エリザベス・テイラーの人気というのは、どうも日本ではイマイチ・・・「最後のハリウッドスター」「映画史上最高の美女」という”アイコン”として映画ファンには受け入れられても、おしゃれ感に乏しく女性が憧れる”往年のスター女優”というイメージはありません。
イギリス生まれのエリザベス・テイラーは、ハリウッド映画で子役として映画デビュー。「緑園の天使」(1944年)で12歳らしからぬ完璧な美貌で、一躍人気の少女スターとなります。その後「若草物語」(1949年)で若手スター女優の仲間入りをして、18歳で「花嫁の父」(1950年)、19歳で「陽のあたる場所」(1951年)に主演しているのですから、かなりの早熟です。
20代半ばには「熱いトタン屋根の猫」(1958年)や「去年の夏、突然に」(1959年)で欲求不満の若妻(!)という”当り役”と出会い、28歳で売春婦を演じた「バターフィールド8」(1960年)で、最初のアカデミー主演女優賞に輝き、演技派女優としての地位も確立します。ハリウッド史上の制作費を投入して大コケした悪名高き(?)「クレオパトラ」(1963年)の主演だって、撮影は30歳の頃・・・「ヴァージニア・ウルフなんてこわくない」(1966年)では、役作りのために(?)34歳でブクブク中年太りして、倦怠期の夫婦を当時実際に夫婦だったリチャート・バートんと演じて、2度目のアカデミー主演女優賞に輝いたのです。
ただ、その後はヒット作品に恵まれず、1970年代半ば以降は、オールスター作品に華を添えるような出演だったり、テレビシリーズのゲスト出演だったり、お飾り的な立ち位置での「カメオ」ばかりになっていきます。いつしかエリザベス・テイラーは”映画女優”としてよりも、私生活(離婚再婚の繰り返し)や日々の動向(エイズ基金やセレブ香水発売のパイオニア)で注目される”元ハリウッドスター”になっていったのです。
エリザベス・テイラーが”ヒロイン”=主演の最後の劇場用映画というのは、42歳の時に主演した「サイコティック/Driver's Seat (Identikit)」(1974年)という日本では殆ど知られていない作品です。劇場用映画の出演は「青い鳥」「リトル・ナイト・ミュージック/Little Night Music(日本未公開)」「クリスタル殺人事件」などがありますが、いずれも主役ではありません。(テレビ映画やテレビシリーズでは、いくつか主役を演じている作品あり)
「サイコティック」は公開当時(そして、その後も)、エリザベス・テイラーの長い映画キャリアの中で、最も酷い作品と評されてしまいます。現在の感覚だと”42歳”という年齢は、まだまだ女優として活躍できる年齢だと思うのですが・・・当時(1970年代)は、保守的なハリウッドシステムから生まれたエリザベス・テイラーという女優の存在自体が、どこか古臭く感じられてしまう時代でもあったのかもしれません。
本作は、日本では劇場公開さえされず、1980年代のビデオレンタル全盛期に、エリザベス・テイラーのセクシーなシーン(乳首が見えるブラジャー姿や着衣状態でのマスターベーションやセックスシーンなど)を売りにした”イロモノ的扱い”で、パワースポーツ企画販売という怪しい会社からレンタル用としてリリースされたのみではあります。
「熱いトタン屋根の猫」「去年の夏、突然に」「ヴァージニア・ウルフなんてこわくない」「禁じられた情事の森」「夕なぎ」など、欲求不満の女性を演じさせたら右に出る者はいない(!)と思えるほど、演技派転向後のエリザベス・テイラーの独壇場・・・なんがなんだか分からないけど苛々しているエリザベス・テイラーの”ヒステリー演技”が大好物なボクのとって「サイコティック」は、好きな作品のひとつなのであります。
原作はイギリスの作家ミュリエル・スパークの「運転席/Driver's Seat」という1970年に発表された小説。30代でオールドミスという価値観は、随分と未婚女性に対して厳しいと思えてしまいますが・・・それも1970年という時代の感覚だったのかもしれません。日本語訳は映画化される前の1972年に、早川書房から出版されているのですが、その後ずっと絶版・・・ミュリエル・スパークという作家は、評論/研究書って数多く出版されているわりに、肝心な小説は殆ど日本では絶版というありさまです。
しかし、最近(2013年11月)になって、日本独自編集の短編集「パン,パン!はい死んだ」が出版されているので、もしかすると日本でミュリエル・スパークの人気が再熱しているのかもしれません。現実と幻想が入り交じった不条理なブラックユーモアで人間の愚かさを暴いていくところは、今流行の”イヤミス(後味の悪いミステリー)”の元祖のようでもあり「湊かなえ絶賛」という帯の宣伝文句も納得。そして何より・・・悪意に満ちているのは”登場人物”よりも”書き手”というところが”ミソ”なのです。
さて「運転席」の映画版となる「サイコティック/Driver's Seat (Identikit)」は、エロティック映画”もどき”(?)な作品で知られるジョゼッペ・パトローニ・グリッフィ監督(「さらば美しき人」「悦楽の闇」「スキャンダル・愛の罠」)によるイタリア映画・・・サイコミステリー仕立てのエロティックを期待すると、あっさりと裏切られるとは思いますが・・・エリザベス・テイラーというハリウッドスターの主演映画としては、ストレートな性的表現や露骨な台詞があったりして、ある意味”意欲作”であったことが伺えます。また、アンディ・ウォホールがちょい役で出演していることも、製作当時は話題だったようです。
キャリアウーマンのリズ(エリザベス・テイラー)が、自分を殺害してくれる男性を求めてバケーションにでかけて、望みどおりに殺されるというのが本作の物語(これはネタバレというよりも、あらすじとして書かれている)・・・どうして彼女が短気なのか?何故死のうとしているのか?働くことに疲れているのか?恋愛で悩んでいるのか?などの疑問に対して確定的な答えは一切出さずに、意地悪い視点で彼女の旅の様子と、彼女の死後に彼女との関わりを警察の捜査の様子を、時間軸を行き来しながら描いていきます。主人公のリズは勿論、彼女以外の登場人物たちの行動や言動も不可思議・・・観客は奇妙な世界観に身を委ねるしかありません。また、全編に流れる現代音楽のピアノの旋律が妙に不安を高めます。
何故か、冒頭からいきなり苛々しているリズはブティクの販売員に怒りをぶつけます。空港で荷物チェックで止められれば毒づくし、免税店では店員にイヤミで食って掛かるし、ホテルのメイド相手にかんしゃくを起こします。と思えば・・・飛行機の中でナンパされた変態オヤジをなんだかんだで相手にしてみたり、行動は支離滅裂。テロに巻き込まれて街中で爆弾が爆発したり、奇妙な災難にも遭遇しますが、彼女が求めていた男性をたらし込むことに成功します。そして、雑木林の中で男を誘惑して「殺害されること」を懇願して、望みどおりに彼女は死ぬのです。ハッキリとした理由もなく死ぬことだけを求める旅・・・その道中に起こることも、また不条理であります。そして、登場人物たちの台詞の数々は、滑稽であり、時には哲学的でもあり、やはり堂々巡りな不条理なのです。
試着中のドレスが新素材でシミが付かないことを販売員が伝えると、リズは急に怒りだし販売員に喰ってかかります。
「Stain resistant dress? Who asked for a stain resistant dress?/シミのつかないドレス?誰がシミのつかないドレスを頼んだのよ?」
空港の本屋さんで上品な婦人が、リズに突然尋ねてきます。
「Excuse me. Which do you think more exciting? Sadomasochist one?/ごめんなさい。どちらの方が面白いかしら?サドマゾヒストの方かしら?」
テロリスト警戒中の空港で荷物係に止められたリサは、苛立って毒づきます。
「This may look like a purse but it is actually a bomb./これはハンドバッグみたいだけど、本当は爆弾なのよ!」
飛行機の中で隣に座った脂ぎった中年男にリズは厭味たっぷりに対応します。
「You look like Red Riding Hood's grandmother. Do you want to eat me?/あなた赤ずきんちゃんのおばあさんみたいね。私を食べたいの?」
リサをナンパした中年男は意味の分からないアプローチでリズを誘います。
「I have to have an orgasm a day for my microbiotech diet./マイクロバイオテックの食事療法には、一日に一度のオーガズムが必要なんだ。」
そんな中年男に対してのリズの返答は、名台詞(?)です。
「When I diet, I diet and when I orgasm, I orgasm! I don't believe in mixing the two cultures!/ダイエットの時はダイエット、オーガズムの時はオーガズム。二つの文化を一緒にすることはしないのよ!」
リズは徐々に不条理な思考は堂々巡りです。
「I sense a lack of absence /不在しているものが欠乏しているの!」
リズの痛々しさは哲学的でもあるのです。
「I feel homesick for my own loneliness/自分の淋しさにホームシックになるわ」
遂にリズは理想の男性を誘惑することに成功し、彼女を殺害することを懇願します。
「Just Kill me! Then you love me!/ただ殺して!それから私を愛して!」
”オースドミス”というステレオタイプの概念があった時代に、未婚女性が感じている(感じるべき?)と思われていた漠然とした虚無感や孤独感をヒシヒシと感じさせます。この映画が製作された1970年代中頃は、不条理さこそ日常に潜む”恐怖”と考えられていた風潮があり、似たような雰囲気のスリラーというのが多く制作されていました。公開当時は批評家から酷評されたこともあり、日本では劇場未公開の本作がエリザベス・テイラーの最後の主演映画作品となったことは残念なことではあるのですが・・・年月が経ち製作時とは違う価値観で本作を観ると、美人スター女優の顔でなく、ヒステリー女優(?)という”顔”もあるエリザベス・テイラーの「集大成」だと、ボクには思えるのです。
「サイコティック」
「サイコティック」
1974年/イタリア
原題/Driver's Seat (Identikit)
監督 : ジョゼッペ・パトローニ・グリッフィ
原作 : ミュリエル・スパーク「運転席」
出演 : エリザベス・テイラー、イアン・バネン、グイド・マンナーリ、モナ・ウォッシュボーン、ルイジ・スカルツィーナ、アンディ・ウォーホル
日本劇場未公開、過去にレンタルビデオあり
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