2010/07/19

ありがたい「言葉」のブランド・・・お手軽な自己正当化のための近道(ショートカット)~「超訳 ニーチェの言葉」~


大変売れているらしいのです・・・今年の一月に出版されて以来、まだまだランキングによってはベストセラーとして登場しているのですから。

「巻くだけダイエット」もしも高校野球の女子マネージャーがドラッガーの『マネジメント』を読んだら」に次いで、今年出版された話題の一冊と言っても過言ではないでしょう。

ボクはニーチェの著作を愛読してきたようなインテリでもないので、お手軽に哲学を学べる本というのは、ありがたく思うのだけど・・・この「超訳 ニーチェの言葉」は、まさに「超訳」

これほど、短い文節を都合よく取り出してまとめてしまうというのは、すでに「ニーチェの言葉」というよりも白取春彦という訳者/編集者による「自己啓発本」というべきなのかもしれません。


取り上げられている「ニーチェの言葉」は、常識的なことから、ちょっとためになりそうなひと言。

しかし、それらから人生を学べるような深い哲学というよりも、ボクが人生を生きて、すでに感じたようなことが書かれているだけ・・・というのが正直な感想でありました。

個々の考え方を尊重するという前提では「事象の見方」「物事の真理」「答えの正解」というのは「ひとつだけ」というわけではなく・・・考え方の軸を動かしたり、立場が違ってくれば、人それぞれによって答えはいろいろとあるものだったりします。

「ニーチェの言葉」にしても、読者が自分自分の都合の良いように読み取って良いんだよ・・・というのが、今の時代であるということなのかもしれません。

ただ、こうなってくると、この本だって山のように出版されている自己啓発本や世渡りを指南するビジネス新書と何ら違いがないようにも思えたりします・・・単に「ニーチェの言葉」という「ブランド」のお染み付きということで、何か深い意味があるように読者をだましているに過ぎません。

これって、どこの馬の骨だか分からない霊媒師より江原さんの言葉に、過剰なほど「ありがた〜く」反応してしまった数年前と似たような気がします。

その人にとって心に響く「言葉」の力で人生が切り開けることもあるかもしれませんが・・・有名な占い師の結果や、偉人の残したと言われる言葉を「座右の銘」などを、いかにも「今の自分は正しいのだ!」という自己正当化のための近道(ショートカット)として、拝借してしまうことって多いような気がしてしまうのです。

本来は、実際に自分の生きている人生の経験から学んで、生きてきた糧から自分の人格や自分なりの真理を築いていくべきではないかと、ボクは思います。

ただ「人生の真理」だって「選択の正解」だって「情報のひとつ」として都合よく準備されているのが、今の時代なのです。


「超訳 ニーチェの言葉」という本の一番面白いところは、この本の内容がこの本の存在意味自体を批判しているということ・・・と思ってしまうボクって、やっぱりニヒリストなのかもしれません。

「本を読んでも」という182節を長いけど引用してみます。


本を読んだとしても最悪の読者にだけはならないように。最悪の読者とは略奪を繰り返す兵士のような連中のことだ。

つまり彼らは、何かめぼしいものはないかと探す泥棒の眼で本のあちらこちらを適当に読み散し、やがて本の中から自分につごうのいいもの、今の自分に使えるようなもの、役に立つ道具になりそうなものだけを取り出して盗むのだ。

そして、彼らが盗んだもののみ(彼らがなんとか理解できるものだけ)を、あたかもその本の内容のすべてであるというよに大声で言ってはばからない。そのせいで、その本は結局はまったく別物のようにしてしまうばかりか、さらにはその本の全体と著者を汚してしまうのだ。


100年以上も前にニーチェは、日本で「超訳 ニーチェの言葉」なんて、トンデモナイ本が出版されることを予言していたのでしょうか?



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