2010/04/07

トラウマ確実!変態監督の妄想による母と娘の愛憎劇!~「奇妙なサーカス」~


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僕が選んだ去年の映画ベストワンだった「愛のむきだし」の園子温監督が、2005年に制作、公開した「奇妙なサーカス」は、女同士/母娘の確執をテーマした作品が好物(?)の僕にとっても、かなりハードな作品でありました。

ユイスマンスの「さかしま」からの引用と、寺山修司的なサーカス小屋から悪夢のような物語はスタートします。
「私はもともと処刑台の上で生まれたようなものだ」と語る小6の娘(美津子)は、変態的な父親から性的暴行を受けています。
それだけでなく、小さな覗き穴を開けたチェロ(楽器)ケースの中に父親に閉じ込められて、美津子は父親と母親(小百合)の激しく淫乱な性行為を強制的に見させられるのです。
さらに、母親もケースに入れられて、夫と娘の行為を見せさせられて・・・娘は母親に宿り、母親は娘に宿り「女」としての葛藤が始まります。
父親が不在のときには、母親は嫉妬心を剥き出しにして、美津子の髪の毛を掴んでなぐったり、鞭を振り回て追いかけ回したりして、いたぶり始めるのです。
ある日、イヤリングをなくした美津子を母親は狂ったように追い回し、階段の上でもみ合っているうちに、母親が転げ落ちて亡くなってしまいます。
母親の死後、美津子は小百合(母親)の人格に乗り移ったかのようになり、父親からセックスを強要され続けるのです。
ある日、美津子は校舎の屋上から飛び降り自殺を計るのですが、半身不随となって生き残り車椅子生活となってしまいます。

ここまで物語が進んだところで、実はこれは女性作家(母親役と同じ女優が演じる)の小説の内容であることが明らかになります。
作家は、小説の中の美津子と同じように車椅子に乗っているので、もしかすると作家が美津子本人なのではないか・・・と、世間では疑われています。
新人編集者(いしだ壱成)は作家の周辺調査を編集長に頼まれるのですが、従順に作家に仕える、とても気弱そうな青年なのです。
編集者の男性にセックスを強要してきたと噂のある作家は、新人編集者を気に入って車椅子を押させてあちこち出掛けます。
実は、作家の足は悪くなく車椅子は真っ赤なウソで、仕事部屋の裏にはゴミ屋敷のような和室の部屋で気が狂ったように焼きそばを貪り食いながら彼女は執筆をしていたのです。
この部屋には、小説のようなチェロのケースが置かれており、彼女はケースに話しかけたり、食べ物を小さな覗き穴に押し込んだりもしています。
そうやって次第にこの作家は、本当に気が狂っているのではないかということが分かってきます。
また、新人編集者も単なるファンではなく、意図的にこの作家に近づいていることも明らかになります。
今後の小説の展開を試行錯誤する作家に、新人編集者は「父親に犯された女性は、手足を切り落されただるま女のような気持ちらしい」と、不気味なヒントを与えるのです。
何が実際に起こったことなのか、どこまでが作家の創作なのか・・・美津子や小百合は実在するのか、映画が進むうちに分からなくなってきます。

(ネタバレを含むので結末を知りたくない方は下記の部分を飛ばして下さい)

新人編集者はチェロケースに隠されていた作家の「ペット」を盗み出し、作家を小説の中で母親と娘が犯されていたのと同じ大きな屋敷に呼び出します。
実は、新人編集者が娘の美津子で、小説を書いていた作家は・・・母親の小百合だったのでした。
そしてチェロケースに入れられえていたのは、手足を切り落とされだるまになった父親/夫だったのです。
気の狂った作家の書いていた小説の内容は、実際に起こっていたことだったのですが、階段から転げ落ちたのは母親(小百合)ではなく娘(美津子)だったのでした。
小百合は罪悪感から、娘の美津子の人格になりきって、夫との変態セックスを続けながら生きていくことにしたのです。
しかし、夫が他の女性達に走り嫉妬した小百合は、夫を突き飛ばし手足を不自由にしていたのでした。
一方、生き延びた美津子は胸を切り取って肉体改造をした男性になって、母親と父親への復讐の時を狙っていたのです。
小百合がまだ現実と妄想をまだ行き来している中「どっちが夢ですかね~!」と、美津子が叫びながらチェーンソーを振りかざします・・・小百合をだるま女にするために。
ここで映画はサーカス小屋に戻り、小百合は処刑台であるギロチンに横たわっています。
死刑執行人はいつの間にか父親/夫の顔になっていて、彼女は微笑みながら刑の執行を受け入れるのです。

この映画は公開当時、母親と作家を演じた宮崎ますみの11年ぶりの復帰作として、大胆なセックスシーンやヌードで話題になったようですが、役柄に入り込んだ怪演には時に目を覆いたくなるほどでした。
また、いしだ壱成は本人の中性的なキモさと、詩の朗読のような大袈裟な台詞まわしによって、キワモの役柄を不気味なほどの説得力のある怪演をしていました。
この物語の中で最も狂っているなのは、父親/夫(男)であり、母親も娘も彼の変態的な性の犠牲者なのかもしれません。
そして「奇妙なサーカス」で描かれる「母と娘の愛憎劇」も、園子温監督(男)の妄想のなかの「女性の葛藤」でしかないような気がします。
・・・いつの時代にも、男の芸術家の女の性に対する妄想は、文学や芸術を豊かにしてきたのかもしれません。
近親相姦や子供虐待という悪夢のような妄想を、さらに上塗りするような真実・・・どちらがイマジネーションで、どちらがリアルなのかさえ分からなくなり、どちらも気が狂いそうな悪夢でしかないという奈落に落とされる・・・変態的なシチュエーションと詩的なエログロの映像によって「奇妙なサーカス」は、僕にとってトラウマ確実の映画になっているのです。


「奇妙なサーカス Strange Circus
2005年/日本
監督、脚本、音楽 ; 園子温
出演 : 宮崎ますみ、いしだ壱成、桑名里瑛、大口広司


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