2012/06/12

”手芸女子”は「ブス」という”パンドラの箱”・・・ほとんど実用性のない”芸人本”としてのニードルフェルト手芸教本~「男子がもらって困るブローチ集」光浦靖子著~



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1~2年ほど前に、光浦靖子が日替わりのMCパートナーを務めているラジオ番組のPodcastで、ここのところ手芸にハマっていて、その中でも「ニードルフェルト」が好きという話をしていたことが記憶に残りました。実は、ボクもある時期、羊毛作家の友人に奨められるまま、京都のマニアックな原毛屋さんからヒツジの原毛をまるまる1匹分購入するなど、フェルト創作に興味を持ったことがあったのです。結局「手芸」感の払拭するのが難しいフェルトという素材自体に、嫌気が差してしまって挫折したのですが・・・ハンドメイドのフェルトテクニックの中でも、針を刺すことで造形していく「ニードルフェルト」は、作業の地味さに加えて、針を刺すという動作自体に、あまり心地よいものを、ボクは感じていませんでした。

比較的、手軽にできる「ニードルフェルト」は、最近人気が高いようで・・・作品例としては、動物のマスコットなどが多いようです。ただ、かわいらしいモノを作るためには、ブスブスと針を何百回と突き刺す必要があるのですから、その製作作業はおどろおどろしさを感じさせます。刺し子や刺繍のようにひと針ひと針を手で縫うという手芸は、仕事量の分だけで、作り手の「気持ちの重さ」を感じさせるものですが・・・数えきれないほど針を突き刺す「ニードルフェルト」の製作行程は、どこかしら”藁人形”に釘を刺す行為にも似ていて「念」を入れる”手芸”の代表格のような気がするのです。フェルトなんて絡ませられれば、素材なんて何でもよくて(犬の毛で作る犬のフェルトマスコットがあるくらい!)・・・人間の髪の毛だって、フェルトの中に忍ばせることなんて簡単なことなのであります。髪の毛入りのフェルトなんて、髪が伸びる日本人形ぐらい恐いです。ボクが勝手に「念の手芸」だと考える「ニードルフェルト」に、光浦靖子がハマるというのも、ある意味「やっぱりね・・・」と思えてしまうのは、彼女が普段からテレビで演じている(?)キャラに、あまりにもピッタリな選択だからです。

さて、”手芸女子”が「ブス」なのは何故なのでしょうか?まず「手芸」とは何ぞやということです。辞書的には「手芸とは家庭内で布、糸、針などを用い手作業で加工して、室内装飾品や衣服などの装飾品を制作する事」ということであります。陶芸、織物、銀細工などの「工芸」だと・・・「作家性」「世界観」「個性」なんてものを意識したりするのですが、「手芸」には、そんな薄っぺらい”クリエーター意識”は必要ありません。基本、お手本どおり、パクリであても、立派に”手芸作品”としては、成立してしまいます。そういう観点からすると、男性にとっての「手芸」というのは、模型作りとかが近いのかもしれません。

「手芸」というのは、あくまでも”自己満足”であり、内側に向いたナルシシズムの”自己表現”のひとつなのだと思います。ナルシシズムが外側へ向かうと、より作家性、世界観、個性を発揮する”クリエーター”へと移行していくことが多くなります。存在としての「素敵感」は”クリエーター”には必要で、あまり「ブス」が前面的に出てしまっていると、同性からも”共感”をしてもらえなくなります。さらに、より自己表現の世界へ突入して”アーティストを目指す女性になると・・・人並み以上の「美女」であることが多かったりします。女性の”モノ作り”に於いて、より広く社会的に表現者として認められるステージを目指すには「美女」の方が成功しやすい・・・というのは言えるのかもしれません。逆に、どんな「ブス」でも、居場所があるのが「手芸」なのです。

「私にだって人を愛する心はある。母性も人一倍ある。時間もある。手芸するしかないでしょう」という光浦靖子の帯の言葉は、内側に向かうナルシシズムこそが「手芸」に向き合う理由であり、外の自分と内の自分のギャップを埋めるかのようです。光浦靖子の場合、それが思いも寄らない”ファンシー”な路線・・・過剰なまでの装飾性と欲張りなほどの緻密さが訴えてくるのは、ひとこと「かわいい!」でしかありません。フェルト作家として、光浦靖子にしかない独創性というのはあるとは思えないけれど・・・彼女の好きな「かわいい!」の集合体として、やはりこれらのブローチは”光浦靖子”の「念」を感じさせるのです。

それにしても「ブローチ」ばかり作るというのが、不思議。身につけるものを作って人にあげというのが「手芸」の中でも、一番タチが悪いと思うので・・・ある意味、確信犯的なのかもしれません。また、何故か丸い形のブローチばかり。同じフォーマットで繰り返し作り続けるというのは、性格的な真面目さを表しているところもあり・・・ある制約の中で自己表現するってことに落ち着くという「手芸」らしい製作姿勢とも言えます。光浦靖子にとっては、このサイズの丸い形が一番心地よいキャンバスサイズということなのかもしれません。

「男子がもらって困るブローチ集」というタイトルは、まことに正しい・・・確かに、手芸女子同士でしか共感できないテイストだし、こんなブローチもらって喜ぶ”男子”なんて”尾木ママ”(!?)ぐらいしか考えつきません。「ニードルフェルト」の教本という形式で、8点の作品の作り方を説明しているけれど・・・それほど実用性はなく、あくまでも光浦靖子の作り方があるだけ。それも中途半端なところで「完成!」となるので、あくまでも手芸経験者が参考にできるぐらいの内容・・・あくまでも、芸人・光浦靖子を楽しむ「芸人本」だと思います。

近所の本屋で取り寄せ、アマゾンでは売り切れになっていた本書を購入しようと、先日、渋谷パルコ地下のロゴスへ行ったのですが・・・ちょうど立ち寄った時間に、ギャラリーで光浦靖子とモリマンのモリ夫がトークショーを開催しておりまして、奇しくも(?)生・光浦靖子を拝見する機会を得たのでした。しゃべりは相変わらずの「ブス」ネタばかりでしたが・・・リアルの光浦靖子本人は1から10(1がブス、10が美女)のスケールで「4」ぐらいの「中の下」あたり。テレビで観るほどの「ブス」オーラは感じませんでした・・・といって「意外にキレイ」とも思いませんでしたが。時代感のない髪型やメガネで「ブス」キャラを固めているけど、実物は、どこにでもいそうなアラフォーの地味な女性って感じ・・・テレビの中では「4」ぐらいでも、十分に「ブス」ってことなのかもしれません。ただ、トーク会場に整理券もって集まっているのは、見事に「ブス」ばかり!?「ブス」を、熱烈に支持するのは、さらなる「ブス」なんだと納得した次第なのでした。



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