2018/02/18

「現代アートの欺瞞」「スウェーデンの国民性」「エリート白人男の傲慢」を皮肉る同族嫌悪的なシニカルさ・・・悪意のないミハエル・ハネケ節コメディにゾワゾワさせられるの!~「ザ・スクウェア 思いやりの聖域/The Square」~


第70回カンヌ映画祭(2017年)でパルムドール賞に輝き、第90回アカデミー賞の外国語映画賞部門でもノミネーションされている「ザ・スクウェア 思いやりの聖域/The Square」は「フレンチアルプスで起きたこと/Force Majeure」のスウェーデンの映画監督リューベン・オストルンドの最新作であります。


「フレンチアルプスで起きたこと」は、休暇中のスウェーデン夫婦が雪崩に遭遇して夫が先にひとりで逃げたことをきっかけに家族がバラバラになっていく・・・というダークコメディ(!?)。ちょとした台詞や行動によって夫婦間に起こる不調和感の「あるある」を絶妙を描いていて・・・何とも言えない居心地の悪さにゾワゾワさせられてしまったのです。

原題の「Force Majeure」はフランス語で「不可抗力」という意味で、暗に夫の行動を肯定しているような印象・・・ボク的には邦題の「フレンチアルプスで起きたこと」の方が、曖昧さがしっくりくるような気がします。今回も、原題の「The Squre」だけでは何のことだか分からない感じですが「思いやりの聖域」というサブタイトルを邦題に加えたことは”正解”ではないでしょうか?

実は「ザ・スクウェア 思いやりの聖域」には、ボクの友人の旦那さん(スウェーデン人)が、VFXのプロデューサーとして関わっているという事もあり、以前から話に聞いていました。その後、カンヌ映画祭に出品されるという運びになり、その様子を彼のフェイスブックで見るたびに「スゴイ、スゴイ!」と興奮していたら、パルムドール(グランプリ)獲得という展開に、何も関係のないボクまで嬉しくなってしまったのです。来月(2018年3月4日現地時間)に発表となる第90回アカデミー外国語映画賞にも期待が高まります。


本作は、ストックホルムにある現代アートの美術館のキャレーターのクリスティアン(クレス・バング)を中心に、様々なエピソードが平行して語られていきます。タイトルでもある「ザ・スクウェア」は、クリスティアンの手掛ける次回の展示作品で、現代社会の格差やエゴイズムを訴え、平等の権利と救済の手を差し伸べるべきである空間(思いやりの聖域)を表したインスタレーションアートなのですが・・・物語はそれとは反するかのように皮肉に満ち満ちているのです。

ここからネタバレを含みます。


冒頭のアメリカ人ジャーナリストのアン(エリザベス・モス)によるクリスティアンへのインタビューの中身の空っぽさから分かるように、本作は「現代アートの欺瞞」を小気味よいほど暴いていきます。

アーティストの講演会で語られる薄っぺらい”コンセプト”を遮るのが、客席にいるトゥレット障害者(意図せず冒涜的な言葉を吞む発作的に発してしまう病気)から言動というのも、なんとも居心地の悪いものだったりします。また、作品と真逆なメッセージ動画をネット上で拡散させて”炎上商法”を狙うという愚かなマーケティングによって、世間からバッシングを受けることになり、美術館もクリスティンも窮地に追い込まれていく展開には、苦笑いするしかありません。


道で寝転がっていホームレス、カフェテリアにたむろする移民、小銭をねだる慈善事業ボランティアなどを無視して、通り過ぎていくストックホルムの街角の人並みのカットが繰り返し場面場面に挿入されるのですが`・・・これもまたアート作品「ザ・スクウェア」のコンセプトと真逆にあると同時に「スウェーデン人の国民性」も垣間見せているのです。


或る朝、クリスティアンの出勤途中に男女のイザコザに巻き込まれて、iPhoneと財布をを盗まれるというのが、さらなるトラブルの発端なのですが・・・遠巻きに傍観する人々の無関心さだけでなく、スリに盗まれたことに気づいたクリスティアンが助けを求めても、道行く誰も関わりを持とうとしないのは、少々冷たい過ぎるように感じてしまいます。

20数年間ストックホルムで暮すボクの友人に「スウェーデンの国民性をひとことで言うと何?」と尋ねたことがあるのですが・・・「人と人の情が薄い」という思いもやらない返答をもらったことがあります。スウェーデンは、気候的には厳しくて税金は高いけれど、福祉国家として非常に良いイメージをボクは持っていたので、彼女の言葉には少々ショックを受けたのですが・・・逆に”情の薄い国民性”だからこそ福祉を充実させる必要があったと言えるのかもしれません。


現代アート界を支えるのは文化人という名のブルジョワ階級・・・彼らが他人のトラブルとは関わらない”情の薄い”スウェーデン人の国民性を発揮するのは、本作の海外版ポスターになっているディナーパーティーでの場面です。「猿の惑星」でのモーションキャプチャー演技で知られるテリー・ノタリーの猿真似パフォーマンスが暴走して、ゲスト客を恐怖に落とし込んでいくのですが・・・女性ゲストが強姦されそうになるまで、誰一人として止めようとする者がいないのですから”ことなかれ主義”にもほどがあります。

本作ではクリスティアンに代表される「エリート白人男性の傲慢さ」も描かれていきます。盗まれたiPhoneの在処をGPSで貧民街のアパートにあると突き止めたクリスティアンは、全部屋に返却を求めるビラを全部屋に配るという作戦に出て、見事にiPhoneと財布を取り返すことに成功するのです。しかし、盗難とは一切無関係だった移民の少年まで、ビラを受け取った親から盗っ人の疑いをかけられてしまいます。少年はビラを配ったのがクリスティアンを突き止めて、直接謝罪を要求するのですが、クリスティアンが移民の少年の心に寄り添うことはありません。追い払うことしか考えずに少年を階段から突き落としてしまい、助けを呼ぶ少年を置き去りにしてしまうのです。


打上げパーティーの後、アメリカ人ジャーナリストのアンとクリスティアンは、その場の流れでエッチをしてしまいます。クリスティアンにとっては一夜限りの関係・・・行為の最中でさえ、クリスティアンの視線はアンではなく、天井のシャンデリアだったりするのです。行為の後、使用済みのコンドームの攻防戦を繰り広げるバカバカしさには、思わず苦笑いしてしまいます。後日、アンがクリスティアンの職場に押しかけて、二人の関係を問い詰めてクリスティアンの化けの皮を剥がしていく様は、居心地悪くなるほどです。


この”居た堪れない”ゾワゾワした感じは、ボクが”不快映画の巨匠”と呼ぶミハエル・ハネケ監督を思い起こさせるところもあるのですが・・・”悪意”に満ち溢れているわけではなく”滑稽”であるところが救いかもしれません。ただ、本作が2時間半を超える上映時間というのは、内容的にはちょっと長尺な気はします。

最後の最後、クリスティアンが自責の念にかられて、少年を探して謝ろうとするのは贖罪の気持ちなのでしょうか?考えてみると・・・監督と脚本のリューベン・オストルンド自身を含めて、本作に関わっているスタッフの多くはクリスティアンに似た白人男性たちではあるわけで、本作で描かれるのは同族嫌悪的な「あるある」なのかもしれません。


「フレンチアルプスで起きたこと」
原題/Force Majeure
2014年/スウェーデン、デンマーク、フランス、ノルウェー
監督、脚本 : リューベン・オストルンド
出演    : ヨハネス・バー・クンケ、リサ・ロブン・コングスリ、クリストファー・ヒビュー、クララ・ペッテルグレン、ビンセント・ペッテルグレン、ファンニ・メテーリウス
2015年7月4日より日本劇場公開


「ザ・スクウェア 思いやりの聖域」
原題/The Square
2017年/スウェーデン、ドイツ、フランス、デンマーク
監督、脚本 : リューベン・オストルンド
出演    : クレス・バング、エリザベス・モス、ドミニク・ウェスト、テリー・ノタリー、リンダ・アンボリ、クストファー・レス
2018年4月28日より日本劇場公開


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