2014/03/15

スティーヴ・マックイーン監督が黒人監督として初のアカデミー作品賞受賞!・・・”被害者”から歴史を描く流れは、改めて”加害者”に罪を問うことになるかもしれない!?~「ハンガー/Hunger」「それでも夜は明ける/12 Years a Slave」~



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往年のハリウッド・アクション俳優と同じ名前をもつイギリス人映画監督、スティーヴ・マックイーンの作品を初めて観たのは、今から約4年ほど前のこと・・・アメリカのアマゾンでクライテリオン(Criterion)社から発売された「ハンガー/Hunger」のブルーレイを購入した時です。当時、超円高で日本で映画館入場料よりも安く新作映画のDVDやブルーレイを買えることもあり、ちょっと気になった作品は、映画の内容についても殆ど知らなくてもショッピングカートに入れていたのでした。まだ、マイケル・ファスビンダーも無名に近く・・・「ハンガー」という作品については刑務所でのハンガーストライキを描いた作品という程度の知識しか、ボクにはありませんでした。

1981年、当時のイギリス首相だったマッガレット・サッチャーが、IRA(アイルランド共和軍)の囚人たちを”政治犯”として扱わない(普通の犯罪者と同じく囚人服を着なければならないとか)という強硬姿勢を打ち出したことに対して抗議するために、ブランケット・プロテスト(囚人服を拒否して不潔な毛布をかぶる)や、ダーティー・プロテスト(尿を廊下に流す、大便を壁になすりつける)を行ないます。しかし、抗議活動は受け入れられることもなく、当時26歳のIRAメンバーだったボビー・サンズは、自虐的なハンガー・ストライキを決意・・・66日後に餓死してしまうのです。

本作「ハンガー」は、刑務所の監視員の淡々した・・・しかし、常に暗殺されるかもしれないという日常生活、そして、囚人たちの抗議活動に対して抑制をしなければならない葛藤と、ボビー・サンズ(マイケル・ファスベンダー)が衰弱して餓死していく様子を、明確で映像言語を持った映像描写で描いていきます。本編中盤、ボビー・サンズが牧師にハンガー・ストライキを宣言する20数分のシーン以外、殆ど台詞がないのです。刑務所の監視員が行なう囚人たちへの暴力の描写には、一切容赦ありませんが、それぞれの立場の苦しみを観客に傍観させることにより、迫害されたIRAの囚人を擁護するような”政治映画”とは、まったく違う印象を与えています。ただ、ハンガー・ストライキという自虐的な手段を選んだボビー・サンズの最期を、まるで”聖人”の死のように表現しているところには、映像としては素晴らしいと感じながらも、釈然としないところがありました。

1980年代~90年代のハリウッド映画で”テロリスト”と言えば「IRA」ということもあり、ボク自身には少なからず「IRA」=「悪者」というステレオタイプを洗脳されていたところもあるのかもしれません。しかし、いかなる政治的な理由があるにしても、テロリスト活動を行なうグループの抗議を認めることは、ボクには難しいのです。本作で描かれている刑務所の監視員の暴力的な行為にしても・・・ダーティー・プロテストを行なっている囚人たちを散髪や入浴をさせたり、糞まみれの監獄を洗浄しなければならなかったからこそ。また、囚人たちの口内から肛門まで厳しくチェックしなければならなかったのは、面会時に禁じられた手紙のやり取りや差し入れを受け取っていたから。刑務所が一方的にルールを強要することは理不尽ですが、それに対しての抗議手段が”糞尿”というのは、とんでもない”嫌らがせ”・・・それに対応しなければならなかった監視員に、少なからず同情してしまうところもあるのです。

本作の映像としての力強さには感動をしながらも、IRAの行なった抗議活動に対して肯定的とも受け取れる表現には疑問を感じ・・・おそらく、アイルランド出身の映画監督マックイーンは典型的なアイリッシュの名字)による作品なんだろうと思いながら、特典映像のスティーヴ・マックイーン監督インタビューを観て、大変びっくり。本作のテーマから、ボクは監督は”アイルランド系の白人男性”と思い込んでいたのですが、映っていたのは髭面のイカツい黒人男性・・・彼がスティーヴ・マックイーン監督本人であることを認識するまで、かなり脳を働かせなければなりませんでした。そして、人種や肉体的特徴によるステレオタイプを、いかにボク自身が持っていたのかと思い知らされのです。その後、ネットで調べてみたら、彼は1999年にイギリスのターナー賞受賞歴もある”アーティスト”だということや、カリブ海のグラナダからの移民の子(アメリカ奴隷の子孫)としてロンドンで生まれ育ったことなどを知ったのでした。


スティーヴ・マックイーン監督の家庭環境や、どのような幼少期を過ごしたかは知りませんが、チェルシー・カレッジ・オブ・アート&デザインやゴールドスミス・カレッジに学び、在学中から映画製作を始めたということは、決して貧困家庭ではなかったことは想像出来ます。しかし、だからといってイギリス社会で人種差別を受けたことがないと言えば嘘になるでしょう。アート界と言うのは、金持ち白人(ユダヤ人)によって牛耳られている世界・・・ビデオ・インスタレーションのアーティストとして世界的に活動し、認められてきたことは、彼にとって”戦い”であったかもしれないのです。そんな彼が、11歳の頃にテレビで観たボビー・サンズのハンガー・ストライキのニュースに、並々ならぬ関心を抱いたというのは、迫害される”被害者側”の立場に強く共感したからのような気がしてなりません。

その後、スティーヴ・マックイーン監督は、再びマイケル・ファスベンダー主演で、セックス依存症の男性を描いた「シェイム」を2011年に監督・・・人種的な視点でのテーマ選びはしないのかと思っていたのですが、長編映画3作目で、真っ向からアメリカ黒人奴隷の迫害を描いた「それでも夜が明ける/12 Year a Slave」を監督することになります。ユダヤ系のスティーヴン・スピルバーグ監督は映画化権を手に入れてから、実際に「シンドラーのリスト」を製作するまで10年近く費やしました。これは、構想を温めていたこともありますが、1980年代前半「E.T.」や「レイダース/失われたアーク」で飛ぶトリを落とす勢いだった時に「ユダヤ系」映画監督というイメージを強く与えたくなかったことを、後に告白しています。迫害された側の人種の監督によって、その歴史を映画に描くことは、当事者だけでなく全世界的に大切なことではあるのですが、当事者に近い立場ゆえに加害者の罪を誇張してしまったり、事実ではないことまで捏造してしまう恐れもあるのです。例えば・・・ナチスのユダヤ人大量虐殺は、絶対悪による残酷ネタとして「あること」「ないこと」描かれてきたのですから。実際に起こった”事実”を見極めて描くというのは、年月が経てば経つほど難しくなることなのです。

最近ハリウッドでは、黒人監督による黒人迫害を描いた作品というのが、ある種のブームのようなところもあります。第86回アカデミー賞では監督賞は逃したものの、最も重要な作品賞を受賞・・・これは、黒人の映画監督の作品としては「初」のことだということ。「やっと、黒人の映画監督よって黒人の歴史が描かれる時代になり、アカデミー賞にも認められた!」とも言えるわけですが、この流れには不快感を感じている”白人層”というのは少なくはないようです。ニューヨーク批評家協会賞の授賞式では、監督賞を受賞してスピーチするスティーヴ・マックイーン監督に対して、人種別的な野次を浴びせたバカなジャーナリストがいたように、新たな人種の溝を深めていく可能性もあります。「拷問ポルノ」と罵る白人の映画批評家もいたという本作・・・現代アメリカ社会が、もみ消したい”負の歴史”の歴史認識を”被害者”側から検証するという方向になっていくのでしょうか?これは、中国や韓国から歴史認識や戦争責任を改めて追求される日本人が感じている不快感と、少し似ているのかもしれません。


「それでも夜が明ける」は、アメリカ北部で”自由黒人”として生活していた音楽家のソロモン・ノーサップ(キウェテル・イジョフォー)が拉致されて、12年間南部で奴隷として生きることを強いられたという自伝をもとにした作品で、解放されるまで家族の元に戻る希望を捨てない姿が感動的に描かれています。アメリカ奴隷の記録というのは、奴隷側が記録したものというのは、当然のことながら残っていません。何故なら、主人からの口頭による命令を理解する必要しかなかったので、文字の読み書きができることは稀なことだったからです。奴隷をすでに解放していた北部で生まれ教育を受けたソロモン・ノーサップだからこそ記録することができた”奇跡”と言えるでしょう。

本作で描かれるソロモン・ノーサップの元の生活というのは、経済的に比較的裕福(一軒家に住んでいる)で、白人社会の中で平等に扱われている(お店の亭主の態度など)なのですが・・・いくら奴隷解放している北部と言えども、当時としては非常に恵まれていた存在だったのだろうと推測します。彼の音楽家としての才能が、それだけ高く評価されていたということでしょう。ただ、白人社会で受け入れらて生活することは、黒人社会からは浮いた存在であったのかもしれないという疑念も感じさせます。外見は黒人だけど内面は白人みたいというのは、現在の黒人社会では疎まれる存在・・・本作の舞台である19世紀半ばに、ソロモン・ノーサップのような存在が、どのようなものであったのかは想像するしかありません。

ソロモン・ノーサップが拉致された後、奴隷として売られていく過程で受ける虐待には目を覆うしかありません。容赦ない鞭打ち、白人に歯向かった罰としての首吊り・・・彼が生死の境目を彷徨っている時にも、まるで彼自身の存在が”無”のように、普通に遊びはしゃいでいる子供の姿を同じフレームで捉えるカメラは、あまりにも残酷・・・正視できません。リアリティを追求した暴力描写の一方・・・本作では奴隷同士の会話が、まるでシャークスピア劇のような台詞回しというところには、正直、違和感を感じずにはいられませんでした。崇高な精神を表現しているのだとは思いますが・・・あの時代にありえなかった黒人奴隷の姿という映画的な妄想と、迫害の歴史をリアルに描こうとする意図が混在しているところはトリッキーに感じられました。

加害者であった白人側を単なる”悪者”として描かないのは巧みでした。奴隷オーナーであったウィリアム・フォード(ベネディクト・カンバーパッチ)にしても、奴隷を虐待する農園支配人のエドウィン・エップス(マイケル・ファスベンダー)にしても、奴隷制度というのは、それを利用していた白人側の精神も破壊していたということが描かれるのです。特に、密かに黒人奴隷のパッツィー(ルピタ・ニョンゴ)を愛するエドウィン・エップスと、そんな二人に嫉妬するエドウィン・エップスの妻メアリー(サラ・ポールソン)の屈折した残忍性は「善と悪」「被害者と加害者」というだけでは言い切れない人間性を表しています。そして、被害者であった黒人奴隷が当時逆らうことが難しかったように、加害者であった白人にとっても、その時の社会の仕組みに逆らうことは難しかったのかもしれません。

奴隷にさせられてしまったソロモン・ノーサップが自主的にできることは、殆どなく・・・カナダ人のサミュエル・バス(ブラッド・ピット)の助けによって救われるまでの過酷な日々に耐えることだけだったのは”リアル”で、まさに運命に翻弄されたとしか言えません。12年間の奴隷生活から解放されて、北部に暮らす家族の元に戻れたという奇跡的な事実は感動的でありますが、それは涙の再会以上の驚きはありません。自由黒人としては北部に戻った彼が、その後、どのように再び社会に順応していったのかは想像するしかありませんが・・・冷静に奴隷生活の記録を残したということは、彼を迫害した同じ人種の白人を憎んだのではなく、自分の経験した不幸を超越した視点を持っていたと思えるのです。加害者が被害者に対して謝罪することは当然のことですが・・・被害者が加害者を「許す」なしには未来はありません。過去の事実を見つめ直すことが、加害者(白人社会)への罪の追求だけでなく・・・本当の意味で「許す」過程の一歩となることを祈るばかりであります。

韓国のパク・クネ大統領が「1000年経っても日本への”恨み”は忘れない」と訴えたように・・・自らを歴史的に迫害の”被害者”と感じる民族/人種にとって、年月によって”加害者”への”恨み”が消えるわけではないようです。逆に、時が経って国際的、経済的な立場が高くなるほど、過去を振り返って”恨み”が強くなっていくこともあるのかもしれません。そもそも、過去の出来事を今現在の”倫理観”で検証し直したら、許されるべきことではないことは当然です。また、「本当に何が起こったのか?」という歴史認識というのは、それぞれの立場によって違ってしまうのは仕方のないこと・・・”被害者”側の認識を押し付けるというのは、過去の”恨み”を生々しく再生させるだけで、双方に”落としどころ”のない不毛な要求のように思えます。

「それでも夜は明ける」の制作者のひとりであるブラッド・ピットのパートナーのアンジェリーナ・ジョリーの監督第二作目となる「Unbroken(原題)」は、日本軍の捕虜収容所に収容されて、日本兵から数々の虐待を受けたという実在のアメリカ兵の生涯を描いた作品・・・日本をバッシングをしたいわけではなく、戦争の愚かさを描くために選んだテーマなのだとは思いたいですが、空襲や原爆投下で焼け野原になったアメリカの敗戦国の日本が、第二次世界大戦の”加害者”として、改めて罪を問われる立場になってしまうことは避けれそうにもありません。

迫害を受けた”被害者”というのは過去に於いて”弱者”であったことは確かです。しかし、その”弱者”が”加害者”への罪を問い続けることが、過去の問題の解決なのでしょうか?”被害者”側から発信された歴史認識を100%受け入れることが「政治的に正しい」という今の世界的な流れが、ボクは少々怖く感じられることがあるのです。


「ハンガー 静かなる抵抗」
原題/Hunger
2008年/イギリス
監督 : スティーヴ・マックイーン
脚本 : スティーヴ・マックイーン、エンダ・ウォルシュ
出演 : マイケル・ファスベンダー、スチュアート・グラハム、リアム・カニングハム
2008年10月21日第21回東京国際映画祭にて上映
劇場未公開、DVD/Blu-ray発売


「それでも夜は明ける」
原題/12 Years a Slave
2013年/アメリカ、イギリス
監督 : スティーヴ・マックイーン
脚本 : ジョン・リドリー
出演 : キウェテル・イジョフォー、マイケル・ファスベンダー、ベネディクト・カンバーパッチ、ルピタ・ニョンゴ、サラ・ポールソン、ブラッド・ピット、ポール・ダノ、ポール・ジアマッティ、アルフレ・ウッダード
2014年3月7日より日本劇場公開


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