試写会の招待状が届いていたにもかかわらず・・・封筒を放置していたために観そこねていたドキュメンタリー映画「イヴ・サンローラン」を、やっと劇場で観てきました!あまりヒットしていないせいか、六本木ではすでに上映が終わってしまっていて、都内で唯一まだ上映中の有楽町にファッション業界に関わっている(いた)友人らと行ってきたのでありました。
イヴ・サンローランと言えば・・・誰もが名前だけは聞いたことのある「20世紀のファション界」の最も重要なファッションデザイナー・・・ある意味、今の女性のファッションの源流は「サンローランにあり」と言い切ってしまっても良いのかもしれません。リアルタイムでサンローランの活動を知る業界人であれば・・・彼の背後に”ピエール・ペルジェ”という「パートナー」が存在していたというのは周知の事実でしょう。ビジネスパートナーとしてのペルジェの有能さが、サンローランのデザイナーとしての可能性を高め、ビジネスの成功に導いたのは勿論のこと、プライベートでも50年共に暮らしてきたのですから。
今では有名人がカミングアウトして同性のパートナーの存在を明らかにすることは、それほど珍しくはなくなりましたが・・・サンローランとベルジェのように関係をオープンにすることは、時代的な背景を考慮すると非常に画期的でもあったと言えるでしょう。以前、「めのおかしブログ」で書きましたが・・・に同時期に活躍したイタリアのデザイナーのヴァレンティノ・カラヴァー二が、公の場で公私ともにパートナーであったジャンカルロ・ジアメッティの存在を認めることができたのは引退を表明する1年前のことでした。
ドキュメンタリー映画「イヴ・サンローラン」は、2009年2月に”クリスティーズ”で開催されたサンローランとベルジェの美術コレクションのオークションの準備から終了までカメラで追いながら・・・ペルジェへの回想インタビュー、二人が暮らした家々の様子、サンローラン生前のフィルムやスチール写真によって構成されています。
ディオールの葬式での二人の出会いから、サンローラン自身のメゾンの立ち上げから世界的な成功と名声を得て、次第にサンローランがアルコールとドラッグに逃げ場を求め、神経症を患い引きこもりがちになっていく過程が、常にサンローランの側にいたベルジェの言葉で語られます。ファッション業界内では有名な”嫌われ者”であったベルジェでありますが、彼なりに”愛する人”を守っていたということだったのかもしれません。
画面に無音で時々挿入されるるのは、サンローランとベルジェが暮らした世界中の家々の様子・・・カメラはゆっくりと二人の過ごした空間を映し出します。楽園かの如く木々や花々で覆われたガーデン、処狭しと世界的な美術品や調度品が陳列されている室内・・・サンローランという”主”を失った空間は荘厳さを感じさせると同時に、あまりの濃密さに虚無感さえ覚えます。
美しい美術品や調度品に囲まれていなければ生きていけないというほどサンローランにとってなくなてはならなかったようですが・・・サンローランの死後、コレクションは大いなる喪失感をペルジェに感じさせるだけだったのかもしれません。二人の築き上げたファッション帝国の象徴でもあった美術館レベル並みに膨大なコレクションを整理して、ベルジェが新しい門出をするというような前向きな理由というのではなく・・・二人の生きた証の”行方”を、まだ生きているうちにペルジェ自身の目で見届けたいということでオークションは開催をベルジェは決意したのです。
それにしても・・・サンローランにとってファッションデザイナーとして生きることは、膨大な富と名声をもたらしたとの同時に、彼に苦しみを与えていたとは皮肉です。18歳でディオールで働き始め「若さ」を味わう機会さえもなく、毎年”最低2回”のコレクションを発表し続けるという責任から逃れることは許されなかったわけですから・・・。2002年の引退後、2008年に亡くなるまでマロケシュ(モロッコ)の家で殆どの時間を過ごして、公の場所には姿を見せていなかったというサンローラン・・・その数年間が幸せであったか知る由はありません。ただ、サンローランのデザイナーとしての業績には何の変わりもなく、すでに後世に伝えられるべき「歴史」になっていることだけは確かです。
1990年代以降、ファッションデザイナーという存在の意味が変わり始めました・・・富裕層をダーゲットにした”モード”を頂点としたシステムから、ブランドネームビジネス、ディフュージョン、ファストファッションへと業界が変貌していったのです。革新性や創造性によって時代の空気を表現し、社会精神までも変化させていた”モード”はビジネスのための権威としての「ブランドネーム化」して、バブルが弾けると”質屋”の換金品という存在に成り下がってしまいました。
生活から生まれたユティリティークローズを”オタク”的にこだわった「普通服」
マクロなディテールに”テイスト感”という無個性な価値観を与えた「地味服」
”トレンド”という名のもと”今”買うことに意味があるように生産される「安物服」
今のファッションに、顧客の意識を改革するような革新性や、時代を映し出すような文化的な意味もありません。過去の流行やライフスタイルによって、すでに構築された”ステレオタイプ”をなぞるだけの「エディティング/編集」という作業と、とにかく生産し続け売り場を確保し売り上げの伸ばすためだけの商材・・・ひとつの文化の担い手であった「ファッションデザイナー」という存在は終わりを告げました。
サンローラン亡き後の”ピエール・ベルジェ”の人生には、多くの人々は特に興味ないのかもしれません・・・今は、気難しそうで頭の禿げた地味なフランスの爺さんにしか見えない”ピエール・ベルジェ”ではありますが、実は「同性愛者」として誇りを持って常に生きてきた「革命的な人」であったことを忘れてはいけません。
オークションの落札総額は約430億円。その収益はすべて「ピエール・ベルジェ/イヴ・サンローラン財団」に寄付され、エイズ撲滅の研究資金に使われたそうです。
「イヴ・サンローラン」
原題/L'AMOUR FOU
2010年/フランス
監督 : ピエール・トレトン
出演 : ピエール・ベルジェ、イヴ・サンローラン
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