昔と比べて「おじさん」的な”男たるもの”に対しての世間の風が厳しいっていうのもあるのか、「ゲイ」「ストレート」に限らず・・・最近のおじさんの「オバさん化」が進んでいるような気がします。
現在、アラフィフ男性が社会人になった時代(1980年前半)というのは、いわゆる「オヤジ」が君臨していた時代・・・飲み会やカラオケに嫌でも付き合わされ、戦後の経済成長期時代の名残の無茶な頑張りとか、バブル経済へ向かう上昇志向とかが、高い評価をされていた時代でありました。しかし、その価値観が崩れてしまった今・・・男臭い「オヤジ」を目指せば「古!」と罵られる始末。目指すべき「ロールモデル」を失った結果なのか、おじさんの「オバさん化」がより顕著になってきたのかもしれません。
「ゲイ」のおじさんの中には、すでに「おネエ」に振り切ってしまっている場合もあるわけで・・・「オバさん化」というのは、「ゲイ」にとってみれば、ひとつの”老化現象”なのかもしれません。組合系の飲み屋さんのノリについていこうとしているうちに、すっかり「おネエ」が板について「ちょっと~おばさん!」などど、お互いに罵り合うなんていうのも日常だったりします。
勿論、あくまでも”男たるもの”にこだわった「褌オヤジ」とか「マッチョなバリタチオヤジ」とか「ストレート」の男性以上に”男”の呪縛に縛られている「ゲイオヤジ」というのも存在していています。エッチ市場では「オバさん化」よりも「オヤジ化」しているタイプの方がモテるので「オヤジ」を自己申告で名乗るという輩も結構いたりするのであります。
しかし「ゲイ」のおじさんの行く末は「オバさん化」か「オヤジ化」のふたつなのでしょうか・・・もうひとつ「お子さま化」という”アラフィフ世代”独特の存在があるのではないかと、ボクは最近考えるようになったのです。
日本で育った”アラフィフ世代”というのは(大袈裟な言い方かもしれませんが)人類の歴史上最も恵まれた世代グループではないかと思います。階級社会の中で恵まれた人たちというのは過去にも存在していますが、1960年代前後に生まれた”アラフィフ世代”は、第二次世界大戦後の「国民総中流」という感覚を持ち、「平等」「権利」「自由」が守られた平和な時代が続き、親世代が持っている資産の恩恵まで受けることのできている”甘やかされ世代”の第一号と言えるのです。「おぼっちゃま」「お嬢さま」的なバックグラウンドを持った子供が、中流家庭までに広がっていった最初の世代であり、そんな「おぼっちゃま」が「ゲイ」のおじさんという年齢になった近年、出現してきたのが「お子様おじさん」ということなのです!
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「お子様おじさん」はボク的感覚を重視
「オバさん」が社会性に欠けてしまうのは仲間内の共感を重視するからだけど「お子様おじさん」は他者との共感よりも、あくまでも「ボク的感覚」を優先するようであります。高度成長期に「個性」という概念によって子供の成長を促すという教育が始まったわけですが・・・その「個性」というものばかり尊重する故に、良く解釈すれば「個性的な考え方を持った人」、悪く解釈すれば「世間一般的な感覚に欠ける人」ということになってしまうのです。
子供や若い人が非常識なことをやっても「いまどきの人は」と片付けやすいのですが・・・”アラフィフ世代”になって、常識はずれなことをされても「いまどきのおじさんって!」とは怒りにくいものです。旅行行って、ずっとネットゲームに夢中なんて・・・まるで小学生の子供のするようなことですが「お子様おじさん」にとっては、今自分が興味があることが一番。目の前にいる他者の存在や気持ちというのは、あまり推し量れないようです。それ故に「お子様おじさん」の行動や感情は推測不可能・・・その時の気分次第なのです。
マニアックな趣味を持つというのは、別に「お子様」的なことではありませんが・・・その方向性が独特な”かわいい”世界観を志向していることが多いのが「お子様おじさん」の特徴かもしれません。
例えば、ぬいぐるみ集め留まらずに(アイドル気取りの女性や元ヤンのキャラ好き兄ちゃんじゃ~あるまいしというツッコミはしないでおきます)お気に入りのぬいぐるみを連れて旅行、レストランやら観光名所で記念写真を撮ったりしてしまうのです。いい年をしたおじさんがぬいぐるみを持ち歩いているだけでも、旅行先で失笑されていると思うのですが、ボク的感覚で「普通!」と判断すれば、全然恥ずかくないというのが「お子様おじさん」なのです。
「いつまでも子供ような心を持ったおじさん」というのは、社会的なしがらみや責任を十二分に果たしている男性が趣味に没頭している姿をみて、他人が言うことでありまして・・・大人になりきれていない「ゲイ」のおじさんに対しての言葉ではありません。それでも「お子様おじさん」に限って、自分自身のお子様っぷりはしっかり自覚しているようで・・・「大人の男」に成長しようとする兆しも意志もないというのが、まさに「お子様おじさん」が「お子様」でいる由縁なのであります。
「お子様おじさん」は人に何も与えない
「ギブ・アンド・テイク」というのは、二人の人間同士のやり取りに限ったことなく、先輩にしてもらった恩恵を自分が上の立場になったら後輩に返すとか、自分が困ったときに助けてもらったから困った人がいたら今度は助けるとか、いい意味での好意の循環であったりするはずです。普通は「テイク」の立場から成長して「ギブ」の立場になるのが当然の年代であります、同世代同士では「テイク」の立場「ギブ」の立場なんて、損得勘定でどちらの立場でいる続けるのも変な話。
ところが・・・「お子様おじさん」はいつまでも経っても「テイク」の立場から成長することをしないのです。比較的豊かに育てられたせいか、必要最低限のモノというのはシェアすることなく自分のモノを所有できる世代でもあり・・・「ボクのモノは、ボクのモノ」というのが、子供時代から当たり前。それは人間関係に於いても同じで、人とのネットワークに関しても基本的に他者を利用して広げようとするけれど、自分の人間関係はあくまでもクローズドで一方通行になりがちです。
「お子様おじさん」にとって使えるネットワークは、骨の髄まで使わないと損という考え方のようです。フェイスブックで友達登録しておいて、自分のフレンズやウォールをプライバシー設定で閲覧出来ないようにするなんてことするのも「お子様おじさん」ならでは・・・他者のネットワークは利用したいけど、自分のネットワークは他者には使わせないという”意志”をよく表しています。
そうやって他者を食いものにすることが多いので、結果的に人間関係が長続きしないことが多いようです。それ故に、親しい友達のサイクルも数年で入れ替わるということになりがち・・・”アラフィフ世代”で親しい友人が、最近知り合った人ばかりというのは”危険信号”なのであります。
おじさんだからって、いつでもお金を出す立場になる必要はないですが、理由もないのに飲み食いをいつも奢ってもらったり、高価なプレゼントをもらうのは、普通は気持ち悪いと感じるもの・・・でも「お子様おじさん」は、いつまでも「テイク」できる立場であると勘違いしているので、奢られたり高価なモノをもらうことは平気です。
支払い段階で現金の持ち合わせがないという理由をつけて、その場は奢らせておいて、割り勘分の清算をすっかり忘れてしまうなんていう、意図的なのか天然なのか分からないような行動をします。これって一般的に言われる「ケチ」とは違います・・・お金がないわけでもないのですから。「お子様おじさん」には親と行く高級レストラン、親と泊まる高級ホテルなんていうのがあって、経済力のある親が支払うのが当たり前という環境に育っているので、自分の分は自分で支払うという発想が希薄なのです。
「お子様おじさん」はエッチが下手
エッチというのは他者とのコミュニケーションであり、他人が何を求めているか(何を気持ち良く感じるか)を理解することが必要となる行為です。「お子様おじさん」は他者のニーズや気持ちをを考えることは面倒なので、基本的に受け身か一方的な責め側・・・エッチというのは他人が自分に対して何か気持ちいい事をやってくれることか、他人を自分の欲望通りに扱うことと思っているような節があります。自分勝手である上に、エッチの行為が異常に”ぎこちない”場合もあったりします。
ペッティングをしても、フェラチオをしても、雑で痛いだけ・・・どうすれば相手が気持ち良いかなんて学ぶ気がないのだから上手くなるはずもありません。スゴく若いなら経験不足ということもあるので「まぐろでも全然良いんだよ」と許されるものですが・・・”アラフィフ世代”にもなって、エッチの基本が分かっていないのではどうしようもありません。
経験の場数を踏んでいないのではなく、ひとつひとつの経験から何も今まで学んでこれなかった・・・という根本的な資質が問題なのですから、将来的にエッチが上手くないという”希望”さえないのだから絶望的です。「まぐろのままで良いんだよ」とか「自分勝手にモノとして扱われたいの」と言ってくれる我慢強いパートナーを見つけてね!・・・としか、ボクからは言ってあげられません。
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「オバさん化」にしても「オヤジ化」にしても、加齢の過程として捉えられるけど・・・「お子様化」は逆行(?)というか、いつまで経っても成長しないっていう”未熟”な存在。その上、本人が「これで良し!」と開き直ってしまっている場合が多いので、深く関わりを持つのは・・・勘弁したい存在です。
ボク自身も「お子様おじさん」の要素というのが、なきしもあらずと思うところはあり・・・まさに、他人(ひと)の振りみて、我、振り直せであります。特に「ボク的感覚を重視」というのは、少なからず自覚症状あります。ただ「エッチが下手」に関しては・・・まったく当てはまっておりませんが(信じて!)。
ボク自身が”アラフィフ世代”で、同時代に育ってきた「同じ穴のムジナ」だからこそ、特に「お子様」感が鼻につくというところはあるのかもしれません。ただ、自分よりも若い世代からは「お子様」感は、それほど感じることがないのは不思議です。それは、年上目線で大目に見ているというわけではなく、若い世代は”アラフィフ世代”ほど恵まれておらず「お子様」感覚では生き残れないという厳しい現実を生きてきてきたとも言えるのです。そんな”たくましさ”を持ち合わせた世代は・・・”アフラフィフ世代”の「お子様」とは違って、前世代的な「オヤジ」予備軍となっていくのかもしれません。
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