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2019/10/22

「ミスター・グッドバーを探して/Looking for Mr. Goodbar」がDVD/ブルーレイ化されない理由は使用されている楽曲の使用権問題?・・・続編として製作された駄作テレビ映画「影の追跡/Trackdown:Finding the Goodbar Killer」


「シングルスバー/Singles Bar」は”婚活/恋活”と目的の、婚活パーティー、街コン、相席店などと並んで、独身男女の出会いの場として、今では日本でも浸透しているようです。出会い系アプリで、自己申告のプロフィールと詐欺画像を判断材料にして、いきなり見知らぬ者同士が出会うよりも、少なくとも本人を目の前にして話をするので、どちらかというと”オーソドックスな出会い方”ということになるのかもしれません。

シングルスバーが生まれたのは、まだエイズという病気も発見されておらず、普通に麻薬が蔓延していた1970年代前半のアメリカの大都市(ニューヨークやロスアンジェルス)・・・基本的には一夜限りのセックスの相手との出会い(ワン・ナイト・スタンド/One Night Stand)が目的で、女性には多少危険が伴ってはいたようです。ただ、女性が自分の意思でセックスの相手を探すことができるというのが、当時の”ウーマンリブ”の考え方と一致するところもあり、1960年代のヒッピーの”フリーラブ”以降の世代にとっては、新しい時代の女性の”性のあり方”を体現するオシャレな場だったのかもしれません。

日本でシングルスバーの存在が広く知られるきっかけとなったが、1978年に日本で公開された「ミスター・グッドバーを探して/Looking for Mr. Goodbar」という映画です。それまで日本では、アメリカの性事情としてシングルスバーを週刊誌が紹介することはありましたが、今のように誰も彼もがアメリカに行く時代でなかったので、一般的な日本人が実態を知ることは難しく、マスコミによって書かれた記事から想像するかありませんでした。「アメリカはセックスの本場!」なんて・・・今だったら問題ありそうなマスコミの書き方が多かったことが記憶にあります。そんな時代に公開された一作ということもあり・・・「これがシングルス・バーの実態!」と煽るような宣伝もされていたのです。


主演のダイアン・キートンは「ゴッドファーザー 」「ゴットファーザー Part 2」、ウディ・アレンのミューズとして「ボギー!俺も男だ」「スリーパー」「イディ・アレンの愛と死」などに出演して、日本でもよく知られていた女優であります。1977年4月「アニー・ホール」がアメリカ公開、同年10月に「ミスター・グッドバーを探して」がアメリカ公開、翌年1978年1月に「アニー・ホール」で第35回ゴールデン・グローブ賞最優秀主演女優賞(コメディ/ミュージカル部門)を受賞、同月「アニー・ホール」が日本公開、アカデミー賞主演女優賞にノミネートされている中で1978年3月に「ミスター・グッドバーを探して」が日本公開。その直後の4月には「アニー・ホール」で第50回アカデミー主演女優賞するという・・・「ミスター・グッドバーを探して」の日本劇場公開時には、”ダイアン・キートン”は映画女優としても、ファッションミューズ(「アニー・ホール」での着こなしがファッショントレンドに大きな影響を与えた)としても、新しい時代を象徴する「跳んでる女性」としても、非常に注目されていた存在だったのです。

「ミスター・グッドバーを探して」は、1973年に起こった殺人事件を元にしたジュディス・ロスナー著の長編小説が原作であります。殺されたロズアン・クインという23歳の女性は、子供の頃にポリオにかかったことのある聾唖学校の教師で、犯人の男性は自分の性的アイデンティティに(同性愛者であることを受け入れられない)問題を持っており、セックス中に勃起できなかったことを馬鹿にされたことに激昂して殺害に至った(犯人は裁判目前に自殺)そうです。ルポルタージュとしてジュディス・ロスナーが執筆したものを元に(多少の創作を加えて)長編小説に書き上げて1975年に出版・・・都会に暮らす独身女性の孤独を炙り出してベストセラーとなりますが、当時盛り上がっていた”女性の性解放”に水を差すようなところもあったかもしれません。また、ある意味1997年に日本で起こった「東電OL殺人事件」を先取りしていた印象もあります。ちなみに「ミスター・グットバー」とは読んで字のごとく「いいチンコを持った男」という意味合いで、ずばりシングルズバーで男を漁っている様子を表しているのです。


テレサ(ダイアン・キートン)は、聾唖学校の教師を目指して勉学に励む大学生で、既婚者のマーティン教授(アラン・フェイスタイン)と不倫関係にあります。子供の頃にかかったポリオ治療のトラウマと後遺症のコンプレックスを持っており、マーティンの理不尽な態度に振り回されても、一方的に別れを告げられても、自己肯定できないでいるのです。威圧的に支配する父親(リチャード・カイリー)から逃れるため、大学を卒業して教師の仕事を始めるのを期にテレサは実家を出て、マンハッタンでひとり暮らしを始めます。

姉のキャサリン(チュスディ・ウェルド)が、父親が誰だかわからない妊娠をしたり、出会って数日の相手と結婚してしまったり、麻薬とアルコールに溺れて夫婦で乱交パーティーに参加する乱れた生活を送っているのを、テレサは横目で眺めながら・・・シングルズバーで夜な夜な飲み歩きながら、昼間は聾唖学校で教えるという生活を送り始めるのです。経済的に恵まれない生徒の家庭訪問をした際には、市の生活保護課に務めるリチャード(ウィリアム・アザートン)という好青年と知り合い、時々デートをする仲にはなるものの、テレサが惹かれるのはシングルズバーの常連で危険な香りのするトニー(リチャード・ギア)で、彼とのセックスや麻薬にのめり込んでいきます。まだ無名だったリチャードソン・ギアなのですが、公開当時「この俳優は誰?」と話題になったもの・・・「アメリカン・ジゴロ」で一躍セックスシンボルとなる数年前のことです。

テレサの厳しい父親とも打ち解けて家族公認のボーイフレンドとなっても、テレサがリチャードを受け入れることはありません。ある夜、バーで偶然に遭遇したマーティンから、大学を辞めて離婚もしたと打ち明けられて「本当に愛したのは君だけだ」と甘い言葉を囁かれても、さらっとかわすテレサ・・・夜な夜な別な男たちとのセックスに明け暮れているテレサにとって、今更「愛なんて何なの?」なのです。トニーはテレサの部屋に忍び込んで麻薬と体を求めるだけではなく、金をせびったり、暴力を振るうようになってきて、そろそろ別れる潮時・・・一方的に縁を切ろうとするテレサに対してトニーは復讐を匂わしたりしてきます。トニーが警察に麻薬保持を密告して全てを失ってしまうことも、テレサの頭をよぎったりするのです。クリスマスのプレゼントを持って愛情を示してくれるリチャードを、冷たくあしらい一人でシングルズバーへ出かけるテレサ・・・それでもリチャードがテレサを諦められないのは執着心なのかもしれません。

ニューイヤーイヴの夜のシングルズバーで、尾行してくるリチャードをあしらうためにテレサが声をかけたのがゲリー(トム・ベレンジャー)という男・・・実は彼はゲイなのにガールフレンドを妊娠させたホモフォビアで女性嫌いという精神的に病んでいるのです。テレサの誘いに乗ったのも、ゲイのパトロンへの当て付けのようなところなのかもしれません。テレサの部屋でベットインしたものの勃起できないゲリーは、グズグズとベットに居座ったまま・・・そんな姿を嘲笑いながら追い出しにかかるテレサに、ゲリーは暴力的に強姦を試みます。リチャードからクリスマスにもらったフラッシュライトが点滅の繰り返す中、テレサを犯しながらゲリーは、部屋に落ちていたナイフを取り上げて、何度も何度もテレサを突き刺すのです。テレサは血だらけになって意識を失って死んでいく顔で、本作は唐突に終わります。まるで観客自身が、いきなり殺されてしまったような・・・”トラウマ”になりそうなエンディングであります。


当時「アニー・ホール」の好演で飛び鳥も落とす勢いだったダイアン・キートンは、特に”セクシー”なイメージではありませんでしたが、ヌードシーンを含む大胆な役柄に挑戦したこともあり、アメリカでも日本でも本作は大ヒット。救いのない物語という観点でも”アメリカン・ニューシネマ”の流れを汲んだ・・・1970年代後半の世相を描いた作品として語り継がれているものの、残念なことに現在では視聴できる機会が少ない作品でもあるのです。

「ミスター・グッドバーを探して」のビデオ(レーザーディスク?)は1990年代に発売はされたのですが・・・その後、DVD/ブルーレイでは発売されていません。暴力描写や性的表現はあるものの、現在の倫理観に反するわけではありませんし、本作以外では殆どヌードを見せていないダイアン・キートンが意図的に封印しようとしているわけでもないようです。どうやら、DVD/ブルーレイなどのデジタルメディアとビデオやレーザーディスクなどのアナログメディアとでは著作権の扱いが違うようで・・・デジタルメディアでリリースするには、改めて作中で使用されている楽曲の使用権を取り直す必要があるらしいのであります。

主題歌のマレーナ・ショウ「Don’t Ask To Stay Until Tomorrow」だけでなく・・・「ミスター・グッドバーを探して」には1970年代半ばのディスコ/フュージョンの名曲が劇中で効果的に使用されていて、どの楽曲も1970年代後半にディスコに行ったことがあるならば聞いたことのあるものばかり。ダイアナ・ロス「Love Hangover」、ドナ・サマー「Prelude To Love/Could It Be Magic」「Try Me I Know You Can Make It」、セルマ・ヒューストン「Don’t Leave Me This Way」、ボズ・スギャッグス「Lowdown」、コモドアーズ「Machine Gun」、オージェイズ「Back Stabbers」ビル・ウィザース「She Wants To (Get On Down)」「She’s Lonely」・・・歌詞の内容と物語がリンクしているところもあり、これらの楽曲”抜きで本作は成り立たないのです。サウンドトラックCDは1997年に発売されてはいるものの既に廃盤・・・今では貴重なプレミア盤となっています。どのアーティストまたはレコード会社かわかりませんが、何らかの理由で映画本編での楽曲の使用を許可していないため、再販は厳しいのかもしれません。

しかし、どういうわけか「ミスター・グッドバーを探して」のスペイン盤DVDは発売されているのです。アメリカ本国でさえリリースできないのに、何故スペインだけ可能なのは不思議なことなのですが・・・日本語字幕や日本語吹き替えなくても「ミスター・グッドバーを探して」をDVDで観たいという方は、音声は英語版も収録されているので、スペイン盤「Buscando al Sr. Goodbar」(PALなのでリージョンフリーのプレイヤーは必要)を探してみるのも”あり”かもしれません。


「ミスター・グッドバーを探して」から6年後、テレビ映画として制作されたのが、続編という位置付けの「影の追跡/Trackdown:Finding the Goodbar Killer」であります。ただし「ミスター・グッドバーを探して」の原作者ジュディス・ロスナーは、この続編を認めておらず、登場する人物の名前は変更されています。また、テロップで「ジュディス・ロスナー氏の原作とは無関係」と断っているほどです。「影の追跡」は、事件後の犯人の男と犯人を追うニューヨーク市警の刑事を描くという「ミスター・グッドバーを探して」とは似ても似つかない全く趣の違うドラマで・・・「ミスター・グッドバーを探して」ではなく、ロズアン・クイン事件の”後日談”ということのようであります。

ニューヨーク市警のジョン・グラフトン(ジョージ・シーガル)の家庭では、娘のエイリーン(トレイシー・ポラン)はサラキューの大学に入学するために家を出たいと言い出していたり、倦怠期を迎えていた妻ベティ(ジーン・デ=バー)との仲は冷え切っており離婚の話し合い始めています。そんな中、グラフトン刑事はメリー・アリス・ノーランという若い女性教師が殺された事件に関わることになるのです。メリー・アリソンの同僚だったローガン(シェリー・ハック)という女性とグラフトン刑事は、出会い頭には衝突するものの、次第にちょっといい雰囲気になったりします。

一方、メリー・アリスを殺した犯人のジョン・チャールス(シャノン・プレスビー)は、妊娠中の妻がいながら、アラン(バートン・ヘイマン)という中年男をゲイのパトロンにしているという自分勝手な男・・・殺害後、アランの手助けで妻と暮らすフロリダに身を隠しています。グラフトン刑事は当初、ジョンソンという黒人男性を犯人として逮捕するのですが、納得のできずに捜査を続けて、殺人現場に残されていたスケッチから怪しい男性二人組を見つけ出すのです。そして、アランにジョン・チャールスへ電話を掛けさせてメリー・アリスの殺人を白状させることで、見事に真犯人を逮捕するのです。事件が一件落着後、娘エイリーンは大学入学のため妻ベティと一緒に家を去ろうとしています。二人を見送るだけのつもりだったラフトン刑事は、唐突に車に乗り込んで二人と共にサラキューまで行くことにして、この家族の再生を匂わせて本作はエンディングとなるのです。

家庭に問題のあった刑事の家族の再生の物語を描きたかったのか・・・それとも殺人事件の真犯人を追うサスペンスを描きたかったのか・・・どっちつかずというか、どちらもしっかりと描かれていない作品で、何を目指して制作されたのだろうと頭を捻ってしまうほど。ジュディス・ロスナー氏が自分の原作との関わりを否定するのも当然だと思える「駄作」なのであります。

「ミスター・グッドバーを探して」は楽曲の著作権問題で・・・その続編的な「影の追跡」は出来の悪さで・・・2作品共に陽の目を見ることない作品となってしまったことで「ロズアン・クイン事件」そのものも人々の記憶から薄れてしまったようです。ただ考えてみれば・・・性に自由な女性が、不運な事件に巻き込まれてしてしまうことは、今では衝撃的なことでもない”よくある事件”なのですから、数ある事件のひとつになってしまうのは仕方のないことなのかもしれません。


「ミスター・グッドバーを探して」
原題/Looking for Mr. Goodbar
1977年/アメリカ
監督、脚本 : リチャード・ブルックス
原作  ジュディス・ロスナー
出演      ダイアン・キートン、アラン・フェイスタイン、リチャード・カイリー、チュスディ・ウェルド、ウィリアム・アザートン、リチャード・ギア、トム・ベレンジャー
1978年3月18日より日本劇場公開

「影の追跡」
原題/Trackdown:Finding the Goodbar Killer
1983年/アメリカ(テレビ映画)
監督 : ビル・パースキー
出演 : ジョージ・シーガル、シェリー・ハック、アラン・ノース、トレイシー・ポラン、シャノン・プレスビー、バートン・ヘイマン、ジーン・デ=バー
日本劇場未公開、CXで放映


 
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2019/09/23

「クソ映画」と「カルト映画」の狭間・・・ノーマン・J・ウォーレン(Norman J. Warren)というサイテー映画監督~「Her Private Hell」「Loving Feeling」「ザ・ショッカー 女子学生を襲った呪いの超常現象/Satan’s Slave」「人喰いエイリアン/Prey」「ギロチノイド/Terror」「Spaced Out」「悪魔の受胎/Inseminoid」「ガンパウダー/Gunpowder」「タイム・ワープ・ゾーン/Bloody New Year」~


「カルト映画」というのは”一部の熱狂的なファンを持ち語り継がれている映画”だったはずなのですが、ニッチな商業性がビジネスとして成立することから、近年、広く使われる傾向にあります。公開当時は、ほぼ無視されたような「クソ映画」も年月経つと、誰かが「カルト映画」として注目し始めて、いつの間にか”お墨付き”がついたビジネスとして成立してしまうのです。時代の感性を閉じ込めたタイムカプセルとして機能することもありますが、どれほど年月が流れようとも映画としての完成度の低さは変わらない「クソ映画」というのも存在するのですが・・・。

1980年代末期というのはレンタルビデオの最盛期・・・当時ニューヨークに住んでいたボクも、数日ごとにレンタルビデオに通い映画を観まくっていた時期でもあります。数本同時に借りると割安だったので「なんだこりゃ?」という「クソ映画」がまぎれていることも度々あったものです。そうやって「うっかり借りてしまった」ビデオの中に、ノーマン・J・ウォーレン監督の作品あったかもしれません。


先日(2019年8月12日)、ノーマン・J・ウォーレン監督のホラー系代表作品5作品を2Kリストレーションしたブレーレイボックス「Bloody Terror: The Shocking Cinema of Norma J Warren, 1976-1987」が、イギリスで発売されたのです。「イギリスのニューウェーブホラー作家」という商品説明を読んで「あれ?観たことあるかも」と記憶が呼び覚まされて、あれほど後悔した経験があるにも関わらず・・・購入してしまったのです。

収録されている作品は「ザ・ショッカー 女子学生を襲った呪いの超常現象」「人喰いエイリアン」「ギロチノイド」「悪魔の受胎」「タイム・ワープ・ゾーン」の5作品・・・約30年ぶりに観てみると100%「クソ映画」ではあるものの、奇妙な”味わい”が生まれてもいるのです。このボックスの”売り”として収録されているノーマン・J・ウォーレン監督へのインタビューがあるのですが、事細かに過去のことを記憶しているのに感心するのと同時に、とめどなく早口で語り続けるテンションに「うんざり」させられてしまうのは・・・ノーマン・J・ウォーレン監督独特のお人柄でもあります。


映画好きの母親の影響で、映画界で働くことを目指した若き日のノーマン・J・ウォーレン監督は、裏方仕事をこなして経験を積んでいきます。映画監督を目指して制作した短編の自主映画で認められて、「ハー・プライベート・ヘル(原題)/Her Private Hell」という作品の監督を任せられることになります。「ハー・プライベート・ヘル」は、イギリス映画界初の”セックス映画”ということもありヒットします。”セックス映画”と言っても、一瞬のトップレスのヌードシーンとベットインの場面がある程度です。イタリアからやってきた若いモデルの女性が男たちの餌食になってしまうという物語なのですが、当時の風俗を取り入れた”タイプカプセル”として以外は、興味深いところがありません。


続く”セックス映画”二作目の「ラヴィング・フィーリング(原題)/Loving Feeling」は、既婚者のラジオディスクジョッキーの男が様々な女性と浮き名を流すという物語で、絡みのシーンが前作よりも増えたこともあり再びヒットします。カラー映画でもあり、サイケな風俗を感じさせるタイムカプセル的な作品にはなっています。いわゆる「セクスプロイテーション映画」ほど過激な描写はないものの、当時のフリーセックスのムードを取り入れて、一躍”ヒットメーカとなったノーマン・J・ウォーレン監督・・・しかし”セックス映画”専門監督になることには抵抗があったため、三作目の監督オファーは降板してしまうのです。ただ、そもそも監督としての実力を認められていたわけではないので、その後、映画製作の資金集めには苦労することになります。


自らの企画した映画が完成したのは、それから8年後・・・「ザ・ショッカー 女子学生を襲った呪いの超常現象/Satan’s Slave」とい”ハマーホラー映画風”の作品です。キャサリン(キャンディス・グレンデニング)と両親が叔父のお屋敷を訪ねると、謎の車の事故で両親が死去・・・キャサリンは叔父(マイケル・ガフ)の屋敷で保護されるものの、実は叔父一家は悪魔崇拝者で魔女カミーラの末裔であるキャサリンを生贄にしてカミーラを蘇らせようとするというのであります。舞台となるお屋敷の雰囲気はとても良いのですが、全体的にもっさりとしたノーマン・J・ウォーレン監督らしいテンポで、キャサリンの幻想と現実が混沌としていく中でのドンデン返しは”お約束どおり”・・・それほどの恐怖もサスペンスも感じさせません。ただ、最近復元された残酷シーンのいくつかは結構エグくて、ノーマン・J・ウォーレン監督の代表作として位置付けられています。


続く「人喰いエイリアン/Prey」は、宇宙人が動物や人間を襲うという「SFホラー」なのですが・・・・レズビアンカップルの関係が並行して描かれるという不思議な映画です。地球に食物探索にやってきた宇宙人(バリー・ストークス)はアンダーソンという人間の男性の姿となって、レズビアンカップルのジョゼフィン(サリー・フォークナー)とジェシカ(グローリー・アナン)の暮らす大きな屋敷の居候となります。ジェシカには以前シモンというホーイフレンドがいたようなのですが、二人の関係を支配しようとするジョゼフィンがシモンを殺したんではないか・・・とジェシカが疑い始めます。そんな問題を抱えたレズビアンカップルの前に、アンダーソンという男性の姿で現れた宇宙人が二人の関係を引っ掻き回すのです。ジョゼフィンの束縛から逃げ出したいジェシカは、一緒に逃げようとアンダーソンを誘惑するのですが、宇宙人の野生(?)に目覚めたアンダーソンはジェシカを食い殺し、ジョゼフィンも追い詰めてしまうのです。宇宙人が犬顔メイクだけという陳腐さで、相変わらず手抜き感が満載であります。レズビアンカップルに焦点を合わせるという不可解さは、ノーマン・J・ウォーレン監督らしさでしょうか・・・?


「ギロチノイド/Terror」は、ホラー映画の制作現場を舞台にした「サスペリア」もどきの魔女伝説のスラッシャーホラー映画であります。「ザ・ショッカー 女子学生を襲った呪いの超常現象」のスタッフを再集結して、倍以上の制作費をかけたにも関わらず・・・ノーマン・J・ウォーレン監督作品の中でも「クソ映画」度の高い一作です。昔、魔女を火あぶりにした一族の子孫であるジェームス(ジョン・ノーラン)が、ホラー映画の完成パーティーを屋敷で催しています。余興で睡眠術をかけられたジェームスの妹アン(キャロリン・カレッジ)は、何かに取り憑かれたようになってしまうのです。それから、次々とジェームスやアンの周辺の人々が奇妙に殺されていきます。ダリオ・アルジェント監督の作品の”まるパクリ”の殺人シーンや極彩色の照明を使ったジャーロ風の色彩は、センスのない演出とカメラワークでオリジナルに遠く及ばず・・・脈略もなく人々が殺されていくのは理解不可能。それでも公開時イギリスでは「サスペリア」っぽい雰囲気が受けてヒットしたというのですから、ノーマン・J・ウォーレン監督は侮れません。


1970年代にイギリスではセックスコメディ映画が多く制作されていましたが・・・「スペースド・アウト(原題)/Spaced Out」は、その流れに乗ったSF調のセックスコメディ(かなり後発ですが)であります。童貞の若者ウィリー(トム・メイデン)、中年男のクリフ(マイケル・ロウラット)、結婚間近のカップルのオリバー(バリー・ストークス)とプルデンス(リン・ロス)の4人の地球人は、スキッパー(ケイト・ファーガソン)、コシア(グローリー・アンメン)、パーサ(エヴァ・キャンデル)の3人の女性しかいない宇宙人の宇宙船に乗り込んでしまいます。男という存在に初めて接した宇宙人たちは、人間の男女のセックスに興味津々で、あれこれエッチなことを試してドタバタになるという予想通りの展開となるのです。宇宙人と地球人が普通に英語でコミュニケーションができるだけでなく、宇宙船内の機会やインテリアは地球と同じだし、女宇宙人もスパンコールの眉毛だけのメイクだったり、テレビのコント番組レベルのクオリティー。宇宙船に乗り込む場面は「未知との遭遇」をチープにパクっていて、制作年が「エイリアン」や「スーパーマン」が公開された1979年だったとは思えないほど、古臭いセンスが全編に溢れているのであります。


「悪魔の受胎/Inseminoid」は、明らかに「エイリアン」の亜流のSFスプラッターホラー映画です。ある惑星の古代文明の遺跡を調査している調査団・・・発見されたクリスタル石によって、隊員が凶暴な行動をとるようになったりします。さらに調査を続けるうちに、何かに捕らえられしまったサンディ(ジュディ・ギーソン)は、人相の悪い土偶みたいな宇宙生命体に犯されて、いきなり妊娠してしまうのです。「エイリアン」との大きな違いは、隊員たちを殺しまくるのは宇宙生命体ではなく、見た目は普通の人間のおばちゃん隊員のサンディというところ・・・なぜだか怪力になって襲うところは”モンスター映画”のようだし、時々意識を取り戻して助けを懇願したりするところは”悪魔憑き”っぽいし、死体の内臓を貪り食うところなどは”ゾンビ”みたいだったりします。そして、土偶のような宇宙人の赤ちゃんを出産した後も、相変わらず怪力を維持して暴れまくるのですから、何が何だかわかりません。結局、宇宙人の赤ちゃんによって残りの隊員も殺されてしまい、この惑星の遺跡に新たな調査団が送り込まれて、宇宙人の赤ちゃんの餌食になってしまうのであろう・・・というオチが待っています。ノーマン・J・ウォーレン監督作品の中で、唯一日本で劇場公開されている本作・・・それも1985年(制作されてから4年後)とは「エイリアン」ブームに便乗するにも遅すぎる謎のタイミングです。


「悪魔の受胎」から5年後・・・ノーマン・J・ウォーレン監督は「007」と「バディもの」をパクったような「ガンパウダー/Gunpowder a.k.a. Kommando Gold Crash」というアクションコメディ映画を作っています。ワイルドな”ガン”(デヴィット・ギリアム)とキザな”パウダー”の二人のスパイが、金の市場を暴落させて世界経済を崩壊させようとしているドクター・ヴァッチ(デヴィット・ミラー)の陰謀に立ち向かうというお話なのですが、まず、主人公の名前が「ミスター・ガン」と「ミスター・パウダー」でタイトルが「ガンパウダー」であったことに苦笑です。肝心なアクションは大雑把で雑な描写であっという間に終わってしまいますし、物語の展開は早いのに全体的にはダラダラした印象という相反する演出効果は、ノーマン・J・ウォーレン監督ならでは。練り切られていない脚本で、様々な出来事が唐突に起こるため場面展開についていくさえ困難・・・キャラクターの魅力を引き出そうという意図も空回りしていて、寒いセンスのセリフのやりとりに苦笑いさえできません。極めて完成後の低い映画に仕上がっています。


ノーマン・J・ウォーレン監督の最後の映画作品となる「タイム・ワープ・ゾーン/Bloody New Year」は、遊園地でトラブルを起こして、小舟で逃げた若者カップル3組が、ある島に漂着したところ・・・1959年の年末パーティーの時空の歪みに閉じ込められて、怪現象に襲われるというお話。ちょっと面白くなりそうな設定なのですが、さすがノーマン・J・ウォーレン監督・・・相変わらず訳の分からない演出が満載です。怪現象というのがセコくて・・・シャワーホースや掃除機が勝手に動き出したり、魚の網やテーブルクロスが襲いかってきたり、幽霊のような何者かに覗かれていたりという程度。映画スクリーンの中から飛び出してきたアラブの石油王に殺されたり、エレベーターの壁が伸びて襲われて壁の中に取り込まれてしまう・・・という謎の殺され方は唐突すぎ。また、他に襲ってくるのも、透明人間だったり、ゾンビだったりと、一貫性に欠けている上に、すぐにやられてしまうので恐怖感もありません。ポルタガイスト現象でグチャグチャになったと思ったら、逆回転で元通りになったりというのも意味不明。仲間がゾンビとして蘇って襲ってくるという何でもありの展開で、結局6人全員誰も小島から脱出することもできないという結末・・・1980年代にありがちだったスラッシャー映画としては後発になるのですが、あらゆるアイディアを安易に詰め込みすぎた「クソ映画」であります。

その後、ノーマン・J・ウォーレン監督は、劇場用の映画に関わることはなくなったものの、ミュージックビデオや教育用の短編の制作を続けます。2000年前後から再評価の流れが出てきて、イギリス国内ではホラー映画のスペシャリストとして認知されるようになったようです。年月が経つことによる”熟成効果”により「クソ映画」が、いつの間にか「カルト映画」として生まれ変わる・・・ノーマン・J・ウォーレン監督は、いつの時代になってもイギリスホラー映画界の”ニューウェーブ”(?)なのかもしれません。

「ハー・プライベート・ヘル(原題)」
原題/Her Private Hell
1968年/イギリス
監督 : ノーマン・J・ウォーレン
出演 : ルチア・モデューニョ、テリー・スケルトン、ダニエル・オリアー、パール・キャトリン、ロバート・クリュードソン
日本未公開

「ラヴィング・フィーリング(原題)」
原題/Loving Feeling
1969年/イギリス
監督 : ノーマン・J・ウォーレン
出演 : サイモン・ブレット、ジョジアーナ・ワード、ポーラ・パターソン、ジョン・ライトソン、フランセーズ・パスカル
日本未公開

「ザ・ショッカー 女子学生を襲った呪いの超常現象」
原題/Satan’s Slave
1976年/イギリス
監督 : ノーマン・J・ウォーレン
出演 : マイケル・ガフ、キャンディス・グレンデニング、ジャームス・ブリー、セリア・ヒューイット、バーバラ・ケラーマン
日本劇場未公開、TV放映

「人喰いエイリアン」
原題/Prey
1977年/イギリス
監督 : ノーマン・J・ウォーレン
出演 : バリー・ストークス、サリー・フォークナー、グローリー・アナン
日本劇場未公開、ビデオ発売

「ギロチノイド」(別題:ザ・ハウスⅡ/蘇えった300年・魔の秘密)
原題/Terror
1978年/イギリス
監督 : ノーマン・J・ウォーレン
出演 : ジョン・ノーラン、キャロリン・カレッジ、サラ・ケラー、ジャームス・オブリー、グリニス・バーバー、メアリー・モード、ウィリアム・ラッセル、トリシア・ウォルシュ、パティ・ラヴ、ピーター・メイヒュー
日本劇場未公開、ビデオ発売

「スペースド・アウト(原題)」
原題/Spaced Out
1979年/イギリス
監督 : ノーマン・J・ウォーレン
出演 : バリー・ストークス、エヴァ・キャデル、トム・メイデン、マイケル・ロウラット、リン・ロス、グローリー・アンメン
日本未公開

「悪魔の受胎」
原題/Inseminoid
1981年/イギリス、香港
監督 : ノーマン・J・ウォーレン
出演 : ジュディ・ギーソン、ロビン・クラーク、ジャニファー・アシュレイ、ステファニー・ビーチャム、スティーヴン・グリブズ、ヴィクトリア・テナント、ロバート・ピュー
1985年2月23日より日本劇場公開

「ガンパウダー」
原題/Gunpowder a.k.a. Kommando Gold Crash
1986年/アイルランド
監督 : ノーマン・J・ウォーレン
出演 : デヴィット・ギリアム、マーティン・ポッター、ヴィット・ミラー、デボラ・バートン、ゴードン・ジャクソン
日本劇場未公開、ビデオ発売

「タイム・ワープ・ゾーン」
原題/Bloody New Year
1987年/アメリカ
監督 : ノーマン・J・ウォーレン
出演 : マーク・パウリー、キャサリン・ローマン、ジュリアン・ロニー
日本劇場未公開、ビデオ発売



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2019/06/20

愛しのフランコ・ネロ様♥に萌えるエロティックな出演作!~「怪奇な恋の物語/Un Tranquillo Posto Di Campagna」「ザ・ヴァージン・アンド・ザ・ジプシー/The Virgin and the Gypsy」「スキャンダル/Lo Scandalo」「ザ・サラマンダー/The Salamander」「ファスビンダーのケレル/Querelle」「魔・少・女/ザ・ガール/The Girl」~


フランコ・ネロ様♥と言えば、1960年代~70年代に制作されたマカロニウエスタン作品が有名で、なかでも「続・荒野の用心棒/Django」のジャンゴ役で知られています。ボク個人的には「男の子映画」的なマカロニウエスタンやB級アクションモノよりも・・・ちょっとエロティックな作品が気になってしまうのです。

フランコ・ネロ様♥の存在を知ったのは、ティーンエイジャーの頃、ボロボロになるまで繰り返し繰り返し読んでいた映画のムック本に掲載されていた出演映画のスチール写真を見たのが最初だと思います。イタリア人独特のクッキリとした顔立ち、ギラギラと輝くブルーの瞳、不精髭と胸毛の男臭さに、すっかり魅せられてしまったのです。はっきり言って、純粋に”見た目”だけ。ただ、それほど好きだったのにも関わらず、わざわざ映画館に足を運んで観た作品というのは、ほんの数えるほどだったりもします。

地元の大学を辞めて、ミラノのピッコロ座(Piccolo Teatro di Milan)という有名なレパトリー劇団(日本でいうと文学座のような?)で演劇のイロハを学んだことから、フランコ・ネロ様♥自身は”演劇人”という意識があるようなのですが・・・特に演技派男優というイメージはありません。(と言って・・・大根役者ってわけでもありませんが!)

そもそも、ブレイクのきっかけとなった「続・荒野の用心棒」で抜擢された理由というのも、主役のジャンゴ役を演じるはずだった俳優が降板してしまったため、急遽、代役を探す羽目になっ製作陣が、フランコ・ネロ様♥のプロフィール写真の”顔”を気に入ったから・・・演技力とかは無関係だったらしいのです。奇しくもジャンゴ役が大当たりしてしまったフランコ・ネロ様♥は、ハリウッドで活躍する機会も与えられるものの、本人的には肌に合わないということでイタリアに戻り、マカロニウエスタンのスターとなったというわけであります。


「続・荒野の用心棒」公開された年、ミュージカル映画の大作「キャメロット」の制作現場で、フランコ・ネロ様♥は、バネッサ・レッドグレーブと出会います。フェミニストでリベラルな政治活動家としても知られるイギリス人女優と、イタリアの色男の男優という組み合わせは、少々意外にも思えるのですが・・・お堅いイギリス人女性が情熱的な恋愛相手として選ぶのは。イタリア人の色男と相場は決まっているところもあったりするので、実はこの上なく凡庸な組み合わせかもしれません。二人は子供をもうけたものの一旦別れてしまい、お互いに別な人と付き合ったりした後、晩年になって40年越しの愛を晩成させて2006年に結婚しています。

そんな二人が付き合い始めた時期につくられた共演作品が「怪奇な恋の物語/Un Tranquillo Posto Di Campagna」なのです。本作は、サイコミステリー仕立ての作品で、ボク個人的に印象に残ったのは、本作の冒頭のSMチックな幻想シーン。何故か、パンツ一丁の裸でロープで椅子に縛られているフランコ・ネロ様♥・・・胸毛を露わにした無防備な姿に、衝撃を受けた記憶があります。ただし、フランコ・ネロ様♥が脱いでいる(!)シーンはこれだけで、残りの本編は主人公が幻覚と現実に混乱していくという展開になっていくのです。

付き合い始めのカップルの共演作品として(幻想でもSMプレイというのは)なかなかエグい気がしてしまいます。晩年の二人が共演した「ジュリエットからの手紙」とは大違いです。若かれしフランコ・ネロ様♥の裸体を拝見できる貴重なの作品なのであります。(マカロニウエスタンでは脱がない・・・)


上流階級の娘とジプシーとの格差を超えた恋愛を描いたD・H・ロレンスの中編小説を映画化した「ザ・ヴァージン・アンド・ザ・ジプシー(原題)/The Virgin and the Gypsy」で、フランコ・ネロ様♥が演じるのは野性味のある性的魅力に溢れるジプシー・・・ぴったりの役であることは言うまでもありません。

性的に抑圧された上流階級の娘が、バケーションで片田舎を訪れるのですが、そこで屋敷近くに暮らすジプシーの男と惹かれてしまう・・・という”ロレンス”らしい物語です。おそらく、ケン・ラッセル監督による同じくロレンス原作の「恋する女たち/Women in Love」に便乗(?)して、企画されたと思われるのですが日本では未公開のまま(ビデオ化もされず)。性的な描写は控えめで、ロレンス的なテーマも無難にまとまっている”だけ”の作品なのですが、野性味溢れるフランコ・ネロ様♥の全裸ラブシーンという”ご褒美”があるのです。


30代半ば脂の乗り切ってきたフランコ・ネロ様♥が、フェロモン全開で臨んだのが「スキャンダル/Lo Scandalo」であります。当時、多く制作されていたイタリアの官能モノで、大学教授夫人で薬局を切り盛りするマダム(リザ・ガストーニ)を、性奴隷として虜にしていく使用人(下男)を演じるのがフランコ・ネロ様♥です。

下層階級の男が上流階級のマダムを性奴隷にしていくというのは、1974年(本作の2年前)リナ・ウェルトミューラー監督の「流されて・・・・/Swept Away」と似通っているのですが、第二次世界大戦下の戦況が悪化していくという刹那的なムードは、同じく1974年のリリアーナ・カヴァーニ監督による「愛の嵐/ The Night Porter」にも似ているところがあります。ただ、「流されて・・・」のような政治風刺やユーモアがあるわけでもなく、また「愛の嵐」のデカタンスを感じさせるわけでもありません。

あくまでも、本作の”売り”はリザ・ガストーニの(熟れたというよりも腐りかけた?)熟女ヌードで、フランコ・ネロ様♥の脱衣は皆無・・・・。「征服されていみたい」「服従してみたい」と思わせてしまう”非情などSっぷり”と、「なんか可愛らしい」「どこか許せてしまう」という”チャーミングな男臭さ”が同居していのは、フランコ・ネロ様♥が生まれ持った魔性なのではないでしょうか?


「ザ・サラマンダー(原題)/The Salamander」は、フランコ・ネロ様♥主演で、アンソニー・クィン、クリストファー・リー、クラウディア・カルディナーレら往年のヨーロッパスターたちが共演した作品であります。アクションスリラーとしては平凡な作品で、日本では劇場未公開。ビデオ/ブルーレイ化はおろかテレビ放映されたこともないようです。

殺人事件を捜査するフランコ・ネロ様♥演じるイタリア警察長官が、監禁されて拷問されるシーンがあるのですが・・・ジャックストラップ(日本のゲイには”ケツ割れ”と呼ばれているエッチな下着)を身につけただけの姿になってしまうのであります。それも、一部のゲイにはコアな人気を誇る(?)髭熊系のポール・L・スミス(1980年の「ポパイ」のブルート役)を相手にしたアクション!個人的には、数分間の二人が絡んでいるシーン(エッチではありませんが)以外は、どうでも良い映画だったりします。


ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督の「ファスビンダーのケレル/Querelle」は、公開当時(1982年)珍しかったゲイセックスを露骨に扱っていたアートフィルムこともあり、ゲイの観客を多くを集めていたことは言うまでもありません。

ケレルに密かに魅かれているクロゼット(カミングアウトしていない)ゲイの将校役を演じたフランコ・ネロ様♥は(演技とはわかっていても!)それまで多くのゲイのファン(ボクを含む)が妄想していた姿で、まるで「ポルノ映画」のよう。上半身裸で作業するケレル(ブラッド・デイヴィス)を司令室から眺めながらフランコ・ネロ様♥の手が自分の股間を弄るとか、「Young man needs boys with big dicks/若い男にはチンポのでかい少年が必要(直訳)」なんて卑猥な言葉を落書きしたり、ケレルへの思いが伝わった後にお互い強く抱擁し合うとか・・・マジで”鼻血ブーもの”だったのです。


多少頭髪も薄くなりかけて、すっかり”おじさん”になってきたフランコ・ネロ様♥が、娘ほどの年齢の少女に翻弄される「魔・少・女/ザ・ガール/The Girl」は、世界的にはマイナーな一作・・・1990年代に一度ビデオ化はされたものの、その後DVD化されることはなく、今では忘れ去られた作品かもしれません。

少女のクレア・パウニーが、それほど若くは見えなくて、ちょっと不潔な感じがするところが、まるでアダルトビデオ・・・。股間のモロ出しシーン(男女ともに)がある本作ではありますが、さすがにフランコ・ネロ様♥が股間を露わにすることはありません。しかし、必然性のあるなしに関わらず、妙にフランコ・ネロ様♥裸(上半身)になるシーンが多いのは、様々な方向性から(?)「エロティック」スリラーを意識してのことなのでしょうか?


「フランコ・ネロ」という俳優名を聞いて、40代以下の方には「ダイ・ハード2」や「ジョン・ウィック:チャプター2」に出てたおじさん?くらいの存在でしかないかもしれません。ただ、若い頃に夢中になったアイドルやスターを、いつまでも憧れの対象として崇拝しまうように・・・おじいちゃんになってもフランコ・ネロ様♥は、ボクの心をときめかすのであります。


「怪奇な恋の物語」
原題/Un Tranquillo Posto Di Campagna
イタリア/1968年
監督 : エリオ・ペトリ
出演 : フランコ・ネロ、バネッサ・レッドグレーブ、ジョルジュ・ジェレ
1971年11月20日、日本劇場公開


「ザ・ヴァージン・アンド・ザ・ジプシー(原題)」
原題/The Virgin and the Gypsy
イギリス/1970年
監督 : 
出演 : フランコ・ネロ、ジョアナ・シムクス、ホーマー・ブラックマン、マーク・バーンズ
日本未公開


「スキャンダル」
原題/Lo Scandalo
イタリア/1976年
監督 : サルヴァトーレ・サンペリ
出演 : フランコ・ネロ、リザ・ガストーニ、レイモン・ペルグラン、クラウディア・マルサーニ、アンドレア・フェレオル
1977年6月11日、日本劇場公開


「ザ・サラマンダー(原題)」
原題/The Salamander
アメリカ、イタリア、イギリス/1981年
監督 : ピーター・ツィイナー
出演 : フランコ・ネロ、アンソニー・クィン、クリストファー・リー、クラウディア・カルディナーレ
日本未公開


「ファスビンダーのケレル」
原題/Querelle
西ドイツ、フランス/1982年
監督 : ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
出演 : ブラッド・デイヴィス、ジャンヌ・モロー、フランコ・ネロ、ギュンター・カウフマン
1985年5月20日、日本劇場公開


「魔・少・女/ザ・ガール」
原題/The Girl
イギリス、スウェーデン/1986年
監督 : アルネ・マットソン
出演 : フランコ・ネロ、クレア・パウニー、バーニス・ステジャース、フランク・ブレナン、クリストファー・リー

日本劇場未公開、日本国内VHS発売あり




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