2016/03/05

スペイン映画界の新星カルロス・ベルムト監督による予測不可能なオタク映画・・・妄想力が謎めいた恐怖を掻き立てるの!~「マジカル・ガール/Magical Girl」@ひな祭り・プレミア上映@ヒューマントラストシネマ渋谷~


「マジカル・ガール」のことは気になっていたものの、英語字幕さえないスペイン版DVDしかリリースされておらず(アメリカ版は2016年4月19日発売)「スペイン語がチンプンカンプンでも観たい!」と思い悩んでいたところ、先日TBSラジオ”たまむすび”で町山智浩氏が本作を解説・・・正式な日本劇場公開前となる3月3日のひな祭りにプレミア上映が行なわれることを知り、駆けつけたわけであります。

”ひな祭り”上映というわりにオタクっぽい”おっさん”多く・・・というのも、本作のカルロス・ベルムト監督は、日本のアニメや映画などに精通した”オタク”で、本作には日本の”オタク・カルチャー”が、スペイン独特の宗教観と融合されているのです。よくわかりませんが、もしかすると・・・オタクの方々(?)のあいだでも話題になっている作品なのかもしれません。

ここから多少のネタバレを含みます。本作はネタバレが致命的な作品ですので、予備値知識がない方が楽しめると思います・・・あしからず。


本作の冒頭、授業中にメモを回していた少女が、教師の目の前で”手品”でメモを消してしまいます。(この少女と教師は、バルバラとデミアンであったことが、映画半ばになると観客は理解できるのですが・・・)この後、いきなり別な少女アリシア(ルシア・ポジャン)が現れ、長山洋子の歌う日本語の「春はSA-RA SA-RA」を歌いながら踊りだすのです。


本作では架空の「魔法少女ユキコ」という日本のアニメに、アリシアは虜になっているという設定・・・「もしも、魔法が使えたら?」とか「いつか、コスプレしたい!」と夢見ているのであります。ところが、アリシアは白血病に冒されていて、踊っている途中で突然バッタリと倒れてしまうのです。”マジカル・ガール”とはアリシアのことなのでしょうか?

アリシアの父ルイス(ルイス・ベルメホ)は元教師で、現在失業中・・・書斎の本をナケナシの金額で売るほど生活は困窮しています。ある日、帰宅するとアリシアが倒れているのを発見(ここで、冒頭の踊って倒れていた場面につながる)するのです。


娘は13歳になれないのかもしれない・・・ルイスはアリシアが魔法少女ユキコのコスプレをしたがっていることを知ります。声優が着るために作られた”本物の衣装”が、日本のネット通販で売られていることを発見するのですが、価格は7千ユーロ(約90万円)・・・当然のことながら無職のルイスに、そんな大金を用意することができません。娘の”最後の願い”かもしれない夢を叶えてやりたい・・・思い悩んで宝石店に盗みに入ろうとしたところ、階上からいきなり嘔吐物が降ってくるのです。

本作は”数珠つなぎ”のように、主人公となるメインのキャラクターが入れ替わり、それぞれの物語が連鎖して進行するというスタイルになっています。また、肝心なシーンは編集上ではカットされていて、核心部分は映像的には見せないので、何が起こったかというのは観客の想像に委ねられているいるのです。妄想力を働かせて「最悪なこと」を考えることができれば、この上なく”厭~な話”になりえるということなのであります。


階上から嘔吐したのは、独占的な精神科医の夫に養われているバルバラ(バルバラ・レニー)という女・・・睡眠薬で朦朧として鏡で額を怪我した後、酒を飲んで気分が悪くなって吐いたのです。ゲロで汚れた服を洗うためにルイスを自宅を招いたバルバラは、ルイスを誘惑して、肉体関係を持ってしまいます。翌日、ルイスはバルバラの自宅へ電話して、昨晩のことは携帯電話に全部録音してあるので、旦那に浮気をバラされたくなかったら7千ユーロ用意しろと脅迫をするのです・・・娘のコスプレ衣装代のために!

バルバラは、以前働いていたらしい高級売春の元締めの女性(エリサベト・ヘラベルト)を訪ねて、急に大金が必要となったので、仕事をしたいと懇願します。そして「挿入なしの一度きり」という条件で、ある顧客を紹介してもらうのです。顧客である金持ちはSMプレイがお好みのようで・・・与えられたパスワードを言うまで、決してプレイをやめないというのです。勿論、我慢すればするほど報酬も増えるというのですから、楽な仕事ではありません。


バルバラから現金を受け取ったルイスは、娘のアリシアのために魔法少女ユキコの本物のドレスを手に入れることができたのですが、ドレスをプレゼントされたアリシアは、どこか不満足そう・・・というのも、魔法少女には欠かすことのできない”ステッキ”がなかったからのであります!魔法少女ユキコのステッキをネットで検索してみると、ステッキはドレスよりさらに高額の2万ユーロで販売されていることが判明・・・そこでルイスは、再びバルバラを脅迫して金を工面しようとするのです。

前回より高額な報酬のため、さらにハードなSMを行われているらしい”黒蜥蜴の部屋”へ入ることを承諾してしまうバルバラ・・・当然ながらプレイを止めてもらえるパスワードは存在しません!この部屋で、どのようなプレイが行なわれたかは、本作では一切描かれませんが、その後のバルバラの状態から察すると、トンデモナイ虐待的なプレイだったことが推測されます。どれだけ恐怖を感じるか、感じられるかというのは、観客の想像力の逞しさ次第なのかもしれません。


何故か、教え子であったバルバラと再会することを恐れているのは、10年の刑期を終えて出所間近の元教師のデミアン・・・二人の間に何があったのかも描かれません。プレミア上映後のトークショーで町山智浩氏曰く、カルロス・ベルムト監督は、二人の関係については、観客自身が”最悪の推測”をして欲しいということらしく・・・監督は具体的な設定をしていないそうです。出所後、傷だらけで現れたバルバラのために、デミアンは自ら手を下して復讐するのですから、ただならぬ関係であることは明らか・・・この後、本作は”まさに”予測不可能な展開となり、心痛む悲劇へと突き進んでいくのです。


白血病の娘アリシアの願いを叶えようとする父親ルイスの愛情から動きだした物語は、ルイスのバルバラへの脅迫、バルバラの秘密のアルバイト、バルバラの代わりにルイスへ復讐しようとするデミアン・・・という一人一人は自己犠牲的な”善意”(?)により、ドンドン悪い方悪い方へ転がっていきます。ただ、自らを犠牲にして、アリシアの夢を魔法にように叶えた”マジカル・ガール”は、バルバラであったということのようです。そして、最後の最後には、冒頭の手品の場面に戻っていくという”粋”(?)なエンディングを迎えます。


黒澤明監督に影響を受けたジョージ・ルーカスやスティーブン・スピルバーグを第一世代(70代)、カルトな邦画好きなクエンティン.タランティーノ監督(50代)を第二世代とすると、ジャパニーズ・アニメを観て育ったカルロス・ベルムト監督(30代)は第三世代ということになるのでしょうか?

”魔法少女ユキコ”という架空の魔女っ子アニメはもとより、黒蜥蜴(深作監督による丸山明宏版)、セーラームーンというお酒など、カルロス・ベルムト監督はジャパニーズカルチャーのモチーフを散りばめています。クエンティン.タランティーノ監督のように、自分の好きなモノを詰め込むマニアの”おバカな陽気さ”ではなく、カトリック特有の自己犠牲とダークな静寂に満ちたトラウマを感じさせるところは新鮮です。

ただ、説明過多ぎみの最近の映画に見慣れて、妄想力に欠けたイマドキの観客にとっては、恐ろしいであろう出来事を一切映像では見せることもなく、具体的な説明もなく謎解きもしない本作から、恐怖を感じることはできないかもしれません。


「マジカル・ガール」
原題/Magical Girl
2014年/スペイン
監督&脚本 : カルロス・ベルムト
出演    : バルバラ・レニー、ルシア・ポジャン、ルイス・ベルメホ、ホセ・サクリスタン、イスラエル・エレハルデ、エリサベト・ヘラベルト
2016年3月12日より日本劇場公開


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