2011/09/28

やはりお父上の血筋からは逃れられないのでございます・・・香川照之が歌舞伎俳優としてデビュー!


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今の時代、男系男子継承が守られている世界なんて歌舞伎界ぐらいのもの・・・梨園の宗家に生まれた男子が歌舞伎役者にならないというのは珍しいことです。

三代目猿之助の長男として生まれながら、母親の浜木綿子に育てられた香川照之は、歌舞伎界とは一線を引いて、芸能界で俳優として活躍してきました。「猿之助」は澤瀉(おもだか)屋にとって大きな名前・・・本来であるならば長男が継ぐのが自然なことです。猿之助は梨園出身でない弟子の育成にも積極的で「跡継ぎには血筋は関係ない」などの発言もしていました。右近が猿之助の名前を継ぐのではという憶測もあったほどです。

しかし先日、猿之助の甥である亀治郎が、四代目猿之助を襲名するということと、香川照之が中車(ちゅうしゃ)という名前で来年6月の新橋演舞場での歌舞伎公演で、歌舞伎俳優としてデビューすることも発表されました。また香川照之の長男が団子としても初舞台を踏むということなので、将来的には五代目猿之助を継ぐのではとも、すでに噂されています。こうして「澤瀉屋」の血筋は守られていくということになったのです。

それにしても、45歳で歌舞伎俳優としてデビューというのは前代未聞のことであります。香川照之が生まれて1年後に猿之助と浜木綿子は別居、3歳のときに両親は離婚して、その後彼は歌舞伎界の御曹司として生を受けながら、歌舞伎のいろはを学ぶことなしに育つことになります。確かに・・・梨園の息子として生まれながら、歌舞伎界から自らの意志で退いた人は存在します。萬屋 錦之介は映画俳優の道を選びましたし、初代中村獅童(現中村獅童の父親)は役者として廃業して東映のプロデューサーとなりました。ただ、歌舞伎界でも重要な宗家の長男として生まれながら、まったく歌舞伎役者として育てられないという香川照之のようなケースは、たいへん珍しいことだと思います。

澤瀉屋の家系というのは、梨園のなかでもインテリ志向です。慶応大学出身の三代目猿之助よりレベルの高い大学を卒業させたいという母親の意向もあったのか、香川照之は東京大学を卒業しています。その後、役者として芸能界デビューするのですが「親の七光り」が明らかなスタートでありました。25歳の時、香川照之は父親と再会を果たしたそうですが、その時「あなたは息子ではありません。ぼくはあなたの父でもない」と言い放たれたといわれています。猿之助のあまりにも冷たい言葉の真意は分かりませんが・・・極論として好意的に考えると、息子と認めて跡継ぎになる苦労をかけたくないという親心だったかもしれません。その後、香川照之はVシネマで頭角を現して、今では演技派の俳優としての実力は誰もが認める存在となっています。

猿之助は浜木綿子との離婚後、初恋の人であった年上の藤間紫と結ばれることになるのですが、猿之助とのあいだには子供はいません。藤間紫は日本舞踏の家元・・・もしも、香川照之が浜木綿子に引き取られずに、猿之助と藤間紫によって育てられていたら「どんな歌舞伎俳優になったのだろう?」というのは、誰もが一度は妄想したことかもしれません。先日の会見で「お母さん、ありがとう」と香川照之が涙ぐんでいたのには、浜木綿子が長年の確執を乗り越えて、遂に息子を猿之助の元へ戻すことに承諾したということに対する感謝でしょう。

ある意味、猿之助と浜木綿子は「チャールズ皇太子」と「ダイアナ妃」のようなものなのかもしれません。猿之助(チャールズ皇太子)の生きる歌舞伎界(王室)から浜木綿子(ダイアナ妃)は息子の香川照之(ウィリアム王子)を連れて飛び出しました。香川照之(ウィリアム王子)は王権継承権を失いましたが、芸能界(民主主義の国)で自分の実力で得るまでになります。猿之助(チャールズ皇太子)は、初恋の人藤間紫(カミラ)とW不倫の末に結婚します。血筋を引かない後継者を育成しようとしますが、結果的にそういう人物は現れませんでした。藤間紫(カミラ)に先立たれ、自らも脳梗塞で倒れてしまったとき・・・やはり、頼りにするのは息子であり、自分の血筋を引く孫であったというわけです。こうして、香川照之(ウィリアム王子)は、再び歌舞伎界(王室)へ迎えられたのであります。

ただ・・・いくら血筋を引いているといっても、このたびの香川照之の決断は、かなり無謀なことのように思われ・・・これからがイバラの道であります。歌舞伎の役者の動きのひとつひとつは、幼い頃からの稽古の賜物・・・ちょっとやそっとの”お稽古”では身につきません。「スーパー歌舞伎」や「パルコ歌舞伎」のような大衆演劇的な舞台であれば、役柄によっては誤摩化しようがあるかもしれませんが・・・香川照之がデビューするのは本家本元、新橋演舞場での大歌舞伎の舞台。演目は発表されていませんが・・・初代市川猿翁と三代目市川段四郎の五十回忌追善であり、亀治郎が猿之助襲名の”お家”の大事な行事の公演なのであります。将来的には、新しく建て替えている「新」歌舞伎座の舞台を踏むこともあると思われます。

45年間も無縁だった父親と和解した香川照之に衝撃を感じながら、記者会見の様子を観てボクが涙が止まらなくなってしまったのは・・・香川照之とボクの境遇が、ちょっと似ているからかもしれません。

ボクも同じように物心ついたときには父親の存在はなく、母親によって育てられました。また、18歳の時、父親と会う機会があったのですが、その時に父親から”父親としての愛情”をボクに対して持っていないことを痛感させられました。その後、ボクは渡米し、父親とは一度も連絡を取っていません。例え、目の前で父親が死んだとしても、何も感情なんて生まれないと思ってきましたが・・・いつか父親が死んだ事を知った時には、こんなボクでえ、涙のひとつも流れてしまうのでしょうか?

やはり・・・親の血からは完全には逃れられないものなのかもしれません。

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1 件のコメント:

  1. 母の為、自分の為の復讐以外の何ものでもない。
    最近だが体重が30キロ代まで落ちてしまい、
    過去の面影など全く無い父を何故舞台に
    引きずる出すのか?心境が理解出来ない。
    東大卒の彼の思考を見くびってはならない。
    常人の五手先、十手先を見越しての華麗なる
    復讐なのだ。
    3歳で捨てられ20歳になって父に逢いに行くと
    『お前達とはお前が3歳の時に終わっているんだ。
    もう逢いに来ないでくれ。』
    こんな事を言われて今更関係修復は無いだろう。
    関係復讐だよ!
    彼は目的のために役者を選んだのかもしれない。
    全ては計算ずくなのだ。
    大したもんだよ。

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