1939年はハリウッド映画史の中でも傑作揃いの年とされています。しかし、1941年12月8日の真珠湾奇襲により日本とアメリカは戦争に突入・・・敵国であるアメリカ映画が日本で公開されることは少なくなり(「駅馬車」「スミス都へ行く」などは公開)、戦後になって劇場公開されたのです。ベティ・デイヴィスの「愛の勝利」(1948年)、グレタ・ガルボの「ニノチカ」(1949年)、ローレンス・オリヴィエの「嵐が丘」(1950年)などの後、ようやく「風と共に去りぬ」(1952年)や「オズの魔法使い」(1954年)が劇場公開されたのですが、1939年のアカデミー主演男優賞受賞作品の「チップス先生さよなら」は劇場未公開で、2004年になってやっとDVDリリースされただけ・・・そして「女たち/The Women」に至っては、劇場未公開(アテネフランセで上映されたことがあるらしい)というだけでなく、いまだにビデオもDVDも日本では発売されていません。
ヒット舞台劇を映画化した「女たち/The Women」は、登場人物が女性だけで画面には男性の姿は勿論、男性の台詞さえ一切ありません。出演者が女性だけというのは、舞台劇としては”ありそうな”ギミックですが、映画としては奇抜です。ただ、登場人物である女性たちが話すことは”男性”(夫のこと)のことばかり・・・女性しか登場しない”女性映画”でありながら、男性についての映画であることが、本作の”ミソ”なのであります。ハリウッド黄金期のオネェ監督の代表格(?)ジョージ・キューカーのMGM看板女優たちの個性を生かした巧みな演出と、F・スコット・フィッツジェラルド(クレジットなし)も関わったといわれている皮肉と厭味に満ちた女同士で交わされるマシンガントークの脚本により、今なお「おキャンプ映画」としてゲイに愛され続けているのです。
本作に登場する女性たちは、社会的に成功した配偶者をもつニューヨーク上流階級に属する夫人たちであります。主人公のメアリー・ヘインズを演じるのは、MGMのプロデューサーであったアーヴィン・タルバーグの妻であり、サイレント映画時代からMGMのスター女優であったノーマ・シアラー・・・本作が制作された時にはタルバーグは亡くなっていましたが、彼女が”貞淑な妻”であり”優しい母親”という観客には受けのいい”主役”を演じたというのは、まだまだMGM社内では大きな力を持っていたからかもしれません。
メアリーから夫を奪う愛人クリスタル・アレンを演じるのはジョーン・クロフォード・・・エキストラ時代にノーマ・シアラーの”ボディダブル”で銀幕デビューをしているという”因縁”のある二大女優が「貞淑な夫人」と「夫を奪う愛人」を演じるているのです。1930年代、ジョーン・クロフォードはノーマ・シアラーを超えるほどのMGMのスター女優と成り上がったのですが・・・1938年には”ボックス・オフィス・ポイズン”(映画館オーナーたちへのアンケートによって知名度やギャラのわりに興行成績の悪いスター)としてリストアップされて、キャリアに暗雲が立ち込み始めていた時期であります。
ちなみに、ジョーン・クロフォードと共に”ボックス・オフィス・ポイズン”として名前が挙げられていたのは、グレタ・ガルボ、マレーネ・デートリッヒ、メイ・ウェスト、キャサリーン・ヘップバーン、フレッド・アステアなど・・・逆にギャラのわりに興行成績の良いスターとしては、シャーリー・テンプル、クラーク・ゲーブル、ゲーリー・クーパー、ベティ・デイヴィス、ウィリアム・パウェル、スペンサー・ロトレイシー、ケリー・グランド、キャロル・ランバート、ジーン・アーサーなどで、いずれにしても蒼々たるハリウッドスターであることには変わりはないので、名前が挙げられた自体、スター俳優である証明だったのかもしれません。
マンハッタンの高級エステサロンには、今日も上流階級の女性たちで混雑しており、当然のように噂話に盛り上がっています。シルビア・フォウワー(ロザリンド・ラッセル)は、ネイリストから従姉でありメアリー(ノーマ・シアラー)の夫であるウィリアム・ヘインズが香水売り場の売り子のクリスタル・アレン(ジョーン・クロフォード)という女性と浮気をしているというゴシップを聞きつけます。噂はあっという間に広がり・・・メアリー自身もネイリストからゴシップを聞かされるという羽目になるのですが、噂が収まるのことを期待して、母親(ルーシー・ワトソン)と共にバミューダへバケーションに出かけるのです。ただ、ゴシップ好きのシルビアやイーディス(フィリス・ポヴァー)が、女性レポーターに話したことによって、一大スキャンダルとなってしまいます。
慌ててニューヨークに戻ってきたメアリーは、引き止める夫を許すことが出来ず、離婚を決意してネバタ州リノ(1920年代後半頃から離婚手続きの簡素化によって観光地となった小さな町)へ旅立ちます。道中、デ・ラヴィ伯爵夫人(メアリー・ポーランド)、ミリアム・アロンズ(ポートレット・ゴダート)、ペギー・デイ(ジョーン・フォンティン)らと合流・・・ルーシーおばさん(マージョリー・メイン)が世話係を務める牧場(離婚手続きを待つ女性の宿泊先)に落ち着きます。
そこでも、伯爵夫人はバック・ウィンストンという若いカウボーイと浮き名を流しているとか、ミリアムはシルビアの夫と浮気していて再婚する予定だとか、交わされる会話は男性のことばかり。妊娠したことを夫に伝えたことにより、離婚を回避できたペギーがいるかと思えば、新たに離婚を宣言されたシルビアが牧場に到着・・・別れたばかりの夫の再婚相手であるミリアムとは、取っ組み合いの喧嘩になってしまいます。喧嘩を仲介してもらったミリアムは、実は離婚したくないメアリーの本心を見抜きます。プライドは捨てるようにアドバイスするのですが、離婚が成立するかいなかの時、メアリーはウィリアム・ヘインズから電話で、彼がクリスタルと再婚することを伝えられるのです。離婚手続きを完了して、すぐに再婚!・・・と思ってしまいますが、今よりも貞操観念が厳しかった時代には、社会的地位の高い男性(金持ち)の責任の取り方としては、一般的だったのかもしれません。
それから2年後・・・伯爵夫人とバック・ウィンストンは結婚2年目を迎えて、メアリーはパーティーを開いてお祝いをします。バック・ウィンストンは有名な”ラジオスター”になっているのですが・・・それは、伯爵夫人の経済的なバックアップ(ラジオ局を買収)があるからこそ。実は、バック・ウィンストンは、今ではウィリアム・ヘインズ夫人となっているクリスタルと浮気をしているのです。浴槽に電話を持ち込んでいるクリスタルの行動から、今ではクリスタルと親友となっているシルビアも気付いている様子・・・ただ、この秘密は、とりあえずはシルビアの胸中にしまっておくことにします。パーティーの後、娘から元夫のウィリアム・ヘインズがクリスタルと再婚してから幸せではないこと、そしてクリスタルがバック・ウィンストンと浮気をしていることを聞いたメアリーは、元夫を取り戻すことを決意してナイトクラブへ乗り込むのです!
ナイトクラブのレディズルームでシルビアからクリスタルとバック・ウィンストンの不倫を確認したメアリーは、ゴシップコラムニストに密告・・・そこに現れたクリスタル本人にもスキャンダルをつきつけますが、そもそも玉の輿願望の強いクリスタルにとっては、ウィリアム・ヘインズからバック・ウィンストンに乗り換えるだけの話・・・ウィリアム.ヘインズ夫人の座なんてメアリーに返してやると、どこ吹く風です。しかし、スキャンダルを知った伯爵夫人は、買収したラジオ局から解雇させており、バック・ウィンストンは今や一文無し・・・それを知ったクリスタルは「また香水売り場に戻るだけ」と強がります。そして、本作で最も有名な台詞を放つのです!性格の悪い女性を表す汚いあの言葉・・・「ビッチ(めす犬)/Bitch」です!
And by the way, there's name for your ladies, but it isn't used in high society--outside of a kennel.
ところで、アナタ達のような女性を指す言葉があるのだけど、上流階級では使われないわね・・・犬小屋の外だから!
メアリーが元夫の姿をナイトクラブで見つけて、両手を広げて近づくところで本作は終わります。その顔には、元夫を取り戻したという勝利の微笑みがあるのです。当然のことながら・・・元夫であるウィリアム・ヘインズの姿は、最後の最後まで一切画面には登場しません。
女性の社会的な立場は弱いといっても・・実際、世の中は女性によって操られているところはあるのかもしれません。男女の社会的な立場やルールがハッキリしていた時代だからこそ、成立した物語なのかもしれませんが・・・男女平等が唱えられる現在でも、女性が影で男性を操っている夫婦の方が幸せそうに見えたりするものです。
本作が多くのゲイから「おキャンプ映画」として愛される理由は・・・本作で描かれている女性同士の”やりとり”が、オネェ同士そのものだからでしょう。オネェに分類されるゲイは、防衛手段のひとつとして「言われる前に言い負かす!」であります。言葉での喧嘩には(男同士のような殴り合いをまったくしないわけではありませんが)ヒジョーに好戦的なのです。オネェタレントが毒舌を売りにするのも、こういう資質に由来するのでしょう。皮肉っぽい比喩や、相手を貶めるようなジョークという”笑い”によって牽制し合うわけですが・・・その根底には虚栄心やコンプレックスが見え隠れするものです。
そんな「オネェ」心理は、金持ち男と結婚することで上流階級に属している女性と、どこか似通っていることを本作の制作者たちは見抜いていたのかもしれません。金持ちの男、社会的地位の高い男、成功している男というのは、おおむね女性蔑視的な考え方を持っていたり、我が儘で傲慢な人物ということが多かったりするわけで・・・そんな男と結婚することで、上流階級の夫人という立場を手に入れた女性が感じる”ストレス”というのは、女性の心で恋愛対象する”オネェ”が感じる”ストレス”と、結構似通っているところがあるのかもしれません。本作は、1930年代の上流階級の女性を描きながら・・・実は(現在でも変わらない)女を”策士”へと変貌させる、男の傲慢さやズルさを間接的に描いているように思えるのです。
本作は1956年にミュージカルとして”再映画化”、2008年に現代版が”再々映画化”されているのですが・・・1939年のオリジナルとは、本質的に違う作品になっています。1956年の「ジ・オポジット・セックス(原題)/The Opposite Sex」=(異性の意味)は、男性の登場人物も普通に画面に登場するミュージカル映画。夫を奪われる貞淑な妻をヘチャ顔のジューン・アリソン、夫を奪う愛人が若き日のジョーン・コリンズというステレオタイプのキャスティングで、男女の恋愛ゲームのドタバタ劇は紋切り型から脱することはなく、ハリウッド製の洒落た(?)ミュージカルコメディ映画としてまとめられています。
2008年の「明日の私に着がえたら/The Women」は、ニューヨークの街中でのロケーションもあるにも関わらず、オリジナルへのオマージュとして画面映るのは女性だけということに(不自然なくらい)徹底的にこだわっています。登場人物の設定は1939年の「女たち」を引き継いでいるところも多いのですが・・・時代の変化を反映して「セックス・アンド・ザ・シティ」を意識したような”女性同士の友情を賛美する”バディムービー”となっていていて、オリジナルとは、ある意味・・・真逆(?)のような映画となっています。
何故かエンディングは女友達の出産の場面で、唯一画面に登場する男性が生まれたばかりの赤ん坊というオチになっています。(男の子を授かるまで生み続けるつもりという伏線はあるけど・・・)主演にメグ・ライアン、準主役にアネット・ベニング、脇を固めたのはベット・ミドラー、キャンディス・バーゲン、キャリー・フィッシャーという大御所、芸達者なコメディアンヌのデブラ・メッシング、ジェイダ・ピンケット=スミス、クロリス・リーチマンらを集めたにもかかわらず、興行的にも評価も振るわなかった作品で、1939年のオリジナル版のスゴさを改めて認識させることとなったのです。
ジョーン・クロフォードは、1930年代には基本的に主演しかしないスター女優でしたが・・・あえて脇役の”悪女”を演じた本作「女たち」での演技により”ボックス・オフィス・ポイズン”の汚名を脱して、1940年代以降も”第一線”で活躍する足がかりとします。ジョーン・クロフォードが、その後のトレードマークとなるような”ジョーン・クロフォード”らしい役柄を初めて(?)演じた本作は、すべてのジョーン・クロフォードのファンが観るべき一作なのです!日本語字幕なしだとハードルの高い作品なので、とりあえずはTSUTAYAの「復刻シネマライブラリー」(オンデマンドDVD)あたりでDVDリリースしてもらえたら・・・なんて思ってしまいます。
「女たち」
原題/The Women
1939年/アメリカ
監督 : ジョージ・キューカー
出演 : ノーマ・シアラー、ジョーン・クロフォード、ロザリンド・ラッセル、メアリー・ポーランド、ポートレット・ゴダート、ジョーン・フォンティン、ルーシー・ワトソン、フィリス・ポヴァー、マージョリー・メイン
日本劇場未公開
「ジ・オポジット・セックス(原題)」
原題/The Opposite Sex
1956年/アメリカ
監督 : デヴィット・ミラー
出演 : ジューン・アリソン、ジョーン・コリンズ、ドロレス・グレイ、アン・シャリドン、アン・ミラー、レスリー・ニールセン、アグネス・モアヘッド
日本劇場未公開
「明日の私に着がえたら」
原題/The Women
2008年/アメリカ
監督 : ダイアン・イングリッシュ
出演 : メグ・ライアン、アネット・ベニング、エヴァ・メンデス、デブラ・メッシング、ジェイダ・ピンケット=スミス、ベット・ミドラー、キャンディス・バーゲン、キャリー・フィッシャー、クロリス・リーチマン、デビ・メイザー
日本劇場未公開、2010年DVDリリース