最も波乱に満ちていた20年間ほどを振り返ろうというのですから、いろんな逸話をあれこれと詰め込んだという印象です。イヴ・サンローランの人生と彼の交友関係のあった人々を知らないと、登場人物が誰なのかが理解できないかもしれません。ネタバレは気にせずに、前記のイヴ・サンローランのドキュメンタリー映画などを観たりして、しっかりと予習して観ることが必要だと思います。

ここからネタバレを含みます。


クリスチャン・ディオールの葬儀会場で初めて会ったと言われるイヴ・サンローランとピエール・ベルジェ・・・当時ピエール・ベルジェにはアートディラーのバーナード・ブフェット(ジャン=エドワルド・ボザック)という恋人がいたのです。その後、ピエール・ベルジェはハーパーズ・バザーの編集者のコネを使って(?)クリスチャン・ディオー亡き後のコレクションでデザイナーに就任したばかりのイヴ・サンローランを食事会で紹介してもらい・・・二人は見事に恋に落ちることになります。


これは”奇跡の出会い”と言えるかもしれませんが・・・ピエール・ベルジェの策略が上手くいったと邪推してしまうのは、少々意地悪でしょうか?当初はプライベートな関係だった二人でしたが、ピエール・ベルジェは徐々にディオールのデザインスタジオに入り込んでいき・・・そして、ピエール・ベルジェはバーナード・ブフェットと分かれて、イヴ・サンローランと同棲を始めるのですから。


しかし、ディオールから解任された後、イヴ・サンローラン自身のオートクチュールハウスを設立するために、金策を走り回ったのはピエール・ベルジェだったわけで・・・精神的に弱いイヴ・サンローランにとっては、ビジネス上でもピエール・ベルジェは欠かせない存在となっていくのは当然のこと。後にイヴ・サンローランの才能の寄生虫のように、煙たがられてしまう存在となってしまうピエール・ベルジェですが・・・イヴ・サンローランのキャリアにとって、必要不可欠な人物であったことは否定できないのかもしれません。

クリスチャン・ディオールのミューズであったヴィクトワール・ドゥトレリュー(シャルロット・ルボン)は、イヴ・サンローランの独立後もミューズであり、カール・ラガーフェルド(ニコライ・キンスキー)とのプラトニックな奇妙な三角関係もあったのですが・・・いきなり彼女は引退することになります。それは、ディオールに代表された”ライン”の時代から、”感性”のファションの時代へ移行したこともあったようなのですが、実はピエール・ベルジェとヴィクトワールの確執があったことが本作で描かれています。それも、ピエール・ベルジェがヴィクトワールと無理矢理肉体関係を持ったことを、あえてイヴ・サンローランの告げ口するという”小汚い”手口だったというのですから・・・なかなかエグいです。


その後、1965年「モンドリアンルック」の世界的な注目を集めたイヴ・サンローランは、オートクチュールのデザイナーとして初めてプレタ・ポルテ(高級既製服)の店舗をオープンさせたり、「サファリルック」「パンツスーツ」「アフリカンルック」など若々しい感性で、デザイナーとして第一線の活躍をしていくことになります。デザインに追われるパリから逃げ出し、プライベートな時間を過ごすため、イヴ・サンローランはモロッコに別荘を購入・・・新しいミューズとなったバティ・カトルー(マリー・ドビルパン)やルル・ド・ラ・ファレーズ(ローラ・スメット)らとつるむようになるのです。


時代の寵児となったイヴ・サンローランの元には、流行の先端をいく若者が集まってくるわけで・・・時代的な背景を考えれば、ドラッグ、アルコール、セックスに溺れていくことは、当然の流れだったのかもしれません。ただ、恋人としての愛情だけでなく、ビジネスのパートナーの責務として、ピエール・ベルジェは”お目付役”という嫌われ者をかって出て、イヴ・サンローランを守ろうとしていたというのは、ある意味真実なのかもしれません。

1970年代のパリ社交界とゲイのアンダーワールドのセレブであったジャック・デ・バシェー(ザビエ・ラ・フェット)は、カール・ラガーフェルドの恋人として知られていますが・・・実はイヴ・サンローランとも愛人関係にありました。パーティー会場の片隅でジャック・デ・バシェーがイヴ.サンローランを誘惑してオーラルセックスをしたり、怪しいゲイクラブでイヴ・サンローランが手を縛られて後ろから犯されているとか・・・ちょっと下世話なゲイ描写(映画では、ハッキリとは映像では見せていませんが)によって描かれています。

勿論、ピエール・ベルジェがイヴ・サンローランとジャック・デ・バシェーの関係を見逃すわけはなく・・・ピエール・ベルジェはジャック・デ・バシェーを脅迫して、無理矢理イヴ・サンローランから引き離すことになるのです。ジャック・デ・バシェーとの経緯があった後、ピエール・ベルジェとイヴ・サンローランは結果的に恋愛関係を解消することになり、純粋にビジネスパートナーとなってしまうのですから、ジャック・デ・バシェーの存在というのは非常に大きかったと言えるでしょう。


本作では、長年に渡るカール・ラガーフェルドとの(デザイナーとしてだけでなく)プライベートでの確執を描ききれていないのは残念・・・ピエール・ベルジェ公認ということもあるでしょうが、カール・ラガーフェルド側への配慮もあるのかもしれません。そのため・・・精神的に弱いイヴ・サンローランは第一線でデザイナーとして活躍し続けるプレッシャーによって、徐々にドラッグ、アルコール、セックスに溺れていったという「才能に溢れた成功者の転落」「輝かしい過去への郷愁」いうドキュメンタリー映画で何度も描かれた・・・お馴染みの「イヴ・サンローラン物語」となってしまったような気もします。


さて・・・もうひとつのイヴ・サンローランの伝記映画は、ピエール・ベルジェの協力も、財団のサポートも受けずに製作された”非公認”となるベルトラン・ボネロ(Bertrand Bonello)監督による「サンローラン/Saint Laurent」です。2014年9月24日からフランス国内で劇場公開ということで、詳細は分かりませんが・・・ジャリル・レスペール監督版と違い1967~76年の10年間という最もイヴ・サンローランの人生の中でも破天荒な時期を描いているらしいです。イヴ・サンローランとカール・ラガーフェルドを翻弄させたジャック・デ・バシェーの存在感を予感させる予告編・・・ピエール・ベルジェが封印したいスキャンダルなイヴ・サンローラン像が描かれるのでしょうか?


イヴ・サンローラン役にはギャスパー・ウリエル、ピエール・ベルジェ役にジェレミー・レニエ、ルル・ド・ラ・フランセーズ役にレア・セドゥ(アデル、ブルーは熱い色)・・・と、本人たちには似ているとは思えないキャスティングではあります。ただ、ギャスパー・ウリエルが卑屈に微笑むポスターから感じ取れるのは微かな”悪意”・・・非公認を逆手に取ったエグい描写に期待が膨らみます。また、1989年当時のイブ・サンローラン役を演じるのが”ヘルムート・バーガー”(!!!)というのも、非常に気になるところ・・・御歳70歳となる”元美青年”の恐ろしいまでの劣化が、老年期のイヴ・サンローランと重なります。


ファッションショーの再現には、財団の所持するオリジナルを使用することはできないので、おそらく全てを改めて制作したと推測しますが、スチール写真を見る限り、まったく本物と比べても引けを取っていない感じです。おそらく、タブロイド紙的な下世話な内容になりそうな「サンローラン/Saint Laurent」・・・イヴ・サンローラン亡き後、どうしてもピエール・ベルジェ視点でしか語られることのなかった物語が、どのようにフィクションを交えて描かれるのか楽しみであります!


「イヴ・サンローラン」
原題/Yves Saint Laurent
2013年/フランス
監督 : ジャリル・レスペール
脚本 : ジャリル・レスペール、マリー=ピエール・ユステ、ジャック・フィエスキ
出演 : ピエール・ニネ、キョーム・ガリエンヌ、シャルロット・ルポン、ローラ・スメット、マリー・ドビルパン、ニコライ・キンスキー、マリアンヌ・バスラー
2014年6月28日「フランス映画祭2014」にて上映
2014年9月6日より日本劇場公開


「サンローラン」
原題/Saint Lauren
2014年/フランス
監督 : ベルトラン・ポネロ
脚本 : ベルトラン・ポネロ、トーマス・ブリッジゲイン
出演 : ギャスパー・ウリエル、ジェレミー・レニエ、レア・セドゥ、ルイス・ガレル、アミラ・シーザー、ヘルムート・バーガー
2015年12月4日より日本劇場公開


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2014/07/19

ドラァグクィーンがNext America's Drag Super Starを競うリアリティー番組・・・RuPaul(ル・ポール)の歴史とドラァグクィーンの楽しみ方~「ル・ポールのドラァグレース/RuPaul's Drag Race」~



この記事はドラァグクィーンの文化を誰よりも愛していた親友ティムシー・ルース/Timothy Luce(2009年没)に捧げます。

1:「ル・ポールのドラァグレース」の概要

2009年からアメリカのケーブルテレビチャンネル「LOGO TV」(LGBTの視聴者向けチャンネル)で放送されている「ル・ポールのドラァグレース/RuPaul's Drag Race」は、Next America's Drag Super Star(ネクスト・アメリカズ・ドラァグ・スーパースター)を発掘するバトル形式のリアリティー番組であります。

「ル・ポールのドラァグレース」オープニングタイトル

「ネクスト・アメリカズ・ドラァグ・スーパースター」と銘打っているところから、ファッションモデル発掘のリアリティー番組「アメリカン・ネクスト・トップモデル/America's Next Top Model」をパクったように思えるかもしれませんが・・・バトル部分のチャレンジはファッションデザイナー発掘のリアリティー番組「プロジェクト・ランウェイ/Project Runway」に近いかもしれません。直線コースを一気に走る「Drag Race/ドラッグレース」にかけていることから分かるように、番組内でもレーシング用語が決め文句として使われたり、アシスタントの男性モデルを「Pit Crew/ピットクリュー」(レース場の整備員)と呼んだりしています。

すでにシーズン7(2015年放映予定)の制作も発表されており、現在までに「オールスターズ」(シーズン1~4より選出)を含めて7つのシーズンが放映されています。(そのうちシーズン2~5までがアマゾンUSにてオンデマンドDVDを購入可能)さらにドラァグ・クィーンが女性をメイクオーバーしてバトルするスピンオフのリアリティー番組「RuPaul's Drag U」(シーズン3まで放映/2010~12年)も制作されました。また、イギリスBBCの人気司会者のJonathan Ross(ジョナサン・ロス)氏がイギリス版「ドラァグレース」の制作権利を獲得したということなので、イギリス版が放映されるのも遠い日ではないようです。ただ、イギリス版にRuPaul(ル・ポール)が出演するかは現時点では未定らしいです。

2:ドラァグクィーンとは?

「ドラァグクィーン/Drag Queen」とは、女性特有の「グラマーさ」や「セクシーさ」を強調したヘアスタイル、メイクアップ、ドレスを、見せるために着飾っている人のこと・・・性別(性同一障害、性転換も含む)や性的嗜好は無関係と言われています。ハッキリと区別する必要があるのは、女性として「パス」することを目的にして女装をする人たち・・・派手な衣装ではなく地味なワンピースやアンサンブルを好み化粧も薄めで、生まれ持った資質次第で完成度の個人差は大きいかったりするのです。哀しいことに・・・性同一障害者(Transsexual)やフェチズムのクロスドレッサー(Cross Dresser)の中には、”女らしさ”の誇張に欠けて「どう見ても男?」だったりしてしまうことがあるのは、あくまでも個人的な満足感を得るための「女装」だからかもしれません。

ビジネスで女装するパフォーマー(Female Inpersonater)は、モノマネやコメディアンとしての「女装」なので、実生活ではストレートの男性ということも結構あります。世界的に最も有名なのはオーストラリア出身のコメディアンのBarry Humphries(バリー・ハンフリーズ)が演じるDame Edna Evarage(デイム・エドナ・エヴァレイジ)でしょうか?日本だったら・・・荒川ばってん?(古いけど)と似たような存在と言えるかもしれません。この場合は、当然のことながら、あくまでも”女装”ありきの”芸風”という観点では、日本のオネエタレントというのは「ドラァグ・クィーン」というよりは「女装パフォーマー」に近いのかも・・・なんて思ったりします。

自ら「ドラァグクィーン」を名乗るのは、殆どが「ゲイ男性」・・・ゲイ・カルチャーの中で成熟させてきた「ドラァグクィーンならではの化粧技術やファッションセンス」「ドラァグクィーン特有のスラングやフレーズ」「ドラァグクィーン好みのスター、映画、音楽」を融合して昇華さているので、これらの文化を知ることで、より”ドラァグクィーン”の世界というのは楽しめるものなのです。

3:ル・ポールの歴史

「ル・ポールのドラァグレース」の司会、審査員長、アドバイザーの3役を務めるRuPaul(ル・ポール)は、1980年代初頭から活動を続けるアメリカのドラァグクィーン・・・御歳54歳(2014年現在)でありながら圧倒的な美貌、エンターテイメント業界で30年以上生き抜いてきた経験値、敬虔なクリスチャン(?)でバランス感覚の優れた人格者であります。

1960年11月17日にカリフォルニア州のサンディエゴで生まれたル・ポール・アンドレ・チャールズことRuPaul(ル・ポール)は、両親の離婚後、母親とアトランタへ引っ越して、そこで少年時代を過ごします。後に親友となるThe "Lady" Bunny(レディー・バニー)とは、1982年頃(ル・ポール21歳、レディー・バニー19歳の頃?)に出会い、アトランタとニューヨークでルームメイトだったこともあるほどの仲良し。1984年ニューヨークで開催された「第5回ニューミュージックセミナー/New Music Seminar」に参加した頃から、RuPaul(ル・ポール)は何度もニューヨークとアトランタの間で引っ越しを繰り返して・・・1987年頃、ニューヨークに落ち着いたようです。(ただ、その後はロサンジェルスとニューヨークを行き来しているらしい)

ボクが初めてRuPaul(ル・ポール)のパフォーマンスを見たのは、1987年に行なわれた第3回「Wigstock/ウィッグストック」のステージであります。「Star Booty/スター・ブーティー」というモヒカンの女性スパイのキャラクターで、音楽活動や自主映画に出演していた頃のこと。2メートル以上(ハイヒールを含む)の長身で繰り広げられたパフォーマンスと、愛に満ちた超ポジティブなメッセージは、キャンプ(Camp)テイストの強いイーストヴィレッジのクラブ/アート系ドラァグクィーンや、ハリウッド女優のモノマネをするビューティーコンテストタイプとは、別次元の「エンターテイナー」としての片鱗を見せつけていたのです。

1986年/オリジナル版「スターブーティー」全編

当時、RuPaul(ル・ポール)友人だったNelson Sullivan(ネルソン・サリバン)氏によって撮影された動画は、ル・ポールの下積み時代というだけでなく・・・1980年代半ばのニューヨークのクラブシーンや、当時のドラァグクィーンの日常(?)の貴重な記録と言えるでしょう。

1984年/ダンステリアの楽屋にて

1985年/ピラミッドクラブにて

1986年/アトランタでのパフォーマンス

1987年/ピラミッドクラブにて

1988年/ゴーゴーダンスを語るル・ポール

1985年、The "Lady" Bunny(レディー・バニー)によってオーガナイズされた「ウィッグストック」は当初、イーストヴィレッジのアベニューAにあった”ピラミッド”やセントマークスプレイスにあった”ボーイバー”などで活動するパフォーマーたち・・・John Sex(ジョン・セックス)、Tabboo!(タブー!)、Hapi Phace(ハッピーフェース)、Wendy Wild(ウェンディ・ワイルド)Sister Dimention(シスター・ディメンション)、Ethel Eichelberger(エセル・エッチェルバーガー)、John Kelly(ジョン・ケリー)、Flloyd(フロイド) らによる”クラブシーン”色の濃い「ミュージックフェスティバル」でした。


その後・・・RuPaul(ル・ポール)、Lypsinka(リップシンカ)、Joey Arias(ジョージ・アイリス)、Candis Cayne(キャンディス・ケイン)、Perfidia(パフィディア)、Misstress Formika(ミストレス・フォーマイカ)、Lahoma Van Zandit(ラホマ・ヴァン=ザンディット)、Mona Foote(モナ・フット)、Linda Simpson(リンダ・シンプソン)らの参加により、ドラァグクィーンのフェスティバルとしての知名度を確立していったような気がします。1995年のドキュメンタリー映画「Wigstock The Movie/ウィッグストック・ザ・ムービー」を観ると、レイバースデー(Labor's Day)ウィークエンドの風物詩となった90年代半(ストレートのニューヨーカー達にも知られるイベントになっていた)の「ウィッグストック」の雰囲気を感じることができるかもしれません。

現在でもニューヨークのドラァグクィーンの第一人者として人気を誇るThe "Lady" Bunny(レディー・バニー)は、ダスティ・スピリングフィールドのパロディのようなキャラ・・・派手なサイケデリックファッション、頭の数倍あるような巨大なウィッグ(かつら)で、ドラァグクィーンの”アイコン”となっています。自虐的、かつ、天然ボケと下ネタ満載の話術”は、それまでの毒舌/辛口を売りにしていたドラァグパフォーマンスとは違う「愛されキャラ」を確立しました。RuPaul(ル・ポール)は、The "Lady" Bunny(レディー・バニー)が開拓した路線を継承しながらも、歌って、踊れて、MCを努められる総合的なエンターテイナーとして、ゲイクラブシーンを飛び出していく次世代のドラァグクィーンとなっていくのです。

レディーバニーのトリビュートビデオ

当時(1980年代末期)はイーストヴィレッジのカルチャーがメインストリームに受け入れられて、世界的にメジャー化していった時代・・・分かりやすいところでは、The B-52'sが大ブレークをしていました。(ル・ポールもプロモーションビデオに出演)同時期にイーストヴィレッジのクラブシーンで活動していた後輩「ディー・ライト/Deee-Lite」にメジャーデビューの先を越されたもの・・・1993年、RuPaul(ル・ポール)も「Supermodel (You Better Work/スーパーモデル(ユー・ベター・ワーク)」でメジャーデビューして大ヒットさせます。「Back to My Roots/バック・トゥ・マイ・ルーツ」「A Shade Shady (Now Parance)/ア・シェイド・シェイディー(ナウ・プランス)」「House of Love/ハウス・オブ・ラブ」などの続く楽曲もクラブダンスチャートでヒット・・・当時、人気スターがこぞって出演した深夜のトークショー番組「Arsenio Hall Show/アーセニオ・ホール・ショー」で、一躍全米の知名度を獲得したのです。

ル・ポール「スーパーモデル」

1996~98年には、VH1(音楽専門のケーブルテレビチャンネル)で「The RuPaul Show/ザ・ル・ポール・ショー」というトーク番組を持つまでになり、ダイアナ・ロス、シェール、デボラ・ハリー、パット・ベネター、オリビア.ニュートン=ジョン、タミー・フェイ、バーナデット・ピーターズ、ディオンヌ・ワーウィック、シンディー・ローパー、リンダ・ブレア、リンダ・カーターなど、蒼々たるゲストが出演しました。

しかし、その後、RuPaul(ル・ポール)のキャリアは若干、低迷・・・アトランタ時代に演じていたキャラクターをリメイクした2007年の低予算映画「Starrbooty/スターブーティー」(Mike Ruiz/マイク・ルイズ監督)は、いくつかのゲイ&レズビアン映画祭で上映されただけで、DVD版リリースもRuPaul(ル・ポール)の自主レーベルから発売されたぐらい・・・逆に貴重なDVDとなってしまいプレミア化しています。

2007年版「スターブーティー」映画予告編

4:「ル・ポールのドラァグレース」番組フォーマット

さて、長~い前置き(?)になってしまいましたが・・・ここから本筋です。

バトル形式のリアリティー番組としては、かなり後発となる「ル・ポールのドラァグレース」でありますが・・・後発だからこそ番組の「フォーマット」の完成度は高いと言えます。「アメリカン・ネクスト・トップモデル/America's Next Top Model」と「プロジェクト・ランウェイ/Project Runway」と同様に、さまざまな”チャレンジ”で競い合い、毎週ひとりの候補者が落選していき、最終的に優勝者を決定するというシステムなのですが、番組開始以降、基本的な番組の進行も大きな変わっていません。

まず番組は、男性の姿で出場者たちがワークルームに集合するところからスタートします。(最初のエピソードのみ、全出場者がドラァグクィーンの姿で登場)そこに司会のRuPaul(ル・ポール)から「SHE MAIL」(eメールにかけている)届いて、その回の「ミニ・チャレンジ」のヒントが伝えられます。そして、男性の姿のRuPaul(ル・ポール)がワークルームに登場して「ミニ・チャレンジ」が行なわれるという流れです。番組の冒頭、候補者もRuPaul(ル・ポール)も男性の姿というところが大切な「ミソ」でありまして・・・メイクアップ、かつら、コスチュームによって、各出場者がどれほど劇的に変貌するかを強調しているのです。

20~30分程度の「ミニ・チャレンジ」は、工作をするようなチャレンジから、ダンス、モデル、クイズ、スポーツなどあるのですが・・・「ミニ・チャレンジ」で勝者となることで、メイン・チャレンジを有利に奨めることができる”特典”が与えられます。例えば、個々にテーマが与えられる「メイン・チャレンジ」の場合、どのテーマを各候補者に与えるかの決定権・・・グループに分かれて行なわれる「メイン・チャレンジ」の場合は、勝者二人がグループリーダーとなって自分のグループのメンバーを順番に選んでいける権利となるわけです。終盤になっていくと、家族(または友人や彼氏)に電話する権利ということもあります。いずれにしても「ミニ・チャレンジ」の勝者の判断次第で、各出場者にとって「メイン・チャレンジ」の難易度が大きく変わることもあるので、必然的に出場者たちの関係はギスギスとしていくのです!

「ミニ・チャレンジ」で”アシスタント”として登場するのが「Pit Crew/ピット・クリュー」の男性モデル・・・RuPaul(ル・ポール)が個人的(!)にオーディション(シーズン3)で選んだJason Carter(ジェイソン・カーター)と、バート・レイノルズを彷彿させるShawn Morales(ショーン・モラレス)二人がブリーフ姿で務めるというのが見所です。シーズン6からは、さらに二人を加えて計4人の「Pit Crew/ピット・クリュー」が、殺伐とした(?)ドラァグクィーン同士のバトルに花を添えています。「ミニ・チャレンジ」終了後「メイン・チャレンジ」の準備にかかる出場者たちへのRuPaul(ル・ポール)の決まり文句が・・・「Start your engine, and don't fuck it up!」(エンジンをを吹かせて・・・しくじるんじゃないわよ!)であります。


「メイン・チャレンジ」で求められることは、さらにレベルの高いタスクになっていきます。多くのチャレンジは二つのパートに分けれていて、最初の「チャレンジ・パート」は・・・ゴミ箱から拾った素材でクチュールっぽい衣装を作成するとか、シチュエーションコメディやコマーシャルで演技をするとか、モノマネをしてゲームショーの出演者を演じるとか、ドラァグクィーンの姿で路上の見知らぬ人に難題をお願いするとか、アスリートのノンケ男性をドラァグクィーンに仕立てるとか、女性政治家に扮して政治的なスピーチをするなど、単に「キレイに着飾ること」だけではありません。演技力、お笑いのセンス、ダンスの才能、裁縫などのドレス作成技術、モノマネの完成度、かつらをセットする技術、メイクのテクニックなど、審査される能力の範囲は、どのバトル形式のリアリティー番組よりも広い範囲になっていると言っていいでしょう。そして、もっとも重要なのは、各チャレンジの意図を理解して、自分の個性を表現することなのかもしれません。

「メイン・チャレンジ」に向けて出場者たちが作業中、RuPaul(ル・ポール)はワークルームを再び訪問してアドバイスをします。「プロジェクト・ランウェイ」でのティム・ガン氏の役割もRuPaul(ル・ポール)が担っているわけですが・・・出場者それぞれのパーソナリティーを考慮しながら、的確なアドバイスをしていく手腕は見事であります。また、ここの場面で見えてくるのが、ワークルーム内での出場者同士の確執・・・そして、徐々に化粧をして、男性の姿からドラァグクィーンに変貌していく過程です。

「メイン・チャレンジ」の次のパートは、RuPaul(ル・ポール)らの審査員たちの前で行なわれる「ランウェイ・パート」・・・まず、RuPaul(ル・ポール)が、ドラァグクィーンのドレス姿で登場します。ここでのRuPaul(ル・ポール)の美貌は圧倒的・・・すべての出場者を凌駕してしまうほど完璧です。審査員を紹介後、いよいよ「ランウェイ・パート」となるわけですが、ここでのRuPaul(ル・ポール)の決まり文句は・・・「Let the best woman win!」(最高の女性に勝利を!)であります。

出場者たちは、与えられたテーマのスタイルで、ランウェイウォークを見せることになるのですが・・・ここで着用するコスチュームは持ち込みしている市販のドレスの時もあれば、テーマによっては与えられた生地やトリミングでデコレーションを施したり、時には生地からコスチューム全部を作成しなければならない時もあるのです。与えられている期日が1~2日程度ということを考慮すると、「プロジェクト・ランウェイ」以上に過酷なタスクと言えるでしょう。

12人~14人の出場者からスタートして、毎週ひとりずつ落選していくわけですが・・・「メイン・チャレンジ」の「ランウェイ・パート」の後、落選候補として「ふたり」が残されます。そして、その「ふたり」が「Lip Sync for your life/リップ・シンク・フォー・ユア・ライフ」=「命がけの口パク対決」で競い合い、審査員長のRuPaul(ル・ポール)の独断により、落伍者が決定するのです。リップ・シンクとは、歌に合わせて口パクで踊るドラァグクィーンならではのパフォーマンス。”命がけ”という表現がピッタリの戦いとなるわけで・・・番組に生き残るために、必死にリップ・シンクをするというエキサイティング、かつ、時には感動的なドラマを生み出す番組の頂点であります。アメリカのドラァグ・クィーンならば知っているべき選曲ばかり・・・否が応でもドラマティックで過剰なパフォーマンスが期待できるのです。

リップシンク・フォー・ユア・ライフ

「リップ・シンク・フォー・ユア・ライフ」の後、RuPaul(ル・ポール)から落伍者と居残る者が伝えられるわけですが・・・ここでの決まり文句が「Sahay Away/サシェイ・アウェイ」「Shate, you stay/シャンテ・ユー・ステイ」であります。「Sashay, Shante」は、RuPaul(ル・ポール)が下積み時代から使ってきた造語のキャッチフレーズ・・・「Sashay」はモデルがカッコつけてランウェイを歩く雰囲気、「Shante」はポーズを決めているニュアンスでしょうか?明確な意味というのはなく、音触りの良さがポイントです。

番組の最後は、生き残った出場者が一同に並んでエンディングとなるのですが、ここでのRuPaul(ル・ポール)の決まり文句は・・・「If you don't love yourself, how the hell you gonna love somebody else!」(自分を愛せないければ、誰も愛せやしないわよ!)と言った後、まるでクリスチャンの伝道師が共感を求めるように「Can I get Amen!」(アーメンをちょうだい!)と唱えて”締める”のです。キリスト教を前提としない日本人からすると、ちょっと違和感さえ感じさせるところはありますが・・・「ル・ポールのドラァグレース」を”ファミリー番組”と冗談まじりに例えるRuPaul(ル・ポール)なので、少々胡散臭いクリスチャン番組のパロディ(?)のつもりなのかもしれません。

最終的に3人まで(例外もあり?)絞り込み・・・その3人が「Next America's Drag Super Star/ネクスト・アメリカズ・ドラァグ・スーパースター」のクラウンを競うことになるのですが、最後の「メイン・チャレンジ」は、RuPaul(ル・ポール)の新曲プロモーションビデオへの出演・・・ここではダンスの才能、演技力が重要となります。そして「ランウェイ・パート」の後、最終選考をふたりに絞り(例外あり)最後の「Lip Sync for your life/リップ・シンク・フォー・ユア・ライフ」で競い合い・・・「Next America's Drag Super Star/ネクスト・アメリカズ・ドラァグ・スーパースター」が決定するのです。

番組開始当初、優勝賞金は2万5000ドルでしたが、今では10万ドルとなり、副賞には化粧品やクルーズ旅行と豪華になっています。さらに、優勝者だけでなく、番組の候補者たちは全米を「Battle of the season」と名付けられたドラァグクィーンのショーで営業するキャストになることができるのです。また、多くの出場者は、アーティストとしてデビューしたり、化粧品会社の契約モデルになるなど、エンターテイメント業界で番組出演後も活躍をしています。

シーズン4からは「Next America's Drag Super Star/ネクスト・アメリカズ・ドラァグ・スーパースター」の発表の最終回は、スタジオ収録ではなく・・・観客を入れた会場で行なわれる「Reunion/リユニオン」(番組放映後の同窓会)で、大々的に発表というスタイルになっています。この変更は理にかなっていて・・・最後の最後まで結果が分からないという”お楽しみ”を引っ張るだけでなく、インターネットを通じて視聴者からの意見も反映することができるわけです。また、観客の前で繰り広げられる裏舞台での暴露合戦にも、より緊張感が生まれています。

5:タイプ別のドラァグクィーン

バトル形式のリアリティー番組の面白さは、チャレンジの出来不出来”だけ”ではありません。他の番組と同様・・・居残れば居残るほど長期にわたる閉鎖された過酷な状況(家族や友人への連絡は禁じられていることが多い)での、出場者同士の不仲、確執、嫉妬、妬み、喧嘩などが、視聴者の興味を惹きつけるのです。ドラァグクィーンは、男性的な要素(好戦的な態度)と女性的な要素(策士的な頭脳)を兼ね備えているところがあるので、数人が集まったら確執が生まれるのは火を見るより明かなこと・・・また、アメリカのドラァグクィーンにはいくつかのタイプがあり、それぞれがお互いのタイプを牽制して認め合わないので、トラブルが起こるのは必然と言えるでしょう。

外見的な美しさとリアルネスを追求する「ビューティーコンテスト(ページェント)タイプ」は、フロリダ州やテキサス州などアメリカ南部に比較的多く、本物の女性以上に美しい(とは言っても体格はそれなりに男性的?)のが強みです。比較的、年齢的に若いドラァグクィーンであることが多く、若さと美貌を武器に普段チヤホヤされているせいか、性格的にわがまま放題、基本的に自己チューで、本番組ではトラブルメーカーになりがち・・・他の出場者から真っ先に嫌われることが多いタイプでもあります。


ドラァグクィーンのショーで舞台に立つ「プロフェッショナルタイプ」は、モノマネが得意だったり、歌が上手かったり、コメディアンとしてのセンスが優れていたり、パフォーマーとしての完成度が高いのが特徴です。「Old School/オールドスクール」と呼ばれるドラァグクィーンの伝統を継承し、キャリアも積んできているので、年齢的にも高めだったりします。ドラァグクィーンに必要な技術に長けているし、豊富な人生経験によって人望も厚く、本番組では出場者たちの精神的な支えとなっていく”キーパーソン”となることが多かったりします。


貧しい地区で育った「ゲトー(貧民街)タイプ」は、家出少年や親に捨てられた少年たちであることが殆どです。生きるためにドラァグクィーン(男娼として働くことも)になっている場合もあり、女性のフリをして男性客を欺くという・・ドラァグクィーンの悪いステレオタイプの原因になってきたことは否めません。年長者のドラァグ・クィーンを”ドラァグ・マザー”とするドラァグ・ファミリー=ハウスに所属していることが多く、同じハウスのメンバーは同じファミリーネームを名乗のることを習慣としていましたが、現在では、ハウスの存在意義も生活のサバイバルのためというよりも、仲間意識の強化が目的となってきているかもしれません。


日本のオネエタレントの「ダイアナ・エクストラバガンザ」や「ナジャ・グランディーバ」は、ドラァグ・ファミリーのネームを拝借して(?)命名された芸名だと言えるでしょう。この「ゲトータイプ」の厳しい現実については「Vouguing/ヴォーギング」を競う「Ball/ボール」を描いたドキュメンタリー映画「Paris is Burnig/パリス・イズ・バーニング」で赤裸々に記録されています。

ステレオタイプのドラァグクィーンではなく・・・個性的であることを目指す「アートタイプ」は、ニューヨーク、シカゴ、サンフランシスコなどゲイクラブが細分化している大都市に存在することが多いようです。いわゆるドラァグクィーン好みの”ゴージャス系”ではなく”アヴァンギャルド系”のファッションを嗜好する傾向が強いかもしれません。当然のことながら・・・メイン・チャレンジの「ランウェイ・パート」のコスチュームも、テーマの解釈が独特で、リスクを負うことを恐れない独自性を追求していきます。しかし、攻撃的(?)に思われがちな外見に反して、化粧を落とした素顔は、意外なほどナイーブで繊細な青年(?)であることが多いようです。イジメられっ子として悲惨な少年時代を送った場合あり・・・他のタイプのドラァグクィーンからは「バケモノ」扱いされたり、「変人」「コミック(お笑い系)」とバカにさるなど、番組内でも”イジメられっ子”的なポジションに追い込まれることが多かったりします。


6:ドラァグクィーンの楽しみ方

ドラァグクィーンの名前も”お楽しみ”のひとつ・・・出場者たちは番組内では(男性の姿でいる時も)本名ではなく、ドラァグネームが使われます。典型的なドラァグネームのひとつは「名前だけ」のドラァグネームでありまして・・・多くの場合、音の響きによってつけられていています。「Raven/レイヴン」「Jujubee/ジュジュビー」「Raja/ラジャ」「Willam/ウィラム」、言葉をもじった「Detox/デトックス」、ブランド名のスペルを変えた「Shannel/シャーネル」、地名を名前にした「Alaska/アラスカ」「Milan/ミラノ」などがあり・・・ファッションモデル的で、どこかしらエキゾチックな雰囲気を漂わせます。

ファーストネームとファミリーネームを語感で組み合わせた「Carmen Carrera/カルメン・カレラ」「Jessica Wild/ジェシカ・ワイルド」「Tyra Sanchez/タイラ・サンチェス」「Ivy Winters/アイヴィー・ウィンターズ」などは、いかにもストリップダンサーにありそうな名前だったりします。「Pandora Boxx/パンドラ・ボックス」「Jinkx Monsoon/ジンクス・モンスーン」などは、二つの言葉の意味を掛け合わせるというのも、ドラァグクィーンらしい捻りの効いたセンスです。「Latrice Royale/ラトリース・ロイエール」のように、ゴージャスっぽいネーミングは、まさに伝統的なドラァグクィーンらしさを感じさせます。

「Sharon Needles/シャロン・ニードルズ」「Honey Mahogany/ハニー・マホガニー」「Nina Flowers/ニナ・フラワーズ」「Rebecca Glasscock/レベッカ・グラスコック」などは、女性のファーストネームにドラァグクィーンらしい嘘っぽいファミリーネームを加えることで、独自の世界観を表現しているかのようです。「Sahara Devenport/サハラ・デヴンポート」「Manila Luzon/マニラ・ルゾン」などは、イメージで言葉を並べています。「Phi Phi O'Hara/フィフィ・オハラ」「Coutoney Act/コートニー・アクト」「Delta Work/デルタ・ワーク」などは、有名人の名前に似た音感で、イメージを掻き立てるのに役立っています。「Chad Michaels/チャッド・マイケルズ」のように、希に本名がドラァグクィーンっぽいこともあるようですが・・・一般的にドラァグネームは、ドラァグクィーンのアイデンティティーというだけでなく、如何に名前をもじってジョークにできるかというところも決め手となるので、なかなか奥深いものがあります。

舞台裏でのドラァグクィーン同士の戦いも見逃せません・・・ということで、第4シーズンからはスピンオフエピソード「Untucked/アンタックド」という番組も同時に制作されるようになっています。これは「メイン・チャレンジ」の「ランウェイ・パート」の後、出場者達が控え室(ゴールドルームとシルバールームがある)で審査を待っている間の様子を撮影したものなのですが・・・もうすぐ誰かが落選するという緊張感の中、必ずと言って良いほど喧嘩が始まるのです。さらに、RuPaul(ル・ポール)からのメッセージを託した「Pink Box/ピンクボックス」がプレゼントされて、時には意図的に喧嘩の種を提供したりするのですから・・・番組制作側も結構意地悪。時には、出場者の家族、恋人からのビデオレターなどを紹介する時もあり、お涙頂戴の演出となることもあります、なんだかんだで、”シスター”として出場者同士の絆を強めることにも、貢献しているようです。

ドラァグクィーン特有のスラングを理解することは「ル・ポールのドラァグレース」を楽しむためには必要なことかもしれません。「Read/リード」=相手の弱点を指摘すること。明らかな欠点を指摘するのではなく、皮肉とユーモアでキツイひと言というのが、上手な「リード」です。このスラングから「Put your reading glasses. Liberaly is open」(リーディング眼鏡をかけてちょうだい!図書館が開館するわよぉ〜」というような言い方をします。「Shade/シェイド」=侮辱のひとつの形で、リードすることによって「being shady/ビーイング・シェイディ−」という状態になるです。「No Shade/ノー・シェイド」は、侮辱し合わないこと・・・「What's the T/ワッツ・ザ・ティー」=「本音(真実)は何なの?」と腹を割って話し合う時によく使われます。

「Tuck/タック」「Untuck/アンタック」=男性器を股に押し込むことが「タック」で、それを元に戻すことが「アンタック」と言います。小さめの下着の着用やマスキングテープの使用によって、男性器の竿部分と玉部分の両方を股(下から後ろ?)に押し込んで、女性のような平坦な股間にするのです。アソコのサイズ次第では、それなりの苦痛を伴うようですが・・・レオタードやビキニのような股間がピッタリした衣装の時には「タック」することは絶対的に必要な作業であります。

何でも大袈裟に表現するのがドラァグクィーン・・・形容詞の最上級には事欠きません。「Eleganza Extravaganza/エレガンザ・エクストラバガンザ」=「エレガンス」の最上級。「fierce!/フィアス!」=「上出来」の最上級。「Sick'ning/シックニング」=「素晴らしい」の最上級。一昔前ならば・・・なんでもかんでも「Fabulous!/ファビュラス!」と表現されていましたが・・・現在では、死語(?)に近いかもしれません。形容詞の使い方次第では、世代がバレることがあるのです。

女性”らしさ”を表現している女装を「Realness/リアルネス」と言いますが・・・ドラァグクィーンの「リアルネス」は、本物の女性として「パス」すること”だけ”が、目的ではありません。あくまでも、ドラァグクィーン的なステレオタイプの”女性像”を強調しているということ・・・「1950年代サントロペのリゾートにるモデル」とか「パーク・アヴェニューでランチスタイルする金持ち夫人」とか、ほぼ「妄想」と「思い込み」に近い世界観だったりします。反対語として言われるのが「Fantasy/ファンタジー」・・・こちらは「パリコレモデルがスーパーガールになったら」とか「エジプトのミイラのグラマーに生き返った」とか、アリエナイ設定のスタイルのことです。

「Honey/ハニー」というのは一般的にパートナーなど(愛する人)を呼ぶ時に使われます。逆に、女性に対して侮辱的な罵倒する呼び名として使われるが「Cunt/カント」(女性器の意)・・・そこで、仲の良いドラァグクィーン同士は「ハニー」と「カント」を合成して「Hunty/ハンティー」と呼び合います。

ドラァグクィーンの多くは「ゲイ男性」・・・化粧を落とした時、男性として”も”(?)魅力的なドラァグクィーンのことは「Trade/トレード」と呼びます。ハンサムな男性が必ず美しいドラァグクィーンになるわけではありませんが・・・多くのドラァグクィーンは日常生活は男性の姿で過ごしていることが多いので、男としても魅力的というのは、さまざまなケースでアドバンテージがあるのかもしれません。

そして、ドラァグクィーン同士でセックスすることは「Kai Kai/カイカイ」と言って、ちょっとした秘事・・・一般的にドラァグクィーンは、より男性的な男性を求めることが多いので、ドラァグクィーンの間で肉体関係が発生することは、滅多にありません。ただ、希に”似た者同士”でくっついてしまうこともあり・・・このような場合、パートナー同士で化粧品、かつら、衣装、補正下着などを貸し借りできるという利点はあるでしょう。

7:「ル・ポールのドラァグレース」の意義

「ル・ポールのドラァグレース」の出場者はドラァグクィーンの中でも、一筋縄ではいかない強者揃い・・・エピソード1で全出場者が揃った時点では、正直、誰にもシンパシーを感じられません。しかし、エピソードを重ねていくうちに・・・化粧、かつら、衣装の下に潜んでいる”素”の人間性が垣間見えてきて、ひとりひとりの出場者が愛しくなってきてしまうのです。まんまと演出にハマってしまっているということですが・・・リアリティー番組の神髄は、その演出が多少意図的であったとしても、出場者の人間らしい”素”の弱い部分に視聴者が共感してしまうところなわけで、「ル・ポールのドラァグレース」はバトル系リアリティー番組として、これ以上ないほど正統派であると言えるでしょう。

RuPaul(ル・ポール)は、出場者すべての「ドラァグ・マザー」的存在として、また、ドラァグクィーンの「ロールモデル」として、「ル・ポールのドラァグレース」という番組を背負っています。番組内で繰り返し使われる音楽のすべてはRuPaul(ル・ポール)の曲の一部ですし、チャレンジで使用することのできるパンプスなどもRuPaul(ル・ポール)プロデュースによるものだし、番組内のルールもRuPaul(ル・ポール)の気持ちひとつで変更可能と、まさにRuPaul(ル・ポール)カラー一色なのです。

古い友人を大切にすることで知られているRuPaul(ル・ポール)は、本番組に多くの友人をスタッフやキャストに配しています。審査員のミッシェル・ヴィサージュとサンティノ・ライスとは、20年以上の付き合いらしいですし、RuPaul(ル・ポール)のヘア&メイクを担当するMathu(マヒュー)、コスチューム担当のZaldy(ザルディー)らとも、メジャーデビュー以前からの付き合いだそうです。番組内で出演するカメラマンのMike Ruiz(マイク・ルイズ)にしても、ダンスの振り付け師のCandis Cayne(キャンディス・ケイン)にしても、古い友人・・・また、最近その存在を公言したオーストラリア人のボーイフレンド/パートナーのGeorge LeBer(ジョージ・レ=バー)とは20年来の仲であります。「ル・ポールのドラァグレース」という番組は、RuPaul(ル・ポール)に集められた長年の友人たちに支えられているのです。

RuPaul(ル・ポール)にとって、深夜のテレビトークショー番組「アセニオ・ホール・ショー」に出演することは、大きな節目となるようです。約20年前、ブレイクのきっかけになった出演時には、ド派手なドラァグクィーンの姿でしたが...今年(2014年)の出演の際には、あえて男性の姿で登場しました。ドラァグクィーンのRuPaul(ル・ポール)と男性タレントとしてのRuPaul(ル・ポール)を使い分けるというのも、RuPaul(ル・ポール)らしい選択と言えるでしょう。

2014年/アセニオ・ホール・ショー

現在、世界中のドラァグクィーンの中でも、圧倒的な美貌と存在感を誇るRuPaul(ル・ポール)でありますが・・・ドラァグクィーンとしての自己表現というエゴや、ナルシシズムの自己満足を感じさない器の大きい人格者であります。「ギャラ貰わないとドラァグクィーンにはならない!」と冗談っぽく公言していますが・・・これは、ドラァグクィーンを真面目にとらえ過ぎないバランス感覚に富んだ発想を持っているからに他なりません。また、外見的な完璧さを求める努力とプロフェッショナリズムの照れ隠しかもしれません。ドラァグクィーンというのは、ゲイカルチャーが長年愛おしんできた文化をモザイクのように集めた”パロディ”芸術であることを、誰よりも理解して体現しているのがRuPaul(ル・ポール)だと、ボクは思うのです。

RuPaul(ル・ポール)という”ひとりの人間”の人生の集大成と言える「ル・ポールのドラァグレース」でありますが、RuPaul(ル・ポール)自身の再ブレイクを果たしただけでなく・・・”ドラァグクィーン”という存在への理解と認知度を高めることに貢献し、ドラァグ・カルチャーをアメリカ一般人のメインストリームに浸透させ続けている画期的な番組といっても過言ではありません。

オネエタレントが当たり前のようにテレビで毎日のように観られる日本で、ぜひ「ル・ポールのドラァグレース」を放映して欲しいと思います。スラングの翻訳など敷居は決して低くはありませんが・・・英語が堪能らしい(?)ミッツ・マングローブが解説者を努めるというのは、どうでしょう?できれば・・・マイナーなケーブルチャンネルとかではなく(フジテレビの有料配信のNEXTチャンネルで、シーズン1が放映されていたことがあるらしい)地方局(テレビ東京とか、東京MX?)のプライムタイムで、実現して欲しいものです!

「ル・ポールのドラァグレース」
原題/RuPaul's Drag Race
2009年よりLOGO TVにて放映
出演 : ル・ポール・チャールズ、ミッシェル・ヴィサージュ、サンティノ・ライス、ビリーB
2016年4月よりNetflixにて配信開始



Tim,

Every time I watch "RuPaul's Drag race," I think of you and wonder how much you would have loved the show.


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2014/07/05

もう二度とオーストラリアに行きたくなくなるトラウマ映画8年ぶりの続編・・・メチャクチャ強い田舎親父の殺人鬼”ミック・テイラー”再降臨!~「ミック・テイラー 史上最強の追跡者/Wolf Creek 2」~



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ホラー映画というのは、比較的続編、もしくはシリーズ化されやすいジャンルです。前作「ウルフ・クリーク/猟奇殺人谷」は日本では製作から4年経って(2009年)DVDスルーという扱いをされていた作品で、続編となる「ミック・テイラー 史上最強の追跡者/Wolf Creek 2」は、前作から実に8年ぶりになります。ボクは前作をアメリカ版DVD発売直後(2006年ぐらい?)に購入して、何も情報を知らないまま観て・・・『オーストラリア版「悪魔のいけにえ」だ~!』と、かなりツボにハマったのですが、その後、日本で劇場公開されるという話を耳にすることもなく、すっかり忘れかけていたのです。

ウルフ・クリークは、オーストラリア大陸の北西部に実在する巨大なクレーターで、国立公園にもなっています。映画の元になった事件のひとつ・・・イギリス人旅行者ピーター・ファルコニオ氏の失踪殺人事件は、2000キロメートルも離れたエリアで2001年に起こった事件です。2005年犯人の有罪判決後、ジョアンヌ・リーズという生き残った女性によって手記が出版されています。もうひとつ、映画の元になったのは、1990年代にヒッチハイカーを次々と殺害したイヴァン・ミラットの事件で・・・シドニーのあるニューサウスウェールズ州で起こったのです。ということで・・・オーストラリアで3万人が失踪し、そのうち9割ほどが見つからないというデータから、本作の”ミック・テイラー”という架空の殺人鬼を、監督のグレッグ・マクリーンが創作したのであります。

「ウルフ・クリーク/猟奇殺人谷」は、グレッグ・マクリーン監督の長編デビュー作で、その後2007年には「マンイーター」という巨大アリゲーターが観光客を襲う動物パニック映画をつくっています。監督第3作目が、本作「ウルフ・クリーク2」となるわけですが、観光客がオーストラリア旅行中に恐ろしい事件に遭遇する映画ばかりつくっているという・・・自虐っぷりです。どの作品もオーストラリアの雄大な大自然を満喫できるナショナル・ジオグラフィックっぽい映像が導入部分ではたっぷりと織り込んでいるのですが、その後の、展開が”地獄”(笑)・・・その広大さが恐ろしくもある”トラウマ”を植えつけるのです。

ウルフクリークあたりで車が故障してしまったバックパッカーの3人(ベン、リズ、クリスティ)は、”偶然”通りかかった親切そうな地元のおじさんの救われるのですが、実は、そのおじさんは旅行者を拉致して、殺害を繰り返していた殺人鬼というのが、前作「ウルフ・クリーク/猟奇殺人谷」・・・数多くある「悪魔のいけにえ」の焼き直しであります。しかし、複数の視点を時間軸で並行に描いていくのではなく、ひとりの視点によって継続的に描くことによって、緊張感が途切れない恐怖を感じさせたのです。

本作は続編として8年ぶりとなるわけですが、第1作目と監督が同じというだけでなく、殺人鬼”ミック・テイラー”を演じた俳優も同じジョン・ジャラットであり・・・物語としての展開も基本的に前作と大きく変わりない、堂々たる正統な続編であります。前作では冒頭約40分ほど、バックパッカー3人の男女がオーストラリアの雄大な大自然を背景に旅をするという青春ロードムービーのような映像が続くのですが・・・続編となる本作ではテンポも残酷描写もパワーアップ!冒頭から、ミックのとんでもない凄腕のスナイパーっぷりを披露します。スピード違反を捏造してミックを検挙した悪徳警察官二人組・・・猛スピードで走るパトカーの運転手の警察官の頭を、たった一発のライフルで打ち抜いて、頭部破壊という大サービス(?)です。

ここからネタバレを含みます。


ドイツ人カップルのカテリーナ(シャノン・アシュリン)とルトガー(ピリッペ・クラウス)はオーストラリア大陸横断をしているヒッチハイカー・・・彼らもウルフクリークを訪れます。夜、キャンプ場でないエリアでテント張っていると保安官に捕まって罰金になると、わざわざ車を止めて忠告してきたのは、勿論ミック・・・実は昼間から周辺でヒッチハイクしている彼らのことに目をつけていたのです。キャンップ場まで車で送ってあげるというミックの誘いに、何かしら危険を察知したルトガーは、ミックの申し出を断ります。すると態度を急変させたミックは、ルトガーの脊髄を切断して”木偶の人形”にしてしまうのです。一部始終を目撃していたカテリーナを演じる女優さんの怖がりっぷりが臨場感があって、不快な残酷感を盛り上げてくれます。

しかし、それだけでミックの暴力は終わりません。カテリーナに馬乗りになり、下着を剥がしていくのです。ミックに最後の力で逆襲を試みるルトガーですが、怪力親父のミックに敵うわけはありません。あっさりうつ伏せに倒されてしまい、首をナイフで切られて絶命・・・さらに、そのナイフで、ゴリゴリと頭を切り取られてしまうのです!そして、まるで家畜をバラすかのように、ルトガーの身体はチェンソーやナイフで、手足をバラバラにされて、肺や心臓などの内蔵までをえぐり出されて、男性器までチョキンと切り取られてしまいます。ミックの目を盗んで、カテリーナは命がけで逃亡・・・偶然、車で通りかかったイギリス人旅行者のポール(ライアン・コー)によって、とりあえず助けられます。ここで、視点はカテリーナからポールへと移るのです。


状況を飲み込めないながらも、必死の形相で恐怖を訴えるカテリーナの尋常でない様子に、ポールはミックの暴走トラックから何とかして逃げようと、激しいカーチェイスを繰り返します。ここで判明するのが、ミックのとんでもない運転技術と追跡能力・・・遂には、ポールの車を追い詰めて、ライフルでカテリーナを一発で仕留めてしまうのですから。ポールだけは何とか車を再スタートさせて、その場から離れることには成功するのですが・・・土地勘のないポールは、翌朝ヒッチハイクをしようとするのです。そんなことしないで、さっさと自分の車で逃げれば良いのに・・・という気もするのですが、案の定、ヒッチハイクをしていると、今度は大型トラックに乗ったミックに見つかってしまいます。

ここで、ミックは大型トラックのアクロバティックな運転能力を発揮します。CGではありますが・・・カンガルーを大型トラックで次々と轢き殺していくシーンは、さすがにドン引き・・・動物愛護で知られるオーストラリアの顔に泥を塗るような「悪趣味」です。崖から転落しながらも、なんとか逃げ切ったかのように思えた時、ポールの車に大型トラックが坂道を暴走して激突して大爆発!ここでも、再びポールは何とかミックから逃げることに成功します。飲み水も尽きて朦朧としたポールの目の前に現れたのが、荒野の一軒家・・・ポールは思わず入り口のドアに倒れこみます。もしかして・・・ミックの家?と思わせぶりな演出でありますが、実は温厚な夫婦の家で、服を洗濯してくれたり、温かいスープの食事を用意してくれたりしています。

しかし・・・ポールが逃げ切れるわけはありません。ミックは、ポールが匿われていることを察知して、夫婦をライフルで殺害。家から必死で逃げるポールを追いかけるミックは、夫婦の家で飼っていた馬を上手に乗りこなして、しつこく追いかけます。結局、ポールはミックに捕まって拉致されてしまうのです。クイズに答えられなければ、小型の電動ノコギリで指切断(!)というゲームをミックに強要されるポール・・・勿論、ルールなんてあってないようなもの。どう答えたって、ポールは万力で腕を押さえつけられて、指切断をされるのです。しかし、ポールもチャンスを見計らって、かなづちでミックの顔を陥没するほど殴りつけて反撃・・・しかし、ここでトドメを刺さないのが「お約束」。ミックはムクッと起き上がるのですから!


前作ではハッキリと見れなかったミックの地下室や地下道が明らかになります。拉致した旅行者たちをじっくりと時間をかけて拷問して殺害していた現場というのは、まさに「悪魔のいけにえ」を彷彿させる地獄絵図であります。今まで何十人(何百人?)が閉じ込められて、逃げることができなかたミックの地下室から、そう簡単に脱出できるわけはありません。しかし、ポールを追ってきた番犬たちもミックが仕掛けていた竹柵で撃退・・・地下道の床に仕込まれた落とし穴も見破ったにも関わらず、最後は怪力ミックによって、首根っこを掴まれて・・・「もう、ここまで」本作では生き残る被害者はいないのかと思った途端、いきなり全身傷だらかになったポールが横たわる姿が写されます。それも、街中にあるガソリンスタンドの前で。そして、ポールは駆けつけてきた警察官によって捉えられてしまうのです。

ミックが旅行者、それも海外からの旅行者ばかりを狙って、拉致、虐待、殺害してくたのは、オーストラリアを美しく保つためという歪んだ愛国心のようなものからだったようなのですが・・・ミックは「勝者」であり、ミックによって殺害された者たちは「敗者」であるかと言うように、発見されたポールの手には「敗者/LOSER」という紙切れ一枚が握られているのです。一体、これって、どういう意味なんでしょうか?何故、ミックがポールを痛めつけながらも、街中に放置して逃がしてくれた理由はハッキリしないまま・・・そして、エンディングのキャプションで、ポールがウルフクリーク周辺で怒った旅行者連続殺人の犯人として捜査を受けたものの、精神的に崩壊してイギリスへ強制送還されて、今でも精神病院で過ごしていると説明されるのです。

ここでふと思い出したのが、前作「ウルフ・クリーク/猟奇殺人谷」のエンディング・・・最後まで生き残ったベンは、警察に犯人として拘束されたところで終わっていたのです。そう考えてみると、本作は続編でありながら、前作のリメイクでもあるというホラー映画にありがちな第2作目のパターンの王道なのであります。「もう、オーストラリアなんかに行きたくない!」と思わせる自虐的なトラウマを追求して・・・第3作目では1作目と2作目を覆すよな”サプライズ”により、殺人鬼”ミック・テイラー”の「ウルフ・クリーク」のシリーズを化を、ぜひぜひ目指して欲しいものです。


「ミック・テイラー 史上最強の追跡者」
原題/Wolf Creek 2
2013年/オーストラリア
監督 : グレッグ・マクリーン
出演 : ジョン・ジャラット、ライアン・コー、シャノン・アシュリン、ピリッペ・クラウス
日本劇場公開未定


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