2009年のカンヌ映画祭の”ある視点”部門で最高賞を受賞した「籠の中の乙女/Dogtooth」以来「ギリシャの新しい波」の中心人物として活躍するヨルゴス・ランティモス監督最新作は、初の英語作品となるのが本作「ロブスター/The Lobster」・・・2015年のカンヌ映画祭で審査員賞を受賞しています。
「籠の中の乙女」の次につくられた「アルプス(原題)/Alps」は、日本で未公開でDVD発売もされず、このまま「ギリシャの新しい波」はスルーされてしまうのか?と思っていたところ・・・コリン・ファレル、レイチェル・ワイズ、レア・セドゥが出演していることもあり、日本での劇場公開もされます。デビュー長編作品「キネッタ(原題)/Kinnetta」も含めて、ヨルゴス・ランティモス監督の全貌が明らかになる日も近いかもしれません。
”奇妙”としか表現しようのない「ギリシャの新しい波」と呼ばれる作品群・・・「ロブスター」は「SF恋愛映画」というジャンルに区分されているようです。考えてみれば、ヨルゴス・ランティモス監督の作品は、全て”SF”といえるのかもしれませんが。本作は物語の”起承転結”もあり、取っ付きやすくはなっています。ただ、一切の予備知識なしだと不思議モード全開の”奇妙な設定”には面食らいそうです。
独身でいることが”罪”である世界の物語・・・独身者は大きなホテルのような矯正施設に送り込まれて、45日でパートナーを見つけなければいけません。もし、期間中に相手を見つけられなかったら、動物に変えられてしまう(どんな動物になるかは選択できる)のです。デヴィット(コリン・ファレル)は独り身になり、ホテルのような矯正施設に送られてきます。彼が連れているのは、パートナーを見つけることができなくて犬に変えられてしまった”兄”・・・本作のタイトルは、デヴィットの希望する動物が、長生きするという理由で”ロブスター”であることからだったりします。
足の悪い男(ベン・ウィショー)と滑舌の悪い男(ジョン・C・ライリー)と、情報交換しながらデヴィットはパートナー探しに励みます。(ちなみに本作ではデヴィット以外に”名前”はなし)施設内には、食堂、プール、ジャグジーバス、ダンスホール、集会場などがあり・・・食堂で相手を物色し、プールやジャグジーバスで話して、ダンスホールでダンスに誘って、カップルとなるというシステムになっているようです。集会場では、独身でいることがデメリットで、結婚してパートナーがいることがメリットであるような”寸劇”が演じられたり、新しくカップルとなったメンバーが発表されたりしています。このような組織的な”婚活”というのは、少子化や未婚率の問題がある自治体(テレビ番組とか)で既に行なわれていることだったりするので、現実から遠からずかもしれません。
ただ、この矯正施設には厳格規則があり・・・自慰行為は禁止。入居時に男性は、右手が動かせないように手錠をかけられてたりすることもあるようです。自慰行為が見つかった場合には、指をトースターで焼くという”罰”が与えられます。男性入居者には、メイド(アリアーヌ・ラベド)による”お尻グリグリ”(男性の股間にお尻を押し付けて動かす)による寸止めが日課のようで・・・性欲を溜めてさせて、早くパートナーを見つけるように仕向けているかのようです。パートナーを見つけて結婚した暁には、市民生活が送ることのできる近代的な”街”へ住むことが許されというわけであります。
夜になると入居者は森へ”狩り”へ出かけるのですが・・・狩るのは動物ではなく、施設から逃げ出した”独身者”たち。捕まった”独身者”は、誰もなりたがらない動物へと変えられてしまう”罰”が待っています。狩りをする入居者は、独身者を一人狩るごとにタイムリミットを1日延長できることができるのです。足の悪い男は、鼻血の女(ジェシカ・バーデン)の前で、自分も鼻血が出るとアプローチして、見事にカップルとなります。強引にデヴィットをエッチに誘ってくるビスケットの女(アシュレー・ジャンセン)は、もしもパートナーを見つけることができなければ、窓から飛び降り自殺すると語り、本当に自殺してしまうのです。
デヴィットは、ジャグジーバスで一緒になった冷酷な女(アンゲリキ・パプーリァ)と”あること”で意気投合・・・デヴィットもカップル部屋に移ることとなります。二人の性行為は極めて義務的。ある朝、デヴィットの”兄”である犬を、冷酷な女は惨殺・・・それでもカップル解消したくないデヴィットは平静を装うのですが、自分を偽った態度は厳罰に値すると冷酷な女は訴え始めるのです。そこで、デヴィットはメイドの助けを借りて(何故、彼女がデヴィットに協力的なのかは謎ですが)冷酷な女を動物に変えてしまいます。矯正施設から脱出したデヴィットは、森にいる”独身者たち”と合流するのです。
独身者のリーダー(レア・セドゥ)により組織されている森の”独身者たち”・・・武装化しており、男女の恋愛関係を禁止する厳格なルールがあります。男女間の思わせぶりな会話さえもダメで、キスをした者は唇を切り裂かれるという”罰”が待っているのです。エッチしてしまったならば、どんな”罰”が待っているか想像するだけで恐ろしくなります。そんな”罰”があるにも関わらず・・・デヴィットは”独身者たち”のメンバーの一人である近視の女(レイチェル・ワイズ)と、一目惚れの両思いで、あっさりと恋に落ちてしまうのです。
ここから「ロブスター」のネタバレを含みます。
仲間から気付かれないようにするために、二人だけの秘密のジェスチャーをつくってコミュニケーションを取ようになるデヴィットと近眼の女・・・時たま、物資調達のために”夫婦”を装おって”街”へ出かける際は、おおっぴらにイチャつく絶好の機会となります。ただ、訪問したリーダーの両親の前でも濃厚なキスをし続ける二人に、リーダーは気付いてしまうのです。
矯正施設に乗り込みマネージャー夫婦を拉致して夫に自分自身か妻の命かの選択を迫ってたり、足の悪い男と鼻血の女の暮らす家を訪ねて嘘を暴露したりと、夫婦関係を崩壊させるようなテロ行為(?)を行なう”独身者たち”・・・そんな中、近眼の女の日記からデヴィットの恋愛関係を確認したリーダーは、ルールを破った”罰”として、近眼の女に近視矯正手術だと偽って、全盲にしてしまいます。
近視の女は聴覚と臭覚を敏感にすることで視覚を補おうとするのですが、デヴィットからキスされることを拒むようになります。デヴィットは近眼の女と”街”へ逃げることを決意・・・独身者のリーダーを縛って穴に放置、犬に襲わせて殺させるのです。”街”のレストランまで逃げてきたデヴィットと近眼の女・・・彼女をじっくりと見つめた後、デヴィットは全盲になるためにトイレで自らの目にナイフを刺そうとする・・・そこで本作は終わります。
「春琴抄」のような”オチ”に愕然。そもそも特異な設定の上に、登場人物たちの行動も理にかなっているわけではいないので、共感や理解の枠を超えているのかもしれません。さまざま散りばめられた比喩の意味を考えるのは観客次第・・・ヨルゴス・ランティモス監督らしい「言葉の入れ替え」や「意味の記号化」のセンスを楽しむのが良いようです。何故か日本版のポスターは出演者の写真を並べただけの凡庸なデザインとなっていますが、オリジナルの白い影と抱き合うポスターの方が、本作の虚無な雰囲気を表現しているような気がします。
コリン・ファレルは本作の役作りのために、ピッツァ、チーズバーガー、チョコレートケーキ、アイスクリーム(ハーゲンダッツ!)を食いまくって8週間で40ポンド(約18キロ)増量したそうで・・・ハリウッド映画の主役を張っていた二枚目スターの面影もないと嘆くファンもいるかと思われます。ボク個人的には「萌え~」ですが。残念なことに(?)カンヌ映画祭でのプレミア上映(2015年5月15日)の時には、すでに元の体型に戻っておりました・・・(ガックリ)。
「ロブスター」
原題/The Lobster
2015年/ギリシャ、フランス、アイルランド、オランダ、イギリス、アメリカ
監督&脚本 : ヨルゴス・ランティモス
出演 : コリン・ファレル、レイチェル・ワイズ、ジェシカ・バーデン、オリビア・コールマン、アシュレー・ジャンセン、アリアーヌ・ラベド、アンゲリキ・パプーリァ、ジョン・C・ライリー、レア・セドゥ、マイケル・スマイリー、ベン・ウィンショー