クリストファー・ノーラン監督による”ダークナイト”シリーズ完結編「ダークナイト ライジング」は、前2作と同様に繰り返し観る作品になることは確実ではあるのだけど・・・頭をかしげてしまうところもある作品でもありました。観ようと思っている人は、ネタバレを聞かされる前に映画館へ観にいくことをお奨めします・・・ただ「バットマン ビギンズ」と「ダークナイト」を復習しておいた方が、完結編である本作で回収される伏線を楽しむことができるでしょう。また、前作では冒頭の銀行強盗シーンだけだったIMAXカメラでの撮影が、本作では随所に使用されているので、IMAXシアターで観るべきだと思います。
1960年代に制作された実写版テレビシリーズのアメコミ調のコミカルな「バットマン」よりも、ティム・バートン監督の「バットマン」シリーズは「ダークなファンタジー」として公開当時は受けとられていました。クリストファー・ノーラン監督の”ダークナイト”シリーズは、現実的な世界観でブルース・ウェイン/バットマンの内面を描くという、よりシリアスなシリーズとなりました。「正義とか何か?」という根源的な疑問を投げかけてくる・・・一般的なアメコミヒーロー映画を超えた風格を感じさせる作品となったのです。クリストファー・ノーラン監督を始め、主演のクリスチャン・ベールの他、マイケル・ケイン、ゲイリー・オールドマン、リーアム.ニーソン、キリアン・マフィー、そして本作の悪役のトム・ハーディまでのがイギリス出身というのもシリーズ全体の雰囲気に影響を与えているのではないかと思います。
前作「ダークナイト」で、今は亡きヒース・レジャーが演じた悪役ジョーカーは圧倒的な存在感で、バットマンを食ってしまったとといっても過言ではないでしょう。ジョーカーの目的は、何かを盗むとか、人を殺すとかが目的ではなく、ただ世の中に混乱に陥れること・・・人間の卑しさや弱さを試すような究極の選択を突きつけ、神の秩序から人々を解き放とうとするのです。エデンの園は神の秩序によって管理されている楽園・・・禁断の果実を食べてしまったアダムとイブは追放されるわけですが、それは同時に、秩序から開放され自由を手にしたとも言えます。ジョーカーの存在は、正義という概念があることが前提・・・しかし、”正義”という考え方こそ、この世の中の争いを生んでいるのではないか?・・・とも、考えさせられてしまいます。ハービー・デントをヒーローに仕立て上げて施行された”デント法”によって”悪い奴ら”を検挙しまくったおかげで、ゴッサムは平和になりました・・・というのは、立場を変えれば、”正義”をふりかざす”恐怖政治”みたいなものでもあります。
光と影の境界線を揺るがせてしまうジョーカーの危険な思想に感化されてしまう人が実際に出てきてしまうのではないか・・・「ダークナイト」を観た時に不安をボクは感じていました。先日、コロラド州の映画館で「ダークナイト ライジング」初日上映中に、24歳の男性がジョーカーの扮装をして劇場内で銃乱射・・・多くの観客を殺害しました。先に逃げ出そうとした者をターゲットにしていたという報道もあります。逃げようとするのは人間としての本能だとは思いますが、自分”だけ”でも助かろうとする人間の弱さを見せた者から殺すというのは、まさにジョーカー的な発想ではあります。映画が表現することを規制することには絶対的に反対ですが・・・時に、映画作品は犯罪者のマインドに大きく影響してしまうこともあるということです。それにしても、これほどの事件が起こっても銃規制運動が活発にならないのが、さすが銃を保持する権利を優先するアメリカのお国柄・・・自分の身は自分で守り必要があれば自ら武器を手にして戦うべきということには、揺るぎはないようです。
「ブロンソン」で、バルク系マッチョに肉体改造してから話題作に出演しまくりのトム・ハーディが演じる、本作の悪役ベインは、怪物のように喧嘩が強いだけでなく・・・株式市場を操作して金持ちの資産を奪い、一方的に市民裁判で極刑に処するという”革命”を起こします。ジョーカーが、ただ混乱を巻き起こそうとするのとは違い・・・”正義”を訴えて、行なおうとしている”革命”が、「善」か「悪」かは、立場によって変わってきてしまうかもしれません。監督によると本作の脚本は、昨年に起こったニューヨークのウォール街占拠事件以前に書き終わっていたということですが・・・アメリカの個人資産のうちの半分を1%の超富裕層が所有していることや、金融関連企業への優遇など、格差社会を助長するような社会の仕組みへの批判と怒りは、ベインと似た主張ではあるのです。といって、ベインのテロ行為とウォール街占拠のデモ行動とは、まったく人道的には異なりますが・・・。
ブルース・ウェインは、明らかに1%側にいる超富裕層・・・彼の膨大な資産なしではバットマンになることさえ経済的に不可能です。勿論・・・新自由主義が訴えるように、持つ者が正しい投資や援助をすることで、世の中の役にたつということはあるかもしれません。しかし、成功へのモチベーションとなっていたアメリカンドーリームは、一部のプロアスリートか音楽アーティストにしか叶えられない、”貧困層摂取”のおいしいエサであることが、バレてしまった今・・・富裕層の唱える”正義”に、どれほど説得力があるのでしょうか?ただ、ウォール街での「99%側の主張」というのが、イマイチ何を求めているのか分かりにかったように・・・ベインの金持ちを殺して街ごと核兵器で爆破というのも、一体何を求めて、何に向かっていこうとしているのかが、よく分かりません。ジョーカーであれば行動が無意味であること自体も目的となり得るのですが・・・ベインの暴走の本当の理由が判明したとき、”肩すかし”をくらってしまうことになります。
ここからネタバレを含みます。
ウェイン財団の顧問のひとりとしてブルース・ウェインからも信頼され、レイチェル亡き後の恋人となるミランダ・・・彼女が、実はラーズ・アル・グールの娘で、父親のゴッサムを灰にするという意志を引き継ぎ・・・”奈落”と呼ばれる監獄生まれたミランダと出会い、彼女を愛するようになったベインがミランダに協力したという”理由づけ”は、悪役としてのモチベーションとしては”ゆるい”ような気がします。「バットマン ビギン」で、ブルース・ウェインに訓練をしたラーズ・アル・グールは、自らの”影の軍団”と名乗り人間社会を崩壊させて理想郷を築くことは目的なのですが・・・ラーズ・アル・グールの意志を継ぐ娘(ミランダ)と、彼女を愛してしまった故に破壊に手を染めることになってしまった男(ベイン)としてしまったのでは・・・正義と悪の境界線の揺らぎを描いてきた”ダークナイト”シリーズなのに、単なる「親の敵討ち」の物語に逆戻りさせてしまったのはお粗末としか言いようがありません。
本作の話題のひとつが、アン・ハサウェイ演じるセリーナことキャット・ウーマンの登場です。母親の形見の真珠の首飾りを盗んだ泥棒でありながら、ツンデレな態度でバットマン/ブルース・ウィエンと、不思議な関係を築いています。バットマンと協力してベインのテロ計画を阻止するのですが・・・ハッキリ言って、彼女のモチベーションがイマイチ不明。人物の全ての記録を消却できるソフトのため(犯罪者という過去を消して生きたい)という理屈になっているけど、キャットウーマンならUSBメモリぐらい盗めるでしょう?ブルース・ウェインとは、それほど一緒に過ごす時間なんてないにも関わらず・・・最後には恋愛関係も匂わすせるというのも、なんとも唐突・・・なんだかんだで、セリーナはブルース・ウェインに一目惚れしてしまっていたということなのでしょうか?
おそらく、本作で一番辻褄が合わないのが・・・ベインと戦って倒れたバットマンが、かつてベインが閉じ込められていたという脱出不可能と言われる”奈落”に閉じ込められながらも、何とか自力で脱出した後、いきなりゴッサムに現れることでしょう。ゴッサムはベインの仕掛けた核爆弾テロによって、軍隊により出入りを完全に封鎖されていているはずなのですが、まさに”ひょっこり”と、キャットウーマンの目の前に例のソフトの入ったUSBメモリを持参して登場するのです。”奈落”のロケーションは、どこなのかハッキリとはさせていませんが・・・ゴッサム内であるわけないし、周辺の地形的にも街の近くとは思えません。また・・・殆ど警官が閉じ込められるという状況も、マンホールなどから逃げ出すこともしないなんて、危機管理からしてあり得ないことです。それでも、食料と水は十分にあるというのだから、緊迫感があるのか、ないのかも、分かりません。さらに・・・ベインの仕掛けた核爆弾は、バットマンによってゴッサムの街から運ばれて、海の上で爆発させることになるのですが、核汚染のこと考えたら、海の上だからって、核融合発電できるほどの核を爆破させて「めでたし、めでたし」では終わらないはずです。
ツッコミどころを探したらキリがないというのは、”ダークナイト”シリーズ共通の問題ではあるのですが、本作は細かいことを言い始めたら、物語が破綻しているとしか思えないほど・・・酷い!それでも、また何度も観たくなってしまうのは、クリストファー・ノーラン監督の表現する終末的な画(え)としての世界観の完成度の高さと訴えてくるテーマに、強く心を揺さぶられるから他なりません。
「ダークナイト ライジング」
原題/The Dark Knight RIsing
2012年/アメリカ、イギリス
監督 : クリストファー・ノーラン
出演 : クリスチャン・ベール、マイケル・ケイン、トム・ハーディ、ゲイリー・オールドマン、アン・ハサウェイ、モーガン・フリーマン、ジョゼフ・ゴードン=レビット、マリオン・コティヤール、マシュー・モディーン、リーアム・ニーソン、キリアン・マーフィ
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