2017/10/22

フランスの新鋭女性監督ジュリア・ディクルノー(Julia Ducournau)による「ジンジャースナップス」的なカニバリズム映画・・・少女の”性の目覚め”と”呪わしい血族”の物語~「RAW〜少女のめざめ〜/Raw(英題)/Grave(仏題)」~


近年、女性の映画監督も増えてきて珍しい存在ではなくなってきたこともあり、わざわざ「女性」という”冠言葉”は不要になっている気がします。しかし、間違いなく「女性」を感じさせる映画作品もあるのです。

フランスの新鋭監督ジュリア・ディクルノー(Julia Ducournau)による長編第一作となる RAW〜少女のめざめ〜/Raw(英題)/Grave(仏題)」は、少女から女性への成長とカニバリズムへの目覚めを、並列に描いていくというホラー(青春?)映画・・・ひとつ違いの姉妹という設定から思い起こされるのが、2000年に制作されたカナダの狼女映画「ジンジャースナップス/Ginger Snaps」であります。


この「ジンジャースナップス」は、日本では劇場未公開ではあったものの、翌年(2001年)にDVDリリース・・・しかし、何故かレンタルショップに並ぶこともなく廃盤となってしまったため、現在は視聴困難。(こういう作品こそネット配信して欲しい!)ただ「ジンジャースナップス」はシリーズ化され、2004年には続編となる第2作目と外伝的な第3作目が製作されています。しかし、日本では第3作目の「ウルフマン/Ginger Snaps Back: The Begining」がDVDリリース後に「ウルフマン」の続編かのように第2作目の「ウルフマン・リターンズ/Giger Snaps 2: Unleashed」がDVDリリースされたものですから、少々ややこしいことになってしまっているのです。

16歳で初潮を迎えた(かなり遅め?)ジンジャーは、ひとつ違いの妹ブリジットと自殺死体を演じて写真を撮るのが趣味という仲良し姉妹・・・「大人の女性になること」は拒否しているところもあり、学校ではイジメの対象にされているゴスロリ系のオタクです。ある夜、謎の獣に襲われたジンジャーは、治療しなくても時間が経つと自然に傷が癒えたり、傷口から剛毛が生えてきたりと、明らかに初潮とは関係のない変化が現れるのですが・・・それと同時に、急に女性らしくなりオタク系からセクシー系に変貌していきます。監督は男性ではありますが、脚本を担当したのはカレン・ウォルトンという女性なのですが、生理で血まみれになったパンティや足元にボトボトと垂れる血の描写などは「女性ならでは」と感じてしまうのです。


ジンジャーを襲った獣の姿はハッキリとした姿も分からならないのですが(低予算映画だから?)、狼に似た獣だったようで狼男ならぬ”狼女”へ変化していく過程と少女が女性へと変化していく第二次性徴期と重ねて描かれていくわけであります。狼女に変貌していく姉のジンジャーに、それを抑制するワクチンを打って何とか助けようとする「姉妹愛」の物語ともとらえられるのですが・・・みどころはオタク少女だったジンジャーが、狼女へと変貌していくにつれて、それまで拒否していた大人の女性(それも魔性のヤリマン!)へとなっていく過程かもしれません。


ネタバレになりますが・・・最後には少女どころか女性の姿ではないバケモノにジンジャーがなってしまうところは、デヴィット・クローネンバーグ監督の「ザ・フライ」を彷彿させます。「ジンジャー・スナップス」の後日談である「ウルフマン・リターンズ」では、ブリジットが狼女への変貌していくのではないかと怯える姿が・・・そして、外伝的な「ウルフマン」では、この姉妹の逃れられない因縁が時代を遡って描かれます。大人の女性へと成長する過程(第二次性徴期)と、ある種のモンスター化が並列している描くという視点から、ジュリア・ディクルノー監督が「ジンジャースナップス」を意識していたのかは分かりませんが・・・「RAW〜少女のめざめ〜」には「ジンジャースナップス」以外にも過去の映画作品(主にホラー映画)へのオマージュがあるのです。


「RAW〜少女のめざめ〜」の主人公のジャスティン(ギャランス・マリリエ)は気弱な少女・・・厳格なベジタリアンとして育てられてきた彼女は、父(ローレン・リュカ)と母(ジョナ・プレシス)から少々過保護に育てられてきたようで、誤ってマッシュポテトの中にウインナーが入っていたことをレストランで強く抗議してくれるのも母親だったりします。両親が卒業した獣医大学には、既にひとつ年上の姉アレクサ(エラ・ランプ)が通っており、ジャスティンも実家を離れて大学の学生寮に入ることとなるのです。

学生寮での初めての夜、覆面姿の上級生がいきなり部屋にと突入してきて、部屋から追い出されてしまいます。ルームメイトに女子を希望していたにも関わらず、ジャスティンのルームメイトとなったのは、性的に奔放なゲイ男子のエイドリアン(ラバー・ナイ・オフェラ)・・・そんなことに戸惑っている間もなく、新入生歓迎の洗礼儀式が始まります。蛍光灯だけの暗い外廊下を、四つん這いで移動させられる様子は、ピエロ・パオロ・パゾリーニ監督の「ソドムの市」のワンシーン(若者達が肛門チェックのために集められる場面)を彷彿とさせます。ただ、目的地に着いてみれば学生達が踊りまくる歓迎パーティーではあったのですが・・・。


新入生たちに上級生たちからの洗礼は続きます。真新しい白衣を着た新入生たちは、頭の上から動物の血を浴びせられるのです。コレは言うまでもなく、ブライアン・デ・パルマ監督の「キャリー」の有名なシーンを連想させます。先輩から後輩への”イジメ”がフランスにもあったんだと驚いてしまいましたが、アメリカの大学でも新入生への洗礼儀式があったりするので、世界的には珍しいことではないのかもしれません。そう考えると・・・無理に飲酒させるような飲み会などなくなった日本の大学というのは、随分と優しいと思えてしまいます。


血を浴びせられた後、新入生たちは列に並ばされてウサギの肝臓を”生”で食べることを強いられることになるのですが、ベジタリアンのジャスティンにとって動物の内蔵(それも生!)を食べるなんてアリエナイ事・・・しかし、同じく厳格なベジタリアンとして育てられたはずの姉のアレクサは平然と食べてしまいます。さらに「食べた方があなたにも良いんだから」と、ジャスティンの口に生肝臓を押し込んで食べさせてしまうのです。

奇妙なのが・・・血だらけのままシャワーさえ浴びずに、その後、新入生たちがランチしたり、授業でテストをしたりしているところ。主人公が学校に入学してみると妙なしきたりがあったりとか、不吉なムードを漂わせるところは、ダリオ・アルジェント監督の「サスペリア」を思い起こさせます。

生肝臓を食べた夜、ジョスティンにはアレルギー反応が現れるのですが、翌日には”かさぶた”になって、まさにジャスティンは”ひと皮”剥けてしまうわけです。気付くと”肉”を食べたい衝動にかられてしまうジャスティン・・・カフェテリアでハンバーグを万引きしてしまったり、ルームメイトと肉入りのサンドウィッチを食べに出かけたり、夜中に冷蔵庫に入っている生のチキンをこっそり食ったり・・・挙げ句の果てには、自分の髪の毛を食べた毛玉を吐き出したりします。この時期の少女の摂食障害とも重なるような描写です。

ここからネタバレを含みます。


ある晩、自分の変化に悩むジャスティンは姉アレクサの部屋と訪ねるのですが・・・そこで「ブラジリアンワックスやってないなんてありな~い」ということになり、早速ビキニラインのお手入れをすることになるのです。お股のクロースアップ(ムダ毛までありありと!)の脱毛シーンの生々しさは、やはり(?)女性監督ならではかもしれません。


ワックスが剥がれないので、ハサミで毛を切ろうとするアレクサを、ジャスティンが足で蹴ったところ・・・誤ってアレクサは中指を切り落としてしまいます。切り落とされた指先は、そっくり見つかったものの、救急員が到着するまでの間・・・何故かジャスティンは、その指を食べたい衝動にかられて、まるで手羽先を食べるかのように姉の指先の肉に食らいついてしまうのです。ジャスティンの中で、カニバリズムのスイッチが入った瞬間であります。


退院後、アレクサはジャスティンを人気のない並木道沿いへ連れて行きます。すると、アレクサは急に走行中の車の前に飛び出すのです。避けようとした車は路側の木に激突・・・運転手は血だらけでほぼ即死状態となってしまいます。そういえば・・・本作の冒頭のシーンは同じような場面だったのですが、ここでやっと”その意味”が分かるわけです。実はアレクサもカニバリズムの嗜好を持っていて、このように自動車事故を起こしては、死にたての運転手の肉を食べて欲求を満たしていたということ・・・それを、わざわざ実践してジャスティンに教えたのであります。


次第に、カニバリズムの欲求を自覚していくジャスティン・・・その矛先は、ルームメイトのエイドリアンに向けられます。垢抜けなかったジャスティンは、化粧も、着る服も、態度も、聞く音楽の趣味も、急にセクシーになっていき、性欲にも目覚めるという展開は「ジンジャースナップス」を思い起こさずにはいられません。

ジャスティンが就寝中、シーツの中で何者かに襲われる妄想に囚われる姿は、まるでウェス・クレイヴン監督の「エルム街の悪夢」のワンシーンのようですし・・・寮の一室で行なわれているパーティーでは、青や黄色のペンキをぶっかけ合って騒いでいるのですが、これはジャン=リュク・ゴダールの「気狂いピエロ」を思い起こさせます。このように「ロウ」には、様々な映画のオマージュとも思えるシーンがあるのです。


パーティーで知り合った男子学生の唇を思わず噛み切ってしまったジャスティンは、もうカニバリズム欲=性欲を抑えられません。部屋に戻ると、ゲイのルームメイトのエイドリアンにのしかかって、ヤリ始めるのですから・・・。性的興奮が高まってくるとカニバリズム欲も高まるようです。何とか自分の腕に噛み付いて我慢するものの、明らかにモンスター化しています。


肉体関係をもったことで、エイドリアンを男性としても、獲物としても(?)ロックオンしたジャスティン・・・しかし、ゲイのエイドリアンにとっては、一夜限りのハプニングでしかありません。まだまだ”女の子”の一面のあるジャスティンは傷つき荒れて、パーティーで泥酔してしまうのですが・・・そんな妹をアレクサは(死体を使って!)からかうのです。それを知ったジャスティンはアレクサに掴み掛かり、お互いを(まさに)噛みつき合う大喧嘩になってしまいます。

翌早朝、新入生を集合させるためのサイレンで目が覚めたジャスティン・・・ベットの横にはルームメイトのエイドリアンが寝ています。しかし、掛け布団をはがすとエイドリアンは息途絶えていて、太ももを噛みちぎられていているのです。もしかして、自分が襲ってしまったのではと、不安になるジャスティン。実は、就寝中にアレクサによって、エイドリアンは食べられていたのです。カニバリズム欲を満たして呆然としているアレクサ・・・そんな姉を責めきれないのは、二人が共有する哀しきカニバリズムの宿命をジャスティンが理解したからなのでしょうか?


当然のことながら、アレクサは逮捕されて勾留されます。実家へ戻ったジャスティンは、再び厳格なベジタリアンの生活に母親から強いられるのですが・・・そこで、カニバリズムは母親からの遺伝であることを、父親の”ある行動”で知らされることになるのです。「ジンジャースナップス」だと思っていたら・・・なんと”オチ”は「肉」(2013年のカニバリズム映画)だったのであります!


本作はホラー映画にジャンル分けされる作品ですし、多少ゴアっぽい描写もあります。しかし「ジンジャースナップス」がそうであったように、作品の印象は少女の心を丁寧に描写していくカミング・オブ・エイジの青春映画でもあるのです。そして「カニバリズムの目覚め」と「大人への成長」を同列で語ることにより、誰もが通り過ぎた危うい十代を思い出させるかもしれません。


RAW〜少女のめざめ〜
原題/Grave
2017年/フランス、ベルギー
監督 : ジュリア・ディクルノー
出演 : ギャランス・マリリエ、エラ・ランプ、ラバー・ナイ・オフェラ、ローレン・リュカ、ジョナ・プレシス
2017年6月25日フランス映画祭2017にて上映
2018年2月2日より日本劇場公開


「ジンジャースナップス」
原題/Ginger Snaps
2000年/カナダ
監督 : ジョン・フォーセット
脚本 : カレン・ウォルトン
出演 : エミリー・パーキンズ、キャサリン・イザベル、クリス・レムシュ、ミミ・ロジャース、ジェシー・モス
日本劇場未公開/2001年7月25日、日本版DVDリリース



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