2012/01/27

シャンタル・アケルマン(Chantal Akerman)監督による実験的劇映画の金字塔・・・主婦の退屈な日常から目が離せないの!~「ブリュッセル1080 コメルス湖畔通り 23番地 ジャンヌ・ディエルマン/Jeanne Dielman, 23 Quai de Commerce, 1080 Bruxelles」~


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シャンタル・アケルマンという監督の名前を知ったのは、1981年6月に出版された「別冊シティーロード」の「もうひとつの’80年代を読む!」という特集号でありました。「シティロード」というのは、当時「ぴあ」のライバル的な存在だった月刊の情報誌で、一般化していた「ぴあ」よりもマニアックな批評が売りの雑誌で・・・この特集号は、その後の80年代に、ビッグネームになる数々のクリエーター達を紹介しており、まさに未来を予言していたような貴重な資料でした。

この別冊で、映画について執筆をしていたのが、四方田犬彦氏(現・明治大学教授)、西嶋憲生氏(現・多摩美術大学教授)、武田潔氏(現・早稲田大学教授)の3人・・・80年代に注目すべき映画作家としてライナー・ヴェルナー・ファスビンダー(「マリア・ブラウンの結婚」「ケレル」など)、エリック・ロメール(「クレールの膝」「満月の夜」など)、ニコラス・ローグ(「地球に落ちてきた男」「赤い影」など)、デビット・リンチ(「エレファント・マン」「ツイン・ピークス」など)、ダニエル・シュミット(「ラ・パロマ」「ヘカテ」など),テオ・アンゲトロプス(「旅芸人の記録」「アレクサンダー大王」など)らの名前を挙げていたのですが・・・1981年当時、これらの監督らの新作でさえ、まともに日本の映画館では観れない状況であったということだったのです。(80年代後半からのミニシアターブームで、日本の状況は一転することにはなるのですが)

座談会では、この頃の日本ではアメリカ映画以外が、満足に劇場公開されない状況について討論されています。1970年代後半にパリに滞在していた武田潔氏は、ヨーロッパで活躍していた女性監督を紹介・・・アニュエス・ヴェルダ、マグリット・デュラス、パトリシア・モラーズ、マルガレーテ・フォン・ロッタらと並んで、シャンタル・アケルマン(掲載当時の表記はシャンタル・アッカーマンだった)についても語っています。彼女の作品の中でも、映画的な時間省略がない特異な映画と説明されていたブリュッセル1080 コルメス湖畔通り 23番街 ジャンヌ・ディエルマン/Jeanne Dielman, 23 Quai de Commerce, 1080 Bruxelles」(以下「ジャンヌ・ディエルマン」)に、ボクは特に興味をひかれたのでした。ただ、当時の日本で本作を観ることは、不可能に近いことであったのですが・・・。

1981年9月にニューヨークに移住したボクが、シャンタル・アケルマンの作品を実際に観る機会を得たのは、ダウンタウンにあった映画館「フィルム・フォーラム/Film Forum」で1983年3月に開催された「シャンタル・アケルマン映画祭」でのことでした。初期の「私、あなた、彼、彼女」はモノクロで監督自身が出演しているプレイベートな詩的なフィルムで、実生活ではレズビアンと言われる彼女のプライベートが反映されていた印象でした。(ただ、アケルマン監督はゲイフィルムフェスティバルでの上映を拒否していたらしい)上映作品の中で、もっとも商業映画らしい作品だった「アンナの出会い」は、小津安二郎的なカメラワークが特徴的でした。しかし、なんと言っても衝撃的だったのが「ジャンヌ・ディエルマン」であったことは言うまでもありません。

1975年、シャンタル・アケルマン監督が若干25歳の時に制作した「ジャンヌ・ディエルマン」は、今観ても斬新な驚きを与えてくれる作品です。ミニマルなスタイルを追求した構成の実験的な劇映画として、前にも後にも似たような劇映画はないと思います。

息子が学校に通っている間に自宅で行っている売春以外、これといった特徴のない主婦/未亡人(ディルフィーヌ・セイリグ「去年マリエンバートで」)の3日間の日常生活を、バックグラウンドの音楽一切なし、映画的な時間の省略のなしに、淡々と映します。映画のなかで流れる時間というのは、一般的な映画ならば映画的な省略をされているのが当たり前のことで、上映時間と映画のなかで流れる時間が同じという事は、まずありえません。(特例としてヒッチコック監督の「ロープ」という映画はあります)

例えば、じゃがいもの皮を剝くというシーンがあるとすると・・・映画で表現される場合は、ひとつのじゃがいもを手に取って皮を剝き始めるところでカットされて、次のショットでは料理し終わっている状態を映して、時間の省略をするわけです。改めて考えてみると、目の前でいきなり料理を始めたと思ったら、数秒で作り終わっているわけですから、これほど奇妙なことはないのですが・・・暗黙の了解として、観客が映画的な時間の省略を不自然に感じることはありません。「ジャンヌ・ディエルマン」では、主婦の仕事の一連の作業の始めから終わりまでを、動くことない定点カメラで、切り取られた風景のように「じーっ」と撮っているのです。皿洗いをしているシーンでは、主婦の後ろ姿を映すだけで、作業している手元は一切映されることがないほど徹底しています。最近の3D映画は「視覚」による”現実感”のある映画体験を「売り」にしていますが、映画のなかで体験する「時間」の”現実感”は、とっくに手にしていたということなんかもしれません。

映画的な時間の省略をしないミニマルな映画のスタイルというのは、シャンタル・アケルマンが生み出した独自のスタイルというのではありません。彼女が20代の初めの数年間(1970年~1972年)を過ごしたニューヨークで、前衛的な実験映画を作ってたマイケル・スノウ、ジョナス・メカス、スタン・ブラケージ、イヴォンヌ・レイナー、アンディ・ウォホールらとの交流から、彼女が大きな影響を受けたことは明らかです。アンディ・ウォーホールによる1963年の「スリープ/sleep」(眠っている男を約5時間20分撮影)や、1964年の「エンパイア/Empire」(夕暮れから真夜中のエンパイア・ステイト・ビルを約8時間撮影)などは、定点カメラで被写体をただ映しただけという映画でしたし・・・マイケル・スノウの1967年の「波長/Wavelenth」は、ある意味「ジャンヌ・ディエルマン」との共通点が多くみられます。

「百聞は一見に如かず」・・・動画をみてください。「じゃがいもの皮剝き」「ミートローフ」と、どちらも熱狂的な”ジャンヌ・ディエルマン”マニア(?)がオマージュビデオを撮るほど有名なシーンです。




数分の動画だけをみると、「ジャンヌ・ディエルマン」は、とてつもなく退屈な映画のように思われるかもしれません。それは、まったくもって「正しい」印象だと言っていいでしょう。実は「ジャンヌ・ディエルマン」は、上映時間は193分(3時間13分)・・・劇映画としては、かなり長い部類の作品になるのです。その上、カメラは殆ど動かない固定なのですから、どれだけ”淡々とした”画面であるか想像出来ると思います。さらに主婦の仕事というのは、毎日同じような作業の繰り返しなので、観客は似たようなシーンを観せられることになるのです。しかし、その「繰り返し」というところが”ミソ”なのであります。

息子の靴を磨いて、朝食を作って、息子を起こし、朝食を食べさせ、息子を送り出し、朝食の後片付け、食料品の買い物をして、夕食の下ごしらえをして、家計簿をつけて、簡単な昼食を食べます。それから、キレイに化粧を施して、午後のお茶をカフェでするのが、ちょっとした贅沢のよう・・・その後、主婦は帰宅して、生活費を稼ぐために自宅で「売春」をするのです。寝室でお客とやっているシーンだけが、本作では唯一映画的な時間の省略をされます。その後、ベットを整えて、風呂掃除をして、浴室でカラダを洗って、夕食の準備・・・息子が帰宅して、夕食を済ませて、淡々とした会話をして、就寝するというのが、この主婦の退屈極まりない日課なのであります。買い物先の主人や、赤ん坊を預かる近所の主婦との会話は、限りなく他愛ありません。


些細な日常作業は省略なしなのに「売春」という行為のみは省略されるという対比により、「売春」以外の主婦の日常生活が、いかに退屈な繰り返しであるかを強調しているかのようです。そして、観客は、この主婦の感じている砂漠のようにカラカラに乾いた心さえも、まざまざと実感させられるということになりるのであります。ただ、同じ作業の繰り返しのようにみえる日常も、1日目と2日目では何かが違うのです。夕食をうっかり焦がしてしまったり、買い置きしていたはずの野菜が足らなかったり・・・どこかしら不安になっていく主婦の精神状態を感じさせるような些細なアクシデントが起こり始めて、観客は次第に画面から目が離せなくなっていきます。


以下、映画のエンディングに関する重要なネタバレを含みます。


3日目、主婦は明らかに前の2日間とは違う行動を取り始めます。何か考え深げなようだったり、また逆に落ち着かない様子だったりします。そして・・・カメラは初めて「売春」をする主婦の寝室へと入っていくのです。ベットの上で客にのしかかられている主婦は、明らかにオーガズムを感じている様子を映します。行為の後、ベットで寝ているお客に、彼女はいきなりハサミを胸に突きつけ殺害してしまうのです。

このような唐突で殺人の理由の説明が一切ない映画というと・・・ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督による1969年の「何故R氏は発作的に人を殺したか?」が思い出されます。平穏な家庭で淡々と暮らしていたR氏が、映画の終盤にいきなり家族を惨殺して、自分も翌朝職場で首つり自殺をするという作品でした。現代の不確実さや不条理を描いたということで、殺人と自殺の理由は一切描かれません。「ジャンヌ・ディエルマン」も、主婦が殺人に至る理由は説明されませんが・・・約3時間に渡って主婦の退屈さ加減を実感させられている観客にとって、その突発的な殺人のモチベーションを、なんとなく理解できてしまうところが、ちょっと恐ろしいのです。

殺害後、主婦は血だらけの手をしたまま、ダイニングテーブルに座って、彼女はひとり佇んでいます。徐々に陽が暮れて部屋が暗くなるま、ず〜っとカメラも主婦も動かないワンショットが続きます。「彼女の頭の中では、何が駆け巡っているのか?」「息子が学校から帰宅したら、どうなってしまうのか?」・・・・長い沈黙の間、観客は考えてしまいます。殺人という日常を脱した”現実”が、静かに重くのしかかってきたところで、映画はクレジットが流れて終わります。(下の動画参照/クレジットが流れる前に途切れていますが実際はまだまだ続きます)

そして・・・観客は救いようのない余韻に包まれるのです。

 

「ジャンヌ・ディエルマン」のエンディング

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シャンタル・アケルマン監督(Chantal Akerman)の主なフィルモグラフィー

1968「街をぶっとばせ」(Saute ma ville)短編
1972「部屋」(La Chambre)短編
1972「ホテル・モンタレー」(Hotel Monterey)
1974「私、あなた、彼、彼女」(Je tu il elle)
1975「ブリュッセル1080 コルメス湖畔通り 23番街 ジャンヌ・ディエルマン」(Jeanne Dielman, 23 Quai de Commerce, 1080 Bruxelles)
1976「家からの手紙」(News from Home)
1978「アンナとの出会い」(Les Rendez-vous d'Anna)
1982「一晩中」(Toute une nuit)
1983「エイティーズ」(Les Annees 80)ドキュメンタリー
1984「おなかすいた、寒い」(J'ai faim, j'ai froid)短編
1986「ウィンドウ・ショッピング/ゴールデン・エイティーズ」(Golden Eighties)
1989「アメリカン・ストーリーズ/食事・家族・哲学」(Histoires d'Amérique)
1991「夜と昼」(Nuit et jour)
1993「東から」(D'Est)ドキュメンタリー
1996「カウチ・イン・ニューヨーク」(Un divan a New York)
1997「シャンタル・アケルマンによるシャンタル・アケルマン」(Chantal Akerman par Chantal Akerman)ドキュメンタリー
1999「南部」(Sud)ドキュメンタリー
2000「囚われの女」(La Capitive)
2002「他の側から」(De l'autre côté)ドキュメンタリー
2004「明日は引っ越し」(Demain on demenage)
2006「向こう側」(La-bas)
2009「ソニア・ヴィーダー・アサートン」(À l'Est avec Sonia Wieder-Atherton)ドキュメンタリー
2011「オルメイヤーの阿房宮」(La folie Almayer)

「ジャンヌ・ディエルマン」の撮影現場

ブリュッセル1080 コルメス湖畔通り 23番街 ジャンヌ・ディエルマン」
原題/Jeanne Dielman, 23 Quai de Commerce, 1080 Bruxelles
1975年/フランス、ベルギー
監督&脚本: シャンタル・アケルマン
出演   : ディルフィーヌ・セイリグ


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2 件のコメント:

  1. こんにちは。
    この作品は不勉強で知りませんでした。
    ぜひ観てみたい…と思う一方で、現在ジャンヌと同じ主婦の身の上の自分が、劇中のジャンヌとシンクロしそうで怖いっ(冷や汗)。
    パリに住んでいた頃、日本にあまり紹介されないフランスの映画監督の作品を追っていたのですが、こうしてみると、見落としてしまったものがたくさんありそうです…。
    奥が深いなぁ。

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  2. 豆酢さま
    コメントありがとうございます。
    アケルマン監督は殆ど商業映画を撮っていないので、なかなか出会うことはないかもしれません。
    日本では日仏会館のようなところでしか上映されていないようです。
    ちなみに本作のDVDはフランスやアメリカで発売されています。

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