テネシー・ウィリアムズの「欲望という名の電車」は、ボクの嗜好に大きく影響を与えた作品のひとつ(おかしのみみ「僕はブランチの生まれ変わりだったのです」参照)・・・世界各国で繰り返し舞台化(オペラ化も!)をされているのは勿論、映像化も3回(1951年映画、1985年TVドラマ、1995年TVドラマ)されていますが、ヴィヴィアン・リーがブランチ、マーロン・ブランドがスタンレーを演じたエリア・カザン監督の映画版が完成度が高く有名です。毎年、新作を発表しているウディ・アレンの最新作「ブルージャスミン」は「欲望という名の電車」と似た設定と物語が展開するウディ・アレン版「欲望という名の電車」とも言える作品であります。ちなみに、スタンレーが嫌いな香水が”ジャスミン”というのは偶然かもしれません・・・。
1982年から約10年事実婚していたミア・ファローの養女だったスン・イー(当時21歳)との交際、結婚は、ウディ・アレンの人間性を疑われるスキャンダルなのですが・・・最近になって、再びミア・ファローの別な養女から性的虐待の訴えをされているようなのです。彼の場合、プライベートが作品にも反映する作風ということもあって、コメディ映画というジャンルに属する作品でありながら、どこかしら登場人物達が自責の念を感じさせるようなシニカルな視点があり、その切れ味はますます鋭くなっているような気がします。
「ブルージャスミンン」は、ジャスミン(ケイト・ブランシェット)が、サンフランシスコに暮らす妹のジンジャーを訪ねるところから始まります。冒頭、飛行機の中でジャスミンが隣に座っている女性に身の上話をするのですが、これがウディ・アレンの脚本の見事さ・・・ジャスミンがどういう女性であるかを端的に説明してしまうと同時に、独り言のように一方的に自分のことばかり話している様子から、彼女がちょっと精神的に”おかしい”のではないかという印象さえも与えるのですから。そして、ジャスミンが独り言のつぶやきが、過去の回想シーンと何度と行き来する物語の時間軸を、巧みに織り込んでいきます。
彼女は夫のハロルド(アレック・ボールドウィン)とのパークアベニュー(ニューヨーク随一の高級住宅地)での裕福な生活の破綻後、新しい生活を始めるために、同じ里親に育てられた血のつながっていない妹(サリー・ホーキンス)と、しばらく同居して新しい生活を築こうとしているらしいのです。しかし、宝石も毛皮も何もかも失ったと良いつつも、ルイ・ヴィトンのスーツケースに、シャネルジャケットを羽織り、飛行機もファーストクラスというジャスミンの行動は、あまりにも”奇妙”です。お馴染みのラグジュエリーブランドを、痛々しい女性の風刺として使うとは、なんとも皮肉・・・贅沢というのは、心の隙間を埋める”鎧”であることも痛感させられてしまいます。
彼女は夫のハロルド(アレック・ボールドウィン)とのパークアベニュー(ニューヨーク随一の高級住宅地)での裕福な生活の破綻後、新しい生活を始めるために、同じ里親に育てられた血のつながっていない妹(サリー・ホーキンス)と、しばらく同居して新しい生活を築こうとしているらしいのです。しかし、宝石も毛皮も何もかも失ったと良いつつも、ルイ・ヴィトンのスーツケースに、シャネルジャケットを羽織り、飛行機もファーストクラスというジャスミンの行動は、あまりにも”奇妙”です。お馴染みのラグジュエリーブランドを、痛々しい女性の風刺として使うとは、なんとも皮肉・・・贅沢というのは、心の隙間を埋める”鎧”であることも痛感させられてしまいます。
ジンジャーはジャスミンとは真逆で庶民的なタイプ・・・元夫のオーギー(アンドリュー・ダイス・クレー)も、現恋人のチリ(ボビー・カナヴェイル)も、労働者階級の男性。ジャスミンからすれば、そんな負け組な男を選ぶから”いい生活”ができないということになるのですが、ハロルドが大金を得ている投資ビジネスは、実は詐欺行為・・・贅沢な暮らしをすることにしか興味のないジャスミンにとって、ハロルドが金を得ている手段は大した問題ではないようです。例え、ハロルドが奨めた投資によって、オーギーが宝くじで当てた大金を失ったとしても・・・。
若くしてハロルドと結婚したジャスミンは、キャリアを持つ女性ではありません。パークアベニューの豪邸を追われて、都落ちしてブルックリン(ニューヨーク郊外のミドルクラスの住宅地)に住んで、マジソンアベニュー(世界中のデザイナーショップが並ぶ通り)のブティックの店員として勤めていたこともあるようなのですが・・・以前、チャリティーやディナーパティーで顔を合わせていた友人らと遭遇することもあり、ひどく自尊心を傷つけられたようなのです。正論を言えば「文句言わずに高級ブティックの店員やってろ!」なんですが、プライドにしがみついて苦悩するというのは、他人に理解されることもないので、心の闇はさらに深まってしまうものなのかもしれません。
ジャスミンは自分のテイストの良さを生かして、インテリアデザイナーになると考えるのですが(これも、元金持ち夫人が思いつきそうな安易な発想!)・・・パソコン学校に通ってパソコンを使えるようになったら、オンラインでインテリアデザインの講座を受けるというのですから、まったくもって地に足のつかない話なのです。学校に通っている間は、アルバイトぐらいはしないといけないということで、男友達に紹介された歯医者の受付をすることになるのですが・・・歯医者がジャスミンに一目惚れしてしまって、セクハラを受けてしまう始末。そこで、ジャスミンは素敵な男性(金持ち)との出会いを求めて、パソコンのクラスで知り合った女性に誘われたパーティーに、ジンジャーを連れて参加することにするのです。
そのパーティーでジャスミンが知り合ったのが、将来政治の世界への進出も考えている政府関係の仕事をするドワイト(ピーター・サースガード)・・・屋敷を購入したばかりの彼は、インテリアデザイナーを名乗るジャスミンに一目惚れして、内装のデコレーションを依頼するのです。十分な資産を持っているだけでなく、将来的には政治家夫人となれるかもしれないドワインは、ジャスミンが求めていた男性そのもの・・・あっという間に二人は恋におち、数年間ウィーンへの移住を計画していたドワインは、唐突にジャスミンにプロポーズをするのであります!勿論、これでハッピーエンドということはありません。
ここからネタバレを含みます。
裕福で幸せな生活に見えていたハロルドとの結婚でしたが・・・実は、ハロルドは浮気しまくりの超女たらし。それは、ジャスミンの目が届かないところではなく、家族の友人として付き合いのある女性や仕事の関係者と紹介されていた女性・・・ジンジャーもニューヨーク訪問の際に、ハロルドの浮気現場を目撃していたものの、自分の密告によって結婚が破綻してしまう責任は逃れたいと黙りを決めていたのでした。しかし、ひょんなことからハロルドの浮気を疑ったジャスミンに、ハロルドは遂に浮気を告白した上に、フランス人の家庭教師の若い女性との新しい生活を考えていると離婚を申しでるのです。ショックを受けたジャスミンは「FBI」にハロルドの詐欺行為を通報してしまいます。彼女が裕福な生活を失ったのは、ハロルドが逮捕されてしまったから・・・逆ギレした彼女による”自業自得”だったことが分かるのです。
婚約指輪を買うために宝石店を訪れたジャスミンとドワインの前に現れたのは、ジンジャーの元夫のオーギー・・・そこで、ハロルドが刑務所で自殺したこと、息子がサンフランシスコの郊外に暮らしていることが判明します。ジャスミンの虚言を悟ったドワインは、あっさりとジャスミンとの婚約を白紙に戻してしまうのです。最後の望みである息子を訪ねても、通報したジャスミンのことを犯罪者の父親より憎んでいると罵倒されてしまいます。何も知らないジンジャーに対して、まだドワインとウィーンに移住すると言い張るジャスミン・・・遂に、現実を把握できないほどジャスミンの精神は崩壊しまったようです。
彼女の悲劇は、誰にも理解されない自業自得の苦しみに苛まれているということ・・・誰一人からも同情してもらえないからこそ、自分と社会の認識の隔たりに彼女は精神を病んでいくという悪循環を生んでいるのです。公園のベンチで、くたびれたシャネルジャケットの虚飾の優雅さに身を包んだジャスミンには・・・「欲望という名の電車」のブランチのように、彼女の妄想を受け止めてくれる優しい見知らぬ紳士(実は精神病院の職員)さえいません。行き場ない奈落の底に、たった一人で佇むしかないジャスミンの”うつろ”な表情に、ボクはある種の同調さえ感じてしまい・・・どうしても号泣を抑えることができないのです。
0 件のコメント:
コメントを投稿