2009/08/31

走って走って走って・・・「感動」を生んでいますか?

関心ないので観ていませんが・・・今年も日本テレビの「24時間テレビ」で、”珍獣ハンター”ことイモトが「走って」いました。

選挙速報の裏で、結構な視聴率を稼いでいたらしいです。

また、このあいだやっていた織田裕二がキャスターを努める世界陸上と同時進行で、織田裕二のモノマネで知られる山本高広が、240時間も「走って」いました。

間寛平は、日本テレビ、電通、トヨタなどの出資による「アースマラソン」で、地球規模で「走って」います。


これらの「走って」いる番組に共通している大きな要素が「感動」と「涙」なのですが・・・「辛そう!苦しそう!頑張れ!」「走り続ける姿に感動!」「仲間や家族支えられてゴールだ〜!さぁ、泣け!」という流れを無理矢理のお膳立てされた「感動」にしか思えません。

走っているランナーのモチベーションが、イマイチはっきりとしない状況で、涙ぐむような「努力」を見せられて、最後まで頑張って走っているランナーに対して思うことは「なんで、走っているの?」でしかないと思うのですが、そのような番組出演者たちは誰もがランナーのゴールを「感動」と「涙」で迎えるというのが、鉄板の演出となっています。

それにしても、ZARDの「負けないで」は、マラソンのエンディングに、とっても似合います。


マラソンというのは王道のひとつとして定着しているようですが、最近の日本のテレビは「感動」と「涙」を売りにしている番組が増えたように思います。

ちょっと前までは「誰も知らない泣ける歌」とかいう番組をやっていたけど・・・「泣ける歌」と言われて「泣こう!」っていう視聴者が結構存在していたっていうことのようです。

「エチカの鏡」などの実録再現モノは、勿体ぶって「感動」を伝えようとしていますが、タモリの態度が不自然です。ドラマの「ルーキーズ」などは、キャスト同士の撮影秘話的な感動物語の宣伝がうざったい上に、予告編でこれでもかと泣くシーン繰り返すので本編を観る気が失せてしまいます。

今度「ナキメシ」とかいう番組が始まるようで、芸能人が「泣ける」懐かしい飯を食うのを見せるらしいです。「感動」と「涙」を前提にした番組にチャンネルを合わせる人は、紋切り型の「感動」に涙腺を委ねて、とりあえずはストレス発散として「泣く」のでありましょう。


現実逃避するための上っ面な「感動」と「涙」だからこそ、そこに”リアリティ/現実”という要素が必然になってくるのかもしれません。

マラソン完走、本当にあった感動する話、ドラマの裏側の友情など、製作者に演出されているにしても”リアリティ/現実”がベースにあるということが「感動」を生むための重要なスイッチになっているようです。

テレビのお膳立てした”リアリティ/現実”に「涙」するというのは・・・「お涙頂戴」の「涙」に似ていると思ったりします。


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