犯罪者の心理には人一倍興味があるのですが、犯罪の現場を目にした経験は一度しかありません。
クッキー屋さんでアルバイトをしていた時、一緒に働いていた聾唖の女性が売り上げを小さな金庫から札束を盗んでいる様子を目撃したことがありました。
自分自身が盗みを働いているわけではないのに、口が渇いて、心臓がバクバクしてきて、足が震えたことを覚えています。
中村文則氏の「掏摸(スリ)」は、丹念に書かれた主人公の犯罪者心理に、不快感さえ感じる小説でした。
主人公には「スリ」としてのルールがあって、どうターゲットを決めて、どうアプローチするのか、どの指をどう使って盗むのか、盗んだ後どうするのか・・・という細かなディテールは、まるで「スリの教本」のようです。
犯罪者としては勿論のこと、人間的には好きになれない性格の主人公ではあるのですが、不幸な環境の”子供”(名前はない)を救おうとする姿勢が、唯一人間らしさを感じさる「救い」になっています。
この”子供”は、売春を生活の糧にしている母親からは万引きを強要され、客になる男たちからは暴力を受けているというトンデモナイ不幸な状況なのです。
しかし、お涙頂戴の子供らしい健気さを感じさせないほど、この”子供”は淡々と生きています。
主人公がどうしてそこまで、この”子供”を救おうとするのかは分かりません。上手に万引き(盗み)が出来ないならば「盗みはやめておけ」という”先輩犯罪者”としてのアドバイスもあったりします。
本能的にスリとして生きるしかない自分自身を潜在的には否定しているのかもしれません。
スリ仲間と強盗の手伝いをしたことをきっかけに、”悪の化身”のような男から、主人公は命がけの3つの仕事を依頼されます。
失敗すれば自分の、逃げれば”子供”の、命が奪われると脅迫されて、不可能と思われた仕事をやり遂げます。
しかし、不条理にも主人公は制裁を受けてしまうのです。そして、最後の最後に彼は「スリの本能」によって救われるのです。
この世には、どうしようもない悪があって、どうしようもない人生があって、僕の知っている正義なんて意味をなさない・・・「悪」は「悪」なりの理屈で救われるのかもしれません。
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