2010/10/23

トランスセクシュアル/性同一性障害って・・・やっぱり「障害」なんですか?

アメリカでの市民権運動というのは・・・「人種」「性別」「同性愛」と年月とともに広がってきたわけですが、ボクがまだアメリカに在住していた90年代後半には、市民権の最後の砦は「Trans Sexual/トランスセクシャル」だという風潮がありました。

日本から見ると、なんでもかんでもアメリカの方が意識的に「進んでいる」というイメージがあるかもしれませんが・・・実は宗教的な弾圧が強くて、日本では考えられないほど保守的な考え方も、同時に存在しているのです。

ボクがニューヨークに移住した1980年代初頭には、「同性愛」(特にゲイ男性」に対する、あからさまな差別は感じられず、逆にそれまでの抑圧(実際にゲイバーにいるだけで逮捕された時代もあった)の反動で、まさに狂乱のフリーゲイセックス万歳の時代でもありました。

その後、アメリカのゲイコミュニティーは、エイズの悲劇やバッシングを乗り越えてきたわけですが・・・トランスセクシャルに対しては、ニューヨークのような都市部でも、最近まで偏見というのが存在し続けていた印象があります。


日本には、歌舞伎などの女形というのがあって「性別を超える」ということに、西洋ほど大きなタブーはない文化なのかもしれません。

今のようにおネエキャラがテレビで一般的になる前(1970年代以前)でも、美輪明宏(丸山明宏)、ピーター(池畑慎之介)、美川憲一など「同性愛者」であることを公言しない限りは、世間的には受け入れていたようなところもありました。

まぁ『おとこおんな』というような差別的な呼び方をされてはいましたが・・・。

その頃、アメリカの女装/ドラッグ・クィーンというのはポジティブなイメージはなく、映画で登場すれば「殺人鬼」か「被害者」だったりしたものです。

ハリウッド女優や歌手のモノマネをする女装のパフォーマーか・・・女性(本物)の売春婦よりも安く買える街娼という存在でしかなかったでした。

キャバレー/キャバクラ系のお店がないアメリカですから(ストリップバーなどが多いのは、そのせい?)日本にあるゲイバーのようなお店自体が存在しません。

そんなわけで、アメリカでは女装、そして、トランスセクシャルは、世間一般だけでなく、一部のゲイコミュニティーにもとっても”キワモノ”で、マイノリティーの中でも迫害を受けてきたグループだったと言えるでしょう。


アメリカでの、世間の受け入れ方が、変化したのは1990年頃からでしょうか・・・?

当時「ジェリー・スプリンガー・ショー」などの下世話なトークショーに、キワモノ扱いではありましたが、女装やトランスセクシュアルがよく出演していていました。

また同時期に、アメリカ全国的な人気者になったRuPaul(ル・ポール)は、保守的なアメリカの一般家庭にも「女装文化」を知らしめたような存在であったように思います。

ル・ポールは、1980年代後半、ニューヨークで開催されていた女装パフォーマンスの祭典「WIGSTOCK/ウィッグストック」(ウッドストックをもじって)での鮮烈なパフォーマンスで、ゲイナイトクラブのスターになりました。

ハイヒールを履くと2メートル以上ある存在感と「LOVE!」を連呼するポジティブなメッセージが、ゲイだけでなく広い層にも受けたのです。

化粧をするとモデルの「イマン」のような美人で、スタイル抜群で長身のル・ポールはトークショーをMTVで持つまでになりました。

そのル・ポールも50歳・・・今でも活躍し続けています。


宗教を理由にした「同性愛」の弾圧/差別がなく、女形/女装を受け入れる文化を持つ日本では、男性の姿をして男性のように振る舞う同性愛者よりも、女性っぽい同性愛者を受け入れて好む傾向が強い印象があるように感じます。

そして、女性的な同性愛者の延長線上に、トランスセクシャルという存在もあるのかもしれません。

本来は、同性愛者の女装とトランスセクシュアルというのは区別すべきだとは思うのですが・・・生まれた性別と同じ性別を性的対象として惹かれるという点において、混同されやすいのかもしれません。

同性愛者であるボクからみても、女装とトランスセクシュアルのボーダーラインというのが本人の内面次第のような気がしてしまうことさえあるのですから。


トランスセクシャルが、日本では「性同一障害」という医学的(?)な「障害」であるということとして認識することで、あっという間に法律的に認知され、戸籍の性別の変更も可能になりました。

これは、自分を男という性別と自認したまま男性を好きになる「同性愛者」のような「選択」ではなく、本人には変えることのできない「障害」であると判断されたからこそ、実現した法律改正だったように思います。

ただ、ボク自身が「同性愛障害」という肩書きを与えられることによって、社会的にも法律的にも存在を認知されたとしても・・・自分のことを「障害者」としては受け入れることは、たいへん困難です。

トランスセクシャルの方々は「性同一性障害」の「障害」とつく肩書きに、違和感というのは感じていないのでしょうか?

ボクは、英語の「トランスセクシャル」から「性別移行者」と呼ぶ方が、より状況に近い気がしています。


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