NHK土曜ドラマ枠(午後9時から)で放映されていた「阿修羅のごとく」は、舞台となる1979年の”リアルタイム”で制作されていたこともあって、向田邦子の代名詞となっている「昭和の家庭」を懐古するようなノスタルジーさを感じさせるというよりも「”斬新なホームドラマ」でありました。テーマ曲のトルコの軍楽(メヘテルハーネ「ジェッディン・デデン」)や、本編中の楽曲は、当時のホームドラマとしては不気味なセレクションと言えます。レインボー「バビロンの城門」、ダウン・タウン・ブギウギ・バンド「フィール・ブルー」、サンタ・エスメラルダ「悲しき願い」、シルバー・コンベンション「Get Up and Boogie」、イエロー・マジック・オーケストラ「テクノポリス」、ピンクレディー「UFO」などが、不穏な感情を揺さぶったものです。
日常に潜む”おんな”の阿修羅的な恐ろしさを描いたといわれる本作・・・四姉妹がそれぞれの心に潜ませる妬み、嫉みなどの愛想を、何気ない台詞や表情で”ミニマル”に表現されています。夫が愛人を囲っていることを長年知りつつも、知らん顔していた母親がみせる嫉妬が、一番恐ろしいです。母亡き後のパート2では、さらに四姉妹の運命は劇的な展開をしていくのですが、沈黙の中での一瞬の表情さえも見逃すことを許さない、緻密で凝縮された演出が凄いことなっています。また、父親の”柳に風”のような動じないさや、男たちの優柔不断さや頼りなさなど、”おとこ”への厳しい視線も鋭いです。
長女・綱子を演じるのは「寺内貫太郎一家」の母親役でお馴染みの加藤治子・・・長女らしい保守的なところがありながらも、どこかしら”すっとぼけ”ていて、ゆるい”エロさ”を漂わせているところが絶妙でありました。夫に先立たれて生け花の師匠として生計を立てているのですが、実は営業先の料亭・枡川の旦那と不倫中・・・その旦那を、往年の二代目俳優・菅原謙次が演じているのですから、なんとも艶っぽいわけです。優柔不断で優しい二枚目という存在自体を、せせら笑うようでありました。そして料亭の女将さんを演じているのが、三條美紀という女優さん・・・着物の似合う大御所でありますが、意地悪さ加減が、観ていて小気味良いほどです。
次女・巻子を演じるのは、八千草薫・・・品の良いお母さん役というイメージの女優さんでしたが、同時に”のほほん”とした不気味な印象もボクは持っていました。専業主婦で視聴者が一番親近感を感じやすい役柄ということもあってか、四姉妹の中では主役的な存在であったような気がします。巻子の夫の鷹男役は、パート1が緒形拳で、パート2は露口茂・・・緒形拳は飄々と演じている印象でコミカルさを感じさせるのですが、露口茂はどこかウェットでシリアスな感じで、ボク個人的には緒形拳がいい味出していたように思います。またパート2では、2013年の舞台版で巻子役を演じる荻野目慶子が、巻子の娘役で出演しています・・・ただ、現在の魔性っぷりからは想像出来ないほどの初々しさです。
三女・滝子を演じるのは、いじだあゆみ・・・ボクの世代にとっては「ブルーライト・ヨコハマ」というヒット曲の歌手というイメージが強いのですが、性に関して潔癖性なクセに、実は欲求不満の図書館の事務員という、華やかなイメージからはかけ離れた役柄が意外でした。父親の愛人調査を依頼した探偵・勝又と恋に堕ちてしまうのですが・・・勝又を演じるのが、宇崎竜童という意外なキャスティングで・・・口下手で正直者という役柄が、妙にハマっておりました。
四女・咲子を演じたのが風吹ジュン・・・今でいうグラドルみたいな存在で、歌手として歌っても吐息ばっかりで音痴、演技もけだるい感じでやる気なさそうというノリが、学生運動が終結した当時のアンニュイな雰囲気に合っていたのかもしれません。本作の中では、ソバージュの髪型、肩パッドなどの1979年~1980年当時の”今風”ファッションを体現している役柄でもありました。
四姉妹を演じる女優にも増して、スゴいのが父親を演じる佐分利信であります。威厳のある父親という、いわゆる”寡黙な親父”像そのもののような役者さんなのですが、出演作のどれを観ても似たような演技というイメージ・・・ボクは「あまり演技が上手ではない役者さんだなぁ」と思っていたのですが「阿修羅のごとく」を観て印象は変わりました。一見すると無表情でありながら、目の奥で内面を表現していたのです。物語が進むにつれ・・・愛人に振られ、妻に先立たれて、侘しさを増していく様子は惨めさをヒシヒシと感じさせます。向田邦子が描いてきた父親像というものを崩壊させている本作ですが・・・と同時にまわりの女たちの繰り広げる嫉妬や葛藤にも感情を露にしない”男のズルさ”もしっかりと覗かせています。
母親を演じた大路三千緒という女優さんについては、ボクは何も知らなかったのですが・・・元宝塚の男役スターだったそうです。ただ、本作では影の薄い専業主婦の母親を演じています。夫に愛人がいたとしても家庭を守るということが美徳ととらえられていた時代の母親・・・しかし、娘のフリをして新聞社に投書したり、愛人の暮らすアパート付近で見張っていたりと、内面では嫉妬に燃えていたというのが、向田邦子が男に対して放つ平手打ちのようです。まったく素振りを一切見せない演技が、より奥深い嫉妬の怖さを増しているのかもしれません。
オリジナルのNHK土曜ドラマ版は、演じる役者を考慮して脚本を書かれているということもあって、キャスティングは役者さんの表層的なクラクターだけでなく、深層に潜むキャラクターまでもあぶり出している”エグさ”がありました。だからこそ、観るたびにキャラクターの人間像の発見があり、制作から30数年経った今でもNHKドラマの名作として語り継がれているに違いないのです。
2003年(オリジナルドラマ放映から24年・・・森田芳光監督により「阿修羅のごとく」が映画化されます。パート2放映後から1年後に飛行機事故で向田邦子が亡くなったこともあり、本作は繰り返しNHKで再放送されていましたし、昭和という良き時代の家庭を懐かしむ風潮が高まってきたこともあったのかもしれません。ただ、森田芳光監督と豪華な配役にも関わらず、映画版は失敗作であったとボクは思っています。
まず、過去を舞台とする物語となったために、昭和的なノスタルジーを取り込もうとしたようです。確かに、本作で描かれる父親像、母親像、そして、四姉妹それぞれの物事の考え方・・・さらに、物語の辻褄上、黒電話などの小道具も重要ではあり、1979年という時代設定は無視できません。しかし、リアルタイムで生きていたボクからすると・・・1979年というのは、もはや懐かしい”昭和”を感じさせてくれるような時代ではなく、学生運動が盛んだった混乱からバブル景気への”中間点”・・・”しらけ世代”の冷めた無気力感、個性尊重の個人主義、ブランド志向などの風潮が広がっていく、実は”昭和”感から大きく脱却した時代であったのです。
ドラマのパート1とパート2の全7話のストーリーを2時間ほどにまとめるわけですから、はしょらなければならない場面が出てくるのは当たり前のことです。おおまかな物語の流れは、パート1の母の死をクライマックスにしながらも、パート2の四姉妹のエピソードを前後シャッフルして織り交ぜていくという手法をとっています。しかし、オリジナルの台詞を忠実に再現しようとするばかりに、その言葉だけが残っていて、その背景にある感情が希薄になってしまった印象です。
キャスティングにも問題があったように思います。それぞれの役柄に合った役者を起用しようとしたのでしょうが・・・逆に周知の”キャラクター”を前面に押し出すだけになってしまった気がします。長女役の大竹しのぶは、デビュー時代は”田舎臭い娘役”で天才女優の名を欲しいままにしていました。しかし、人生を重ねるうちに上手な演技と呼ばれてきた芝居もある種パターン化してきて・・・身持ちの悪い役を演じさせると、下品さだけが目立つようになってきました。長女は、確かに料理屋の旦那とカラダの関係を断ち切れないのですが、生け花の師匠で未亡人という”気品”も共存しているはず・・・その”品”が、大竹しのぶには絶望的に欠けているのです。また、料理店の女将を演じる桃井かおりも、下品さでは大竹しのぶに負けていなくて・・・二人が対決する場面は場末のホステス同士の喧嘩のようです。
次女役の黒木瞳にしても、三女役の深津絵里にしても、それぞれの役のイメージに合わせたキャスティングなのかもしれませんが、それまで演じてきた役柄の延長線上という感じです。四女役の深田恭子に至っては演技が下手で話になりません。父親役の仲代達矢も、母親役の八千草薫も、四姉妹の物語の背景のような扱いをされているので、生かされていないキャスティングです。一番ヒドいのは三女と付き合う探偵の勝又役の中村獅童・・・監督の指示なのか、中村獅童の役作りなのかは分かりませんが、口下手で正直者という以上に、落ち着きがなく吃るという変なキャラクターになってしまっています。その演技が、あまりにも大袈裟で、まるで障害者を滑稽に真似しているかのよう・・・観ていて不謹慎に感じました。映画版のキャスティングで良かったのは、長女の夫・鷹男役の小林薫と、長女の不倫相手の料理屋の旦那役の坂東三津五郎ぐらいでしょうか?残念ながら・・・映画版「阿修羅のごとく」は、オリジナルドラマファンのボクにとっては残念な作品でした。
「阿修羅のごとく」が、初めて舞台化されたのは・・・小説版「阿修羅のごとく」の文庫あとがき(南田洋子著)によると、1999年6月のようなのですが、ネットで調べても詳細が分かりません。南田洋子が母親役、長門裕之が父親役を演じていたようですが、四姉妹を誰が演じられたのか分かりません。2004年に、再び、南田洋子の母親役、長門裕之の父親役で、芸術座で公演されています(2006年の博多座で再演では、母親役は水野久美、父親役は天田俊明)。長女・山本陽子、次女・中田喜子、三女・秋本奈緒美/森口博子、四女・藤谷美紀/細川ふみえ、鷹男・国広富之、勝又・渋谷哲平というキャスティングというのは、商業演劇らしい気がします。どちらの舞台もボクは観ていません。
さて、先日観に行った2013年版舞台「阿修羅のごとく」は・・・母親・加賀まりこ、長女・浅野温子、次女・荻野目慶子、三女・高岡早紀、四女・奥菜恵という”魔性の女優”ばかりを集めた確信犯的なキャスティングに、興味を惹かれてしまいました。
母親役に”加賀まりこ”というのが”ありえない”気がします。”おんな”として枯れてしまった役柄を演じるには、69歳であっても加賀まりこは瑞々しい”現役感”ありすぎの印象・・・白菜のお漬け物を漬けるイメージからも程遠く、嫉妬に燃えながらも夫の浮気に絶えたりせずに凄い剣幕で愛人宅に怒鳴り込みそうです。ただ、年を取っても若い役を演じられる舞台の魔法が逆に作用して”老け役”に挑んだという感じでしょうか?
長女役の”浅野温子”が「未亡人」の「生け花の師匠」というのは、かなり無理・・・未亡人の枯れたエロスもなければ、生け花の師匠らしい気品もなく、不倫することなんか全然気にしなさそうな”あっけらかん”としているイメージしかありません。目力の強いデビュー時代には男性ファン、W浅野時代には女性ファンを獲得していた浅野温子も、その後は迷走し続けているような感じがします。この舞台では「サザエさん」役を彷彿させるコミカルな演技をみせています。
次女役の荻野目慶子が、専業主婦というのもシュールです。まったりとした独特のエロさは、長女役に適しているような気がするのです。夫の浮気を疑う様子は妙におどろおどろしいし、夫を問い詰める様子は変に甘えているようで・・・隠せないエロさが滲み出てしまっています。三女役の高岡早紀は、いい意味で、高岡早紀っぽさを消して役柄になりきっていた印象でした。四女役の奥菜恵は、頑張り過ぎて下品で派手なオバサン(?)みたいになってしまっていました。この5人の女優よりも異彩を放っていたのが・・・長女の浮気相手の奥さんを演じていた”伊佐山ひろ子”でした。長女とのやり取りでは、完全に浅野温子を制圧してしました。
さて・・・全7話のテレビドラマを、どうやって2時間ちょっとの舞台にするのか?場面が頻繁に変わる展開を、どうのような舞台装置を使うか?というのが、ボクは大変興味がありました。舞台は15分の休憩を挟んで、1部と2部に分かれているのですが・・・1部でパート1、2部でパート2の物語を追っていきます。時間的にかなり凝縮されているので、全体的にドタバタ感があって展開のペースが早いです。ただ、向田邦子の書いた台詞を言うだけでは感情が伴わなくなってしまいますが、巧みに時間軸や場面を変更して、生きた台詞として紡いでいたのには驚きました。また、舞台という制約もあるなかで、記憶に残っていたキーポイントとなるドラマの場面も殆ど再現されていました。
今回の舞台版の脚本の巧みさだけでなく、舞台セットも複数に進む物語を効果的にみせることに成功していた気がします。真ん中に大きな茶の間、その左横に出入り口のある茶の間(長女宅の茶の間)、左上にダイニングテーブル(次女宅の食堂)、右脇に病室や外など自在に変化する空間、右上に小さな茶の間(四女の部屋)、その茶の間の奥に土手・・・という風に舞台上に6つの空間を設けることで、めまぐるしく場面の変わる物語を手際良くみせていました。
舞台としての完成度は決して低くはありません。興業として考えた場合、今回のキャスティングというのは、ボクのようなオリジナル版のファンの興味も惹いたわけですから、成功と言えるのかもしれません。ただ・・・焼き直されるたびに失われていく「品性」「エグさ」「斬新さ」を、改めて確認してしまうことも事実なのです。
「阿修羅のごとく」
1979年、1980年/テレビドラマ
演出 : 和田勉、高橋康夫、富沢正幸
出演 : 加藤治子、八千草薫、いしだあゆみ、風吹ジュン、佐分利信、大路三千緒、緒形拳(パート1)/露口茂(パート2)、宇崎竜童、荻野目慶子(パート2)
パート1/1979年1月13日~1月27日放映
パート2/1980年1月19日~2月9日放映
パート2/1980年1月19日~2月9日放映
「阿修羅のごとく」
2003年/映画
監督 : 森田芳光
出演 : 大竹しのぶ、黒木瞳、深津理絵、深田恭子、八千草薫、仲代達矢、小林薫、中村獅童、桃井かおり、坂東三津五郎
2003年11月3日劇場公開
「阿修羅のごとく」
2013年/舞台
演出 : 松本祐子
出演 : 浅野温子、荻野目慶子、高岡早紀、奥菜恵、加賀まりこ、林隆三、伊佐山ひろ子
2013年1月11日~1月29日 ル・テアトル銀座/東京
2013年1月31日~2月3日 森ノ宮ピロティホール/大阪
2013年2月9日~2月10日 名鉄ホール/愛知