ボクは「ナンパ」というものに、殆ど縁がありません。
自分から声をかけるほど積極性はないし、声をかけられた経験も一度しかありません。
「道で声をかけられて困ったよ」なんて聞くと、ちょっと羨ましく思ったります。
「ストーカー」にも遭遇したことはないし、「別れたいのに、なかなか別れてくれない」なんて経験もありません。
どうやら、ボクは隙がなくて、ひとりでいる時には、結構怖い顔をしているらしいのです。
「拒絶」に関しての意思表示は非常にハッキリしているみたいで、期待感を持続させたり、思わせぶりな曖昧さを微塵も感じさせないところがあるのでしょう。
ボクが人生でたった一度だけ「ナンパ」されたのは、22歳(1985年)の時でした。
当時、ボクはゲイストリートとして有名なクリストファーストリートから、すぐ近く(徒歩30秒程度!)にルームメイトと住んでいました。
ニューヨークのゲイの観光地のど真ん中が、日常生活の場だったのです。
その後、ゲイエリアは、1990年代にチェルシー地区へ、2000年代にはヘルズキッチンへと移行していきます。
クリストファーストリートと7番街の交差するシシェリダン・スクウェアの一角に、ゲイエリアの入り口の象徴として存在していた「ビレッジ・シガース」というタバコ屋がありました(今でも存在しています)。
当時は喫煙者だったボクは、この「ビレッジ・シガース」によくタバコを買いに行っていたのですが、ある日「ナンパ」されたのです・・・それも、とっても大柄の黒人男性に。
具体的にどう声をかけられたかは忘れてしまったのですが・・・まったく予測していなかったことでで、不意をつかれた感じでした。
ひと言、ふた言と会話を交わすうちに、どういうわけかティファニーというダイナー(今はなくなってしまいました)で、お茶をことになったのです。
「S」と名乗った黒人の男は、勿論ゲイで当時30代後半、頭は丸坊主に剃って、目が大きくて、鼻は大きく横に広がっていて、唇が分厚く、口が大きくて、真っ白い歯が笑うと目立つというステレオタイプの黒人そのもの・・・2メートル近い身長で体格はフットボール選手みたいでした。
アメリカ黒人というのは、白人と多少血が混じっていることもあり、肌の色が薄い人が多いのですが・・・彼はアフリカ黒人のように肌の色が濃いタイプの黒人だったのです。
「山のように大きな黒人」の「S」でしたが、物腰はヒジョー優しい人でした。
留学してから数年のあいだにボクが接触してきたアメリカ人は、ほぼ99%白人・・・無意識のうちに日本人以外のマイノリティーとは関わる機会の少なかったため、黒人らしい黒人とあまり話したことさえなかったです。
ボクは彼とどういう風に接したらいいのか分からず、少々頭が混乱していたようなところもありました。
その後「S」とは、お茶したり、食事したり、ゲイバーなどに出掛けたりするようになりました。
彼の知り合いの黒人のゲイグループに紹介されることもありましたが、黒人同士の英語の発音がボクは理解出来ず、会話は気まずい感じになることが多かったです。
そんな時は、彼は「ハニー」「ベイビー」などと甘い言葉を投げかけながら、肩を抱いてきたり、ハグしてきたりしてきて、場を和ませてくれました。
時に、ボクは「S」の太い両腕に自分から身を委ねたりすることもあったのです。
彼の腕は毛もなくツルツルしているのですが、触ると妙なザラっとしていて冷たい・・・海の生き物のような触感でした。
時に、求められるがまま「S」とキスすることもありました。
巨人ような彼に抱きすくめられてしまうと、ボクは逃げようもなかったです。
彼のキスは、とても軽い「チュ!」というキスだったのですが、分厚い唇は不思議な質感でした。
彼の住んでいた郊外のクィーンズに行くことをボクは拒み続け、ルームメイトがいることを理由に彼がボクの部屋に来ることも断り続けていたので、彼をエッチする機会はありませんでした。
ラブホテル(モーテル)が存在しないマンハッタンでは、エッチするなら基本的に”どちらかの自宅”ということになりがちなのですが、どちらもダメとなると、必然的にエッチをすることは難しくなるわけです。
紳士的であった「S」は無理に一線を越えようとはしようとはしませんでしたが、時々「ボーイフレンドにならない?」と尋ねてきました。
そのたびにボクは「ノー!」とハッキリ返事をしていたのですが、彼はは「決して諦めないから!」と言い続けていました。
どうしてもボクには「S」とエッチをしたり、ボーイフレンドとして付き合っている自分の姿をイメージ出来なかったのです。
そのうち、ふたりの関係は進展することもなく、ともだち関係となっていったのでした・・・ただ、それはあくまでもボクにとって、だったのですが。
知り合って3年ほど経ったある夜、バーで飲んだ帰りにトイレに行きたいから、ボクの家のトイレを使わせてくれと「S」が言い出しました。
ボクは親しくなってからも一度も彼を部屋には入れたことがなかったのですが、その夜、初めて「S」を自分の家に招いたのでした。
運がいいのか悪いのか、ルームメイトは不在でした・・・ルームメイトはすぐに帰宅するような雰囲気はありません。
トイレを済ませると「S」は、暗いリビングルームのカウチに腰を下ろして、まったく帰宅する様子がないのです。
そして「隣に座れ」というように、大きな手でカウチのシートを、ポンポンと叩いたのでした。
ボクが「S」の隣に座ったら抱きすくめられてキスされて、その流れでエッチになってしまうことは明らです。
ボクの中ではずっと「友達」として接してきたのに、こんな風にアプローチをしてくるとは思いもしなかったので戸惑いました。
この時の「S」には本気を感じました・・・というのは、性欲が溜まっていて、どうしても「エッチをやらなければならない!」という切羽詰まった雰囲気を醸し出していたのです。
大柄の「S」に力ずくで襲われたら、絶対に抵抗することは出来ない・・・という恐怖をボクは感じていました。
・・・・レイプされるかもしれない!
追いつめられてボクは「S」に「溜まっているなら、ひとりでやって!」と、言っていました。
一瞬、彼は怯みましたが、そういうプレイもあり・・・と判断したのか、彼は股間を触りだしました。
「もっと近くにきて、服を脱いでくれ」と頼まれましたが、ボクは2メートルほど離れたところで着衣のまま床に寝転ぶだけにしておきました。
「S」はスルスルとパンツだけ脱いで、下半身だけスッポンポンの裸になりました。
窓からの明かりしかない暗い部屋で「S」の大きな体から、子供の腕ほどの巨大なモノがそそり立っているのが見えました。
ボクには獣が発情しているようにしか感じられず、ただ固まってしまったのです。
しばらくして「S」はボクを見つめながら、果てました。
まさか彼が本当に自分で最後まで「ヤル」とは思わなかったので、ボクは呆然としてしまいましたが・・・「ティッシュもらえる?」と彼に言われて、黙ってティッシュを渡しました。
気まずい空気の中、彼はゴソゴソとパンツを穿き直し、ひと息ついてから「帰ったほうが良いよね」と言いました。
・・・ボクはうなずきながら「ごめんね」と謝っていました。
ボクは、自分が「差別」する人間なんて思ったことなんてありませんでした。
しかし、ボクが「S」の気持ちに応えられなかった理由は、彼が「黒人」というのが理由だったことは否定できません。
黒人の身体的な特徴を、生理的に拒絶してしまったのです。
それは、あまりに今まで接してきた人と身体的に違う彼のことを、自分と同じ人間のように見ることが出来ない・・・というトンデモナイ差別的なことでした。
人種の違いから差別する「人種差別」よりも、ひどいかもしれません・・・人間扱いさえしていないんだから。
差別って良くないというのは理解していても、
差別していると意識していなくても、
ボクは「S」を差別をしていた・・・
彼のことを思い出すたび、あまりにも”小さな自分”と向き合うことになるのです。