2010/12/02

「宇宙戦艦ヤマト世代」のDNAさえも萎える”キムタクドラマ”・・・間違っても世界には挑まないでね~「SPACE BATTLESHIP ヤマト」~


ボクはズバリ「ヤマト世代」・・・1974年のテレビ放映時(当時11歳)からリアルタイムで観てきました。
一話完結でない”続きもの”の「テレビまんが」(ヤマト以降”アニメ”という言葉が浸透した)で、こんなSFドラマというのは、それまでなかったような気がします。
改めてテレビ版「宇宙戦艦ヤマト」を観てみれば「これの、どこが本格?」とツッコミたくなるよう設定、物語であるのかもしれませんが・・・当時の子供にしてみれば、壮大な物語に思えたのでした。
毎エピソードのエンディングで「地球滅亡まであと残り**日」というのが、重々しくリアルに感じられたものです。
テレビ放映から3年後の1977年、テレビ放映版を「再編集」した「劇場版」が公開され、社会現象となるほど大ヒットしました。
ボクは東急文化会館のなかにあった映画館で、初日に並んで観に行った記憶があります。

「宇宙戦艦ヤマト」がブームとなっていたのは、第二次世界大戦(1945年敗戦)が終わって30数年後という時代・・・最初の「ヤマト」劇場版公開から今回の「ヤマト」実写版公開まで30数年・・・ほぼ同じ期間が流れているのです。
ガンプラ以降の世代にはピンと来ないかもしれませんが・・・1970年代のプラモデルで羨望の的だったのは「軍艦」や「零戦」などでした。
おじさん達が酔っぱらうと飲み屋で「軍歌」なんて歌っていたし、戦争体験のはなしを聞くことも日常的にありました。
「自滅を覚悟で戦う」「国/仲間のために犠牲になる」「男は黙って我慢」などの戦中派の生き方の美学が、まだまだ考え方の基本として、まかり通っていたような気がします。
戦後の混乱からは脱して豊かになり始めていた1970年代であっても、まだまだ軍国文化は世の中の一部を占めていたのです。
「宇宙戦艦ヤマト」のブームの影には、経済大国への道を確実に歩んで豊かになった日本人のなかに、軍国人的な感性への郷愁みたいなものもあったのかもしれません。
また平和だからこそ・・・「核汚染」による人類滅亡というのは、当時よく取りあげられた恐怖だったのです。

♫~さらば地球よ、旅発つ船は、宇宙戦艦ヤマト

・・・で始まる主題歌は「ヤマト世代」にとって、熱き血潮が沸き立つ軍歌のような効果があり、耳にするだけで無意識に気持ちが高揚してしまうのであります。
実写版を観るにあたり、劇場版の「宇宙戦艦ヤマト」をDVDで見直しましたが・・・軍国主義的な価値観の押しつけは感じるものの「戦うことの虚しさ」も表現されているように思えました・・・勿論、かなり”ベタ”ではありますが。

(以下は、ネタバレを含みます)

さて、誰が待望して制作されたのか分からない実写版「SPACE BATTLESHIP ヤマト」ですが・・・予想通り「最低映画」でした!
「ヤマト世代」のDNAを持っている観客にとっては、ポイントを外しまくっているストーリーやキャラ設定の変更がヒジョーに気になりました。
ボク自身、キムタクファンではないのでキムタクの主演したテレビドラマをちゃんと観たことはないのですが・・・「宇宙戦艦ヤマト」を拝借して「キムタクドラマ」作ったとしか思えません。
ボクの思う「キムタクドラマ」とは・・・

キムタクは何か(組織など)に、反抗している。
それにも関わらず、その何かに関わっていく。
そこには、キムタクに”噛み付く女”がいる。
不貞腐れながらも、キムタクは責任のある立場に抜擢される。
そんあキムタクを受け入れて、サポートをする仲間たちがいる。
”噛み付いていた女”が、キムタクと恋に落ちる。
いつの間にかキムタクは、リーダーとなっていく。
キムタクは誰もなし得なかった”スゴイこと”をやってのける。

そして「キムタクドラマ」に欠かせないのは「キムタクマジック」とも言える強引なロジック・・・絶対的に正しいキムタクの「熱意」は、必ず皆の心を揺さぶり、必ず伝わるのであります。
「キムタクドラマ」に「宇宙戦艦ヤマト」の物語をはめ込んでいくわけですから、オリジナルとは大きく違った作品になることは当たり前って言えば、当たり前のことです。

(オリジナルが最高とは思っていないので、良い意味での変更なら大歓迎)

まず「キムタクドラマ」には欠かせない、”噛み付く女”というポジションは、森雪(黒木メイサ)に与えられました。
黒木メイサを、森雪役にキャスティングという時点で、オリジナルとは違うキャラであろうとは推測することはできるでしょう。
最初やたらと対立していた二人が、恋に落ちる顛末は理解に苦しむし、その愛が感動を呼ぶほど描き入れていないのにも関わらず、映画のストーリーの大きな柱にしてしまうところも滅茶苦茶です。
キャスティングは基本的に演じている役者さんのいつもの延長上にあって、無駄に「熱い」演技でメリハリもあったもんじゃありません。
真田志郎(柳葉敏郎)島大介(緒形直人)徳川彦左衛門(西田敏行)あたりは外見的にオリジナルのキャラクターを意識した感じ・・・沖田艦長(山崎努)に至っては、なんか無理矢理ルックスを似させていてコントみたいです。
松本零士っぽさを極力排除したのは、一升瓶を抱えている酒飲みの佐渡先生・・・なんと、実写版で演じるのは高島礼子!
まぁ、オリジナルは殆ど男ばかりしかいなかった艦内だから、女医にして華を添えたかったのかもしれませんが・・・オリジナルにこだわって一升瓶を抱えさせることはないのではないでしょうか?
大事なところをあっさりと変更してしまって、変なところをオリジナルにこだわるって、如何に作り手がオリジナルを愛していないか、理解していないかってことのような気がします。

戦闘シーンのビジュアル・エフェクトについては、CGなので見るに耐えないレベルではありませんが・・・この程度で「世界に挑む」なんて胸張ったら、大間違い。
ハリウッドのB級映画、もしくはテレビ向け程度です。
それに戦闘シーンの演出センスが悪いので、何が起こっているのか殆ど理解不可能・・・何やらドンパチしていてるだけ。
それに、映画の冒頭から敵に襲われると「波動砲」「ワープ」を多用するので、まったくハラハラドキドキしません。
激しい銃撃シーンも、演じている俳優の顔が「熱い」だけで・・・死ぬ役はあっさり死んで、生きる役には当たらないというご都合優先。
サスペンス的に盛り上がるはずのシーンは何故か飛ばしてしまう不思議な演出・・・いつの間にか逃げたり、助かったりしているものだから、感情移入する隙さえ与えてくれないのであります。

さて、オリジナルを観ている人なら実写版で気になるのが、デスラー総統を始め、ガミラス星人たちをどう描いているということでしょう。
まさか・・・青塗り?
あくまでも「リアル」を求めた(?)実写版では、ガミラスもイスカンダルも「ひとつの生命体」として存在する・・・という、どこかで(「惑星ソラリス」?)聞いたことのある設定になっています。
だから、具象化した存在(「ガミラス兵)は、どこかで見たことあるような生命体・・・造形的には「エイリアン」または「スターシップ・トゥルーパーズ」を連想させるのです。
全体的にはざっくりと「ギャラクティカ」という感じですが・・・キムタクが身勝手な行動を罰されて拘束されるくだりは「機動戦士ガンダム」のアムロのエピソードに似ているし、イスカンダルが森雪に乗り移るところなんて「アバター」って感じだし、オリジナル以降に制作された様々な作品のエッセンスを”詰め込みました感”がありました。

その上、何か”基本的な問題”に関して、理にかなった説明が、すっぽりと抜け落ちているようなところがあるのです。
宇宙を飛んでいくのに、海に浮かぶ戦艦という形の乗り物で良いのか?(兵器が基本的に甲板にしかないから、上下のない宇宙空間では下半分は無防備!)とか、世界を放射能汚染から救うのは良いけど・・・なんで日本人しか、この地球にいないの?などなど・・・根源的な矛盾はあるわけです。
実写版にあえて取り組むなら「何故、戦艦大和でなければ、いけなかったのか?」「どうして、地球を救えるのは、日本人だけなのか?」という疑問に関して論理的な説明を出来なかぎり、やってはいけなかった企画ではないでしょうか?

とりあえず・・・宣伝文句にあるように「日本人が初めて世界に挑むSFエンターテーメント」なんて思い上がって、マジで世界に挑まないで欲しいです・・・そうやって世界に挑んだ過去の日本のSF映画「さよならジュピター」「宇宙からのメッセージ」「復活の日」などなど、ことごとく世界的に”無視”されているんだから。


SPACE BATTLESHIP ヤマト」
2010年/日本
監督 山崎貴
脚本 佐藤嗣麻子
出演 木村拓哉、黒木メイサ、柳葉敏郎、緒形直人、高島礼子、西田敏行、山崎努



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