針と糸で描いた刺繍の展覧会・・・というと、ハンドメイドっぽい「クラフト」のイメージがありますが、東京都庭園美術館で開催されている「スティッチ・バイ・スティッチ」は、手法として糸や針を使ったバリバリの現代美術の作品が展示されています。
一階の入り口を入ってすぐのロビーを占領しているのは、手塚愛子氏による美術史から引用された複数のモチーフを巨大な布に刺繍した作品なのですが、驚くべきことは刺繍された正面ではなく裏側です。
蛍光ピンクの刺繍の裏から数百本の糸が伸びており、後でそれをまとめて床までドドーンと垂らされているのです。
それは刺繍の裏側の美しさを見せるというよりも、刺繍の作業に閉じこめられた濃密な時間と仕事量を視覚的に見せつけているようで、ある意味、作品の巨大なサイズもあって「こわい!」と感じてしまうほど圧倒的でした。
まったく逆の意味で圧倒的だったのは、奥村綱雄氏による文庫本のカバーほどの小さな「夜警の刺繍」というシリーズでした。
刺繍の作業をしながら出来る仕事として、夜警という職業(アルバイト)をしながら制作されたのは、ただただ緻密な細かい刺繍を繰り返し施した長方形です。
近くで見なければ糸の細さが分からないほど、ぎっしりと刺繍されており、どれだけの集中力と忍耐で作られているかを想像するだけで、呆然とさせられてしまう作品でした。
このふたりのアーティストの作品に圧倒されてしまったのですが、清川あさみ氏の造花の鉢植えの葉っぱや花びらに刺繍した作品は、濃密で不気味な世界観を表現してしたし、竹村京氏の写真の上の薄い生地に刺繍した作品は、写真や絵画というジャンルを越えた刺繍での新しい手法だと感じました。
また、秋山さやか氏の地図上に自分の行動や感情を刺繍で表しった作品は、「自分表現」のひとつの方法として興味深いものでした。
去年ニューヨークのアート&デザイン美術館で、この展覧会と似たコンセプトの「Picked : extreme embroidery」という刺繍の現代美術展が行われましたのですが、具象的なイメージの刺繍によって表現された作品が多かったことが印象的でした。
そこには遊びやエンターテイメントとしてアートを楽しむ気質と、コンセプチュアルでより抽象的なアートを嗜好する国民性の違いを感じてしまいました。
日本人の緻密で細かい作業の圧倒的な仕事量は、なにはともあれ観る者を驚愕させてしまうアートなのかもしれません。
ステッチ・バイ・ステッチ~針と糸で描くわたし~
東京都庭園美術館
2009年9月27日まで