2012/06/08

アグスティ・ビジャロンガ(Agustí Villaronga)監督、十八番(おはこ)のトラウマ尽くし!・・・少年時代の心の傷と同性愛への罪悪感と処罰~「ブラック・ブレッド/Pa negro」~



日本ではミニシアター全盛期の1992年に「ムーンチャイルド/月の子ども」(1989年製作)が劇場公開されたっきり・・・そのビデオも絶版状態でレンタルショップで見つけることも非常困難なのが、スペインの奇才、アグスティ・ビジャロンガ監督の作品。映画祭での上映ぐらいでしか、近年、日本ではお目にかかることができません。

最新作「ブラック・ブレッド」は、スペインのアカデミー賞といわれるゴヤ賞で作品賞をはじめ、監督賞、主演女優賞、助演女優賞、脚色賞、撮影賞、美術賞、新人男優賞、新人女優賞の9部門を受賞して、日本公開となりました。これを機に、以前「めのおかしブログ」でも取りあげたビジャロンガ監督の代表作の「硝子の檻の中で/Tras el cristal」「エル・マール~海と殉教(海へ還る日)/El Mar」などの過去の作品も劇場公開、またはDVD化されると良いのですが。

「ブラック・ブレッド」は、1940年代スペイン内戦後を舞台にしたダークミステリー・・・カタルーニャに暮らす11歳の少年アンドレウの視点によって、家族やそれを取り巻く人々らの闇が明らかにされていきます。ある日アンドレウは、偶然、森の中で崖から突き落とされた馬車を発見します。中で殺されていたのは、クレットの父親はアンドレウの父親とビジネスパートナーのディノイス・・・そして、息絶える友人のクレットを目撃してしまいます。クレットが最後に残した言葉は「ビトルリアウ」という森の洞窟に潜むと言い伝えられる幽霊の名前・・・アンドレウはビトルリアウによって彼らが殺されたのだと思うのです。

当初は事故とみなされていましたが、過去にアンドレウの父親ファルリアと恋敵として母親のフローレンシアを取りあった町長は、次第にアンドレウの父親ファリオルに疑いの目を向け始めます。そのため父親はフランスの国境越えをして逃亡、アンドレウは父親方の実家に預けられ、叔母やその子供達と暮らすこととなります。

作品に漂う雰囲気の”暗さ”という共通点から、スペインのデヴィット・リンチと呼ばれるアグスティ・ビジャロンガ監督・・・しかし、神髄は「少年時代の心の傷」を繰り返し描くというところに尽きると思います。「硝子の檻の中で」では性的な虐待/拷問、「ムーンチャイルド/月の子ども」では特殊能力をもつ故の不幸、「エル・マール~海と殉教(海へ還る日)」では子供同士の殺人の記憶・・・本作「ブラック・ブレッド」では、少年が心の傷によって、親さえも切り捨てるという悲劇を描いているのです。

ここからネタバレ含みます。

アンドレウの父親ファリオルはフランスに逃亡などおらず、実は実家の屋根裏に隠れていただけ・・・町長らによって、彼は捕らえられてしまいます。そこでアンドレウの母親フローレンシアは、夫の救うために、自分の子供がおらず子供好きの、町の権力者マヌベンス夫人を、アンドレウを伴って訪ねます。しかし、夫人からの手紙を受け取った町長は、フローレンシアの体を求めるだけ・・・結局、夫を救うことは出来ませんでした。

アンドレウは、母親のフローレンシアが幽霊となったいわれるビトルリアウという青年と、昔、親しかったことを知ります。そして、ビトルリアウの墓を訪ねて際、ディノイスの未亡人ポウレッタからビトルリアウの真実とを知らされるのです。青年ビトルリアウは、マヌベンス夫人のたったひとりの弟と関係をしていた同性愛者でありました。そこで町の人々は、魔女狩りのようにビトルリアウを追い詰めて捕らえてしまいます。そして、家畜の去勢器具で、ビトルリアウを去勢してしまったのです。そんな残忍な行為を行なったのがファリオルとディノイスだったのです・・・ただ、すべてを仕組んでいたのはマヌベンス夫人でした。

同性愛に対する罪悪感を織り込んでいくのは、ビジャロンガ作品に共通する需要な要素であります。監督自身は公にカミングアウトしているわけではないようですが・・・インタビューに答えている動画などをみる限り、おそらくビジャロンガ監督はゲイであると思われます。(あくまでも推測ですが)ただ・・・同じスペインのゲイ監督、アルモドバルのように開き直っているわけではなく、同性愛に対して明らかに罪悪感があるような痛々しい表現が目立つのが、決定的な違いです。

ファリオルは死刑になることが決まり、最後の面会にアンドレウは父親を訪ねます。別れ際に「自分の理想を忘れるな」と告げる父親・・・しかし、その後、ディノイスの未亡人ポウレッタから、アンドレウは事件の真実を知らされます。マヌベンス夫人を強請ろうとしていたディノイスを殺したのは、マヌベンス夫人から依頼されたファリオルだったのです。息子のクレットまで殺してしまうことはなかったのに・・・!!!今まで怒ったすべての言の口封じのためにファリオルは死刑となっていくのです。そう・・・父は自らの死と引き換えに、アンドレウが高等な教育を受けられるように、マヌベンス夫人と取引をしていたのであります。

アンドレウは、”自分の理想どおり”、マヌベンス夫人の支援により寄宿舎のある学校へ通うようになります。しかし、アンドレウは両親を許していたわけではありません。寄宿舎を訪ねてきた母親フローレンシアが誰かとクラスメートに尋ねられ・・・「村の知り合いの女性が荷物を届けてくれただけ」と冷たく答えるのです。

大人の事情によって権力者という「勝者」の言いなりになるしかなかった親・・・すべての真実を知ってしまった少年は、親の犠牲を踏み台にして、自ら「勝者」への道を選んでいくという皮肉。アンドレウが、この”トラウマ”から逃れることはあるのでしょうか?

親を捨てた子供の未来には、例え「勝者」となって成功したとしても、背負った過去からは、やはり逃れられないと思うのです。

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アグスティ・ビジャロンガ監督(Agustí Villaronga)の主なフィルモグラフィー

1987 「硝子の檻の中で」(Tras el cristal)
1989 「ムーンチャイルド/月の子ども」(El nino de la luna)
1997 「99.9」(99.9)
2000 「エル・マール~海と殉教(海へ還る日)」(El mar)
2002 「アロ・トルプキン~殺人の記憶」(Aro Tolbukhin: en la mente del asesino)
2010 「ブラック・ブレッド」(Pa negro



「ブラック・ブレッド」
原題/Pa negro
2010年/スペイン
監督 : アグスティ・ビジャロンガ
出演 : フランセスク・クルメ、マリナ・コマス、ナラ・ナパス、セルジ・ロペス
2011年9月17日第8回ラテンビート映画祭にてプレミア上映
2012年6月23日より日本劇場公開



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