ドキュメンタリー映画とファッション業界というのは、よっぽど相性が良いようで、近年次々とファッション界を舞台にしたドキュメンタリーが制作されています。パリのデザイナーがトレンドを作っていたのは昔の話・・・今は消費者(ユーザー)が市場を牽引していますし、一部のファッション業界人だけがサキドリ独占していた”情報”もインターネットの普及により無意味になりつつあります。「ブランド」や「カリスマ」の神話を市場にアピールする手段として、ドキュメンタリーで舞台裏を見せることは、セレブの私生活をゴシップ誌やエンタメ番組で公開するのと同じこと・・・結局のところ”宣伝”なのです。
18歳でモデルとしてデビュー、20代で「ELLE」の編集者・スタイリストに転身、「グッチ」や「イヴ・サンローラン」などのブランドでスタイリストを務め、47歳から10年間フランス版「VOGUE/ヴォーグ」誌の編集長に就任。現在は「VOGUE/ヴォーグ」誌を去り、「ハーパーズ・バザー/Harper'S BAZAAR」誌のグローバル・ファッション・ディレクター(彼女のために作られた役職)を務めるカリーヌ・ロワトフェルド。彼女を知っているのは、ファッション好き(または業界人)に限られるのではないかと思います。業界的にはとてつもない権力を持っていることには違いありませんが、アメリカ版「VOGUE」誌の編集長=アナ・ウィンターのような”カリスマ”編集長として広く認知されているわけではありません。
カリーヌ・ロワトフェルドが業界内で有名になったのは、1990年代にトム・フォードがディレクターを務めていたブランドで展開された「ポルノ・チック」と呼ばれた広告のスタイリストとしてであります。ファッション広告に於いて「セックス」そのものをアピールしたということで、当時、物議となりました。「ポルノ・チック」というコンセプトは、1970年代にヘルムート・ニュートン(写真家)へのオマージュ(パクリ)であることは明白で、革新的なビジョンというよりは、広告戦略的にリメイクされた編集者的なセンスでしかありません。ただ、同じ頃ヨーロッパでは映画監督ラース・フォン・トリアーが女性向けポルノ映画の制作を始めて興行的にも成功していたこともあり、ポルノ表現が”おしゃれ”というムードは存在していました。ファッション広告に時代の空気を大胆に取り入れた・・・と、好意的に解釈することはできます。
本作「マドモアゼルC~ファッションに愛されたミューズ~」は、カリーヌ・ロワトフェルドの過去の経歴を振り返るということはなく、彼女自身の名前のイニシャルを掲げた「CR Fashion Book」創刊する彼女を追う”だけ”です。それ故に、結果的に本編は彼女の新雑誌のプロモーションにしか思えない内容となってしまいました。元雇い主(VOGUE/ヴォーグ誌)が、ファッション関係者に彼女の新雑誌創刊に協力しないしようにプレッシャーを与えたという憶測もあるらしいので、過去の映像は使用出来なかったという経緯もあるのかもしれません。「CR Fashion Book」自体は、普通の商業誌では不可能な贅沢なスタッフを揃えた夢のような雑誌であることは確かです。ただ、それ故に時代を反映しているというよりは、意地悪な見方をすれば・・・業界人の”内輪ウケ狙い”の自己満足とも言える「キレイな”だけ”な写真=まるで広告写真」をまとめた雑誌”だけ”の雑誌とも言えます。
本作は、ファッションエディターとしての”カリスマ性”を際立たせるよりも・・・娘や孫に囲まれる安定した家庭生活(勿論、理解のあるリッチなパートナー!)を持ちながら、世界を駆け巡る華麗なキャリアウーマンの頂点を極めた女性として”アコガレ”の存在として描くというコンセプトは、時代を反映しているのかもしれません。ダイアナ・ヴリーランドのような個性的な”カリスマ”や、アナ・ウィンターのような独裁者のような”カリスマ”は、もう世の中に求められていないのです。本編から垣間みれるのは、さまざまなクリエーターを上手に取り込み、彼らの手腕を生かすカリーヌ・ロワトフェルドの「いいひと」っぷりだったり、59歳になってもピンヒールを履き続けるという”美魔女”まがいの「若さ」アピール・・・背伸びしたら夢見れるぐらいの等身大の”アコガレ”感が、今の時代のファッションエディターにも求められている”資質”かもしれないと、ボクは再認識した次第です。
そう言えば、先日スタートした沢尻エリカ主演の深夜ドラマは「ファースト・クラス」という架空の女性ファッション誌の編集部を舞台にした女同士のマウンティング地獄(!)を描いているのですが・・・ドラマで描かれるであろう個々の事例が、実際の編集室で行なわれているかは別として、確かにファッション業界というのは(日本に限らず)マウンティング活動は盛んな世界です。ボク自身もデザイナーのアシスタントをしていた時には、同僚から裏で意地悪されたり、何気ない日常会話で厭味を言われたり、マウンティング行為をたびたび経験しました。多かれ少なかれ、ファッション業界(デザイナー、プレス、セールス、エディターなどファッションに関わる全ての職業)というのは、個人的な好き嫌いで職場が”天国”か”地獄”か決まったり、たったひとつの言動で「おまえセンスなし!」と判断されたり、見た目の”美醜”によって”優遇”されたり”冷遇”されたりすることが「当たり前」という、一般的な常識を逸した理不尽な世界なのであります。そういう業界で頂点まで上り詰めたカリーヌ・ロワトフェルドという女性の本質は、プロモーションのようなドキュメンタリー映画で明らかにされるなんてことは・・・絶対に「ない」のです!
「マドモアゼルC ファッションに愛されたミューズ」
原題/Mademoiselle C
2013年/フランス
監督 : ファビアン・コンスタン
出演 : カリーヌ・ロワトフェルド、ステファン・ガン、カール・ラガーフェルド、トム・フォード、ドナテラ・ベルサーチ、ダイアン・フォン・ファステンバーグ、アレクサンダー・ワン、ジャン=ポール・ゴルティエ、ジョルジオ・アルマーニ、アルベール・エルバス、ブルース・ウェーバー、リンダ・エバンンジェリスタ
2014年5月9日より日本劇場公開