9・11テロの遺族に対して、ニューヨーク市長のブルームバーク氏が語った言葉が、今でもボクは忘れられません・・・「親を失った子は”孤児”と呼ばれるが、子を失った親を呼ぶ名はない」。ボク自身は人の親になることはおそらくないので、子を失う悲しみを経験することはないのだけれど・・・この言葉はボクの心に深く刻まれたのでありました。
ニコル・キッドマンが自分でプロダクションを立ち上げて最初に選んだプロジェクトが、2006年のピリッツア賞を受賞した戯曲を映画化したのが、この「ラビット・ホール」です。息子を交通事故で失った夫婦とその家族、そして加害者の少年が、傷つきながらも悲しみに向き合っていく過程を描くという・・・ハッキリ言って”テーマ”としては、救いようのないくらい”暗い”のです。プロデューサーとして、この戯曲の映画化を選択し、母親役を演じるニコール・キッドマンの本気(マジ)の女優魂を感じさせられます。また、脇を固めるのは演技派のキャストたちばかり・・・絶妙な台詞と繊細な演技によって、それぞれの人物が抱えている感情が見事に表現されています。胸が締め付けられるような場面の連続で、ボクは映画全編に渡ってずっと涙が止まりませんでした。
監督は「ヘドウィック・アンド・アングリーインチ」と「ショート・バス」のジョン・キャメロン・ミッチェル・・・あまりにも前2作とは違う作風に驚ろかされます。実はジョン・キャメロン・ミッチェル監督は、14歳の時に4歳の弟を亡くしていて、その悲しみから逃れられない家族のなかで育ったそうです。家族は信仰に”癒し”を求め・・・彼自身はアートの世界に”癒し”を求めたそうなのです。未だに家族のからは弟の喪失感は消えていないとうことですが・・・この映画を監督したことが”癒し”にもなったのかもしれません。
観る人によって物語や結末の受け止め方が違う映画ではありますが・・・以下ネタバレを含みます。
4歳の息子を高校生の少年の運転する車に自宅前の道で轢かれて亡くしてしまった夫婦(ニコール・キッドマン、アーロン・エッカート)は、事故から8ヶ月経った今でも、その悲しみから抜け出せないでいます。子供を失った親達の集まるサポートグループに参加しても、他の親の悲しみに憤りを感じてしまうのです。思い出の残った家の売却を考えたり、もうひとり子供を作ろうとしたり・・・出口のない悲しみによって夫婦間のズレは広がるばかり。
妻にはヘロイン中毒で30歳で亡くなった兄がいて、妻の母親(ダイアン・ウィースト)も息子を失った喪失感を感じていることが明らかになります。本来ならば理解し合えるはずの母と娘でありながら、すれ違ってしまう・・・もどかしさ。それでも、同じ経験をした母は、娘に救いの手を差し伸べようと伝えるのです。
「悲しみは消えてなくならないけど・・・そのうちに耐えられるぐらいの重さに変わっていく」
「その重みの下から何とか抜け出せて・・・そしてポケットの中のレンガぐらいになるの」
「一瞬忘れてしまうこともあるけど、ふとしたことでレンガに触れてしまって・・・また思い出してしまう」
「それは辛いことけど・・・息子の替わりにレンガを手にしたということなの」
「だからレンガを持ち歩く・・・それって、それほど酷いことじゃないのよ」
妻は、偶然をよそおって加害者の高校生の少年に近づき、夫には内緒で交流を始めます。少年も”加害者”として苦しみ傷ついていることを理解していくことで、心の再生のきっかけを掴んでいきます。また、夫もサポートグループに参加していた友人の奥さん(サンドラ・オー)との交流により、つかの間の生きる楽しさを見出したりしていくのです。
タイトルの「ラビット・ホール」というのは、加害者の少年が描いているコミックの題名・・・おそらく「不思議の国のアリス」で、アリスの落ちる異なる世界へ繋がった”うさぎの穴”から引用でしょう。彼の描くコミックの「ラビット・ホール」の先には、”別のバージョンの自分”のいるパラレルユニバースがあるという話。そこでは現実と同じ状況下でも違う対応をしている自分が存在するというのです。
お互いに秘密を抱えながら、この夫婦が到達する「救い」というのは・・・この「ラビット・ホール」の先にあるといことなのでしょうか?明るい光の下で人々に心を開き、息子の喪失感と向き合っている”別な自分たちの姿”を想像してみる・・・という。観る人によっては「希望のある着地点」と受け取れるのかもしれません・・・しかし、ボクには「救い」を見出せませんでした。でも、それこそが人生・・・最愛の人を失った悲しみに”ハッピーエンド”はないのです。
生き残った者にとって、いつまでもポケットにレンガを持ち続けるように、喪失感の重みは永遠に消えたりはしないのです。そして・・・その重みさえ誰にも理解されないものなのかもしれません。
「ラビット・ホール」
原題/Rabbit Hole
2010年/アメリカ
監督 : ジョン・キャメロン・ミッチェル
脚本/原作 : デヴィット・リンゼイ=アベアー
出演 : ニコール・キッドマン、アーロン・エッカート、ダイアン・ウィースト、サンドラ・オー
2011年11月5日日本公開