2012/09/08

”ミヒャエル・ハネケ節”を継承するオーストリア映画監督マルクス・シュラインツァー(Markus Schleinzer)・・・児童性虐待男(ショタコン)と監禁された少年を淡々と描く”超不快映画”~「ミヒャエル/Michael」~


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性的嗜好が、どのように構築されるのかという説はいろいろあるけれど、年齢相応の異性に対して性的な興奮を覚えるのであれば、世間一般的には「普通」ということになるのでしょう。熟女好きとか、デブ専とかならば、ひとそれぞれの嗜好は自由ということで片付けられますが、子供に対して性的な行為を行うのは「犯罪」・・・国によっては、児童への性的犯罪者として、当局より死ぬまで監視される対象になってしまうのです。

日本では、いわゆる「ロリコン」=「少女」を性的な対象とした嗜好ばかりが目立ちます。小学生(12歳以下)の少女が、明らかに性的イメージを刺激するようなポーズをしている、水着DVDが販売されているというのは、世界的にみると、かなり異常な状況だと思います。アメリカでは、児童を被写体としたポルノに対して、非常に厳しい刑罰を科していますが・・・「少女」だけでなく「ショタコン」と呼ばれる「少年」を対象にすることが、かなり多かったりします。

いすれにしても、まだ性的に成熟していない「純粋さ」が、虐待者にとっては魅力なのかもしれませんが、そのような嗜好を共感しない者としては、ただただ虫酸の走るような気持ち悪さでしかありません。相手が「少女」にしても「少年」にしても、虐待者となるのは、だいたい「男性」・・・大人の女性が、小学生の男子を襲うというのは、男性の妄想としてはありえても(自分が少年の立場で女性に誘われる)女性の性的な欲望ではないような気がします。

さて・・・「ミヒャエル/Michael」は、ミヒャエル・ハネケ監督のキャスティング・ディレクターとして「ピアニスト」「白いリボン」などに関わったマルクス・シュラインツァー/Markus Schleinzer監督による”性的児童虐待者”の日常を描いた長編第1作であります。師であるミヒャエル・ハネケ監督の作風を受け継いだような人間性への「不信感」や「悪意」を浮き彫りにするようなテーマ・・・さらに、観る者を突き放すような淡々とした描写が、血の気の引くような”トラウマ”として観賞後も残ってしまうのです。

保険会社に勤める35歳のミヒャエルは、大人しそうで几帳面な普通の独身男・・・薄らとハゲ始めて、正直見た目はパッとしません。実は彼の自宅の地下室には、誘拐してきたらしい10歳の少年を監禁しているのです。帰宅すると二人分の夕食を準備して、家中のブラインドを閉めて、地下室に少年を呼びにいきます。(予告編では、ここまでのくだり)少年には”ウルフギャング”という役名は与えられているようですが、本編でミヒャエルが少年を名前で呼ぶことはありません。


食後、少年を地下室へ連れ戻すのですが・・・しばらくしてから、部屋から出てきたミヒャエルが、洗面所でペニスを洗っているシーンによって、少年への性的な虐待を伺わせます。共に食事をしたり、後片付けをしたりしている姿は、シングルファーザーと息子のようですが・・・少年を監禁している虐待者には変わりありません。少年が監禁されている窓もない地下の部屋に意外に広く、キチンと整理整頓され清潔、トイレや水道も完備しているようです。おもちゃやテレビもあり、インスタント食品が備蓄され(旅行などで家を空ける時には、十分な買い置きしておく)お湯を沸かして食事ができるようにはなっています。しかし、その部屋への電気の供給はミヒャエルによって管理されており、少年は自由にテレビを観たり、食事をする事はできません。

犯罪者でありながら、ミヒャエルは会社では普通の会社員・・・一見すると、几帳面で大人しい真面目な社会人です。ミヒャエルの向かいに叔父が住んでいるという同僚の女性は、ミヒャエルに気があるようなのですが・・・ミヒャエルは、彼女には無関心。しかし、女性に興味が一切ないというのではなく、友達と出掛けたスキー旅行では、ウェイトレスに気に入られて、閉店後に店内でセックスしたりもするのです。ただ、挿入する際に、すぐに勃起できなくて手間取ったりというのが・・・なんともリアル。少年を性的虐待する=同性愛者というわけでもないという「ショタコン」の不可解さを感じさせます。

少年は監禁されているからとはいっても、まったく外へでないわけではありません。仕事の休みの日には、車で出掛けたりもするのです。勿論、ミヒャエルは少年と手を繋いだり、首根っこを捕まえられていて、逃げられる状態ではありません。ハイキングをして展望台まで登ったところで、ミヒャエルが双眼鏡で少年に何かを覗くように指示をするのですが、少年は何故かミヒャエルの見せようとしているモノを見ることができません。それは、まるでミヒャエル少年は決して同じモノを見れていないという・・・犯罪者と被害者の「断絶」を感じさせます

ハイキングから帰宅後、少年は高熱を出してしまい、薬を与えても回復しません。まるでミヒャエルは賢明に看病している様子ではあるのですが・・・病気が悪化すると、面倒なことになるという自己中心的な心配の仕方であることも、何気ない行動から垣間見えます。すぐに良くなりそうもない様子にパニックを起こすると、ミヒャエルは山奥へ車で出掛けて、大きな穴を掘り始めるのです。万が一、少年が死んでしまったりしたら埋めるつもりなのでしょう・・・もしかすると、病院へ連れて行かなければ治らないような病気になっているとしたら、監禁していることがバレるのを隠すために、少年を殺そうとしているのかもしれない・・・などと、不穏な気持ちにさせらるのです。ただ、少年はすぐに元気にはなるのですが。

クリスマスには、一緒にツリーを飾ったり、カード交換をするミヒャエルと少年。手作りのカードを受け取った後、ひとりですすり泣くくせに、そのカードは燃やしてしまうミヒャエルの不可解さ・・・少年との関係を求めながらも、人間的なコミュニケーションは受け入れられないのでしょうか?。少年は、たびたび彼の親宛に手紙を書いて、ミヒャエルに託しているのですが・・・勿論、その手紙が郵送されることはありません。それだけでなく、少年を追い詰めるように「おまえの親は、こんな子はいらないって言っているんだ!」と、精神的に少年を追い詰めていきます。

エロホラー映画(?)の「これはナイフだ。そして、これが俺のチンポだ!」という台詞を気に入ったミヒャエルは、食事中に少年相手に実演してみせます!ズボンからチンポだけをだして薄ら笑いしているミヒャエルに冷たい視線を送る少年・・・具体的な性的な行為をみせる本編では唯一のシーンです。地下室でミャエルから「こっちへ来い!」と命令される時にみせる少年の切ない表情は、いかに性処理道具として扱われている状態に、鬱屈した不満を抱えているかを感じさせます。

ある日、ミヒャエルはひとりでゴーカート乗り場へ出掛けていき、そこで遊んでいる少年を物色してします。ひとりっきりで閉じ込められている少年の淋しさを紛らわすためなのか・・・それとも、すでに知恵を付け始めた少年を、死んだ野良猫のようにお払い箱にするために、新しい獲物を狙っているのでしょうか?巧みに話題を合わせて、少年を遊びから連れ去るミヒャエル・・・しかし、もうちょっとのところで少年は父親に呼びとめられます。その声を無視して、淡々と歩く速度も変えずに、その場を去っていく様子は、すでに監禁している少年も、似たように誘拐されたことを示唆するようです。

ミヒャエルに気があるらしい同僚の女性が、迎えの住む叔父を訪ねた帰りだと言って、勝手にミヒャエルの家に入りこんできます。地下に監禁されている少年を見つけて欲しいと願うとともに、図々しく他人の家に入り込む、この女性の無神経さにも不愉快で・・・スゴい剣幕で同僚の女性を家から追い出すミヒャエルの逆ギレっぷりには、どこかスッキリとさせられてしまいます。そんなミヒャエルも職場では、定年退職するマネージャーのポジションに、昇進することが決まります。お祝いの職場のパーティーでのミヒャエルは、いつになく同僚達にフレンドリー・・・ちょっとお酒も入ってご機嫌で帰宅すると、思いもしなかった少年の反撃が待っていたのです!

ここからネタバレを含みます。

この夜、ミヒャエルは職場のパーティーで遅くなるため、地下の部屋の電源をつけっぱなしで出掛けていました。少年は電気やかんいっぱいのお湯を沸かして、待ち構えていたのです。ミヒャエルがいつものように部屋に入って来たと同時に、少年は沸騰しているお湯をミヒャエルにぶっかけます。しかし、やけどで苦しみながらも、ミヒャエルは少年を押さえつけて、地下の部屋へ押し倒して、再び大きなカギでドアを閉めてしまうのです。

やけどを負ったミヒャエルは、自分で車を運転して病院へ向かうのですが、その途中でミヒャエルの車はガードレールに激突して爆発・・・あっさりと即死してしまいます。自業自得ともいえる事故なのですが、一体地下の部屋に残された少年はどうなってしまうのでしょうか?

映画は、ミヒャエルの母親が地下室のドアを開けて、内部を覗いた瞬間に唐突に終わります。

希望的な結末としては、蓄えられていた食料によって、少年は無事に生き延びていると思いたいです。ミヒャエルの死後、どれほど時間が経っているのかハッキリとはしていません。葬式を済ませた週末のようななので、早くて1週間程度かもしれませんし、郵便物の溜まり方からすると、もっと時間が経っているのかもしれません。ただ、少年が衰弱死、餓死、または、自殺していたとしても不思議ではない状況・・・少年の様子を映すことなしに映画は終わります。

結末が分からないまま、観客は消化不良状態で突き放されてしまうわけですが・・・それだからこそ、実際に犯罪を目撃したかのように、いつまでも拭えない”不快さ”を観客は抱えさせられてしまうのです。

「ミヒャエル」
原題/Michael
2011年/オーストリア
監督 : マルクス・シュレンザー
出演 : ミヒャエル・フイス、デヴィット・ロウシェンバーガー

日本劇場未公開/2013年5月2日国内版DVDリリース


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