佐川一政がパリ人肉事件を起こしたのは1981年6月11日(ボクがニューヨーク留学する3ヶ月ほど前)・・・週刊誌やワイドショーで大騒ぎをしていたことは記憶しているのですが、発生直後には事件の詳細まで報道されていたという記憶はあまりありません。同年9月15日にアメリカへ移住したボクにとって、パリ人肉事件について詳しく知る機会は、それほどなかったのです。
1980年代、インターネットも日本語テレビ放送も限られていたので、アメリカに住んでいると日本国内で報道を肌で感じる機会はありませんでした。週刊誌や書籍などは、航空便で2週間後(定価の4倍ほどで販売)か、船便で2ヶ月後(低下の2倍ほどで販売)しかなかったので、貧乏留学生だったボクが手に入れることもなかったのです。それでも、1982年に唐十郎が芥川賞を受賞した「佐川君からの手紙」も、1984年に佐川一政自身が書いた「霧の中」も、航空便が日本語書店に並ぶと購入して読んでいたのですから、この事件についてボクは特に強い関心があったのだと思います。
その後、宮崎勤の猟奇事件をきっかけに、佐川一政がマスコミの寵児となっていく頃(1989年~)は、ボクは自分のニューヨークでの生活に精一杯で、日本で起こっていることに関心は薄れており、佐川一政のマスコミでの活躍(?)を知ることはなかったのです。佐川一政に関する書籍(本人が執筆に関わったものを含め)は両手に余るほどあったりします。近年になり、以前出版された佐川一政関連の書籍などを入手して、事件の詳細や佐川一政の活動を知れば知るほど・・・不快感に襲われつつも”佐川一政”への興味を抑えられないの自分もいるのです。
佐川一政の著作は共著も含めて・・・「霧の中」「生きていてすみません 僕が本を書く理由」「サンテ」「カニバリズム幻想」「蜃気楼」「喰べられたい 確信犯の肖像」「華のパリ 愛のパリ 佐川君のパリ・ガイド」「狂気にあらず!?『パリ人肉事件』佐川一政の精神鑑定(コリン・ウィルソン/天野哲夫共著)」「響 カニバル」(コリン・ウィルソン共著)「少年A」「殺したい奴ら 多重人格者からのメッセージ」「パリ人肉事件 無法松の一政(根本敬共著)」「まんがサガワさん」「霧の中の真実」「業火」「漫画 サンテ」「極私的美女幻想」「新宿ガイジンハウス」の18冊。
どれも”パリ人肉事件”の犯人当事者であるからこそ出版されたモノで・・・「人肉を食べた時の様子」と「人肉を食べたい欲望」について繰り返し繰り返し書かれているところから、全く反省していないのは明らかです。精神病院に入院させられただけで、実際に罰せられることもなく、自らが犯した罪で堂々と金儲けをしているというのは、犯罪史上でも珍しいと思います。
著書の中で特に酷いのは・・・「狂気にあらず!?『パリ人肉事件』佐川一政の精神鑑定」(第三書房/1995年)、「まんがサガワさん」(オークラ出版/2000年)、「霧の中の真実」(鹿砦社/2002年)の3冊でしょうか。
数々犯罪関連の著作で知られるコリン・ウィルソンと沼正三(家畜ヤプー)と同一人物と言われる天野哲夫との共著である「狂気にあらず!?『パリ人肉事件』佐川一政の精神鑑定」は、真面目な犯罪分析書という”体裁”だけど、逮捕後にフランス警察によって撮影されたルネ・ハルテヴェルトさんの切り刻まれた遺体写真を”修正なし”で収録したり、文化人(?)気取り自らで佐川一政自身が人肉食について解説しているのも、ただただ不謹慎でしかありません。
「まんがサガワさん」は、佐川一政自身が事件について描いたヘタ漫画とエッセイで、漫画を描いて事件を再現することで、犯罪当時の興奮を反復していているようで、なんとも気持ち悪いのです。下手くそな絵で描かれてはいるものの、殺害後にどうやって体を切断して食べたなどが細かく説明されています。いくつかのドキュメンタリー映画でも繰り返し本書は引用されており、内容が内容だけに出版されたこと自体に問題のある本です。なお、絶版だった「まんがサガワさん」は、「カニバ パリ人肉事件38年目の真実」公開記念で限定1000冊が復刻版が再販されたり(すでに出版元のサイトでは完売)・・・再びの佐川一政ブームを見込んでいるようです。
「霧の中の真実」は、パリ人肉事件後フランスで拘束されてからの出来事を綴っているのですが・・・これまでに関係を持った女性の実名と写真(中には佐川本人と女性の局部結合写真まで!)を掲載するというトンデモナイ本であります。唐十郎氏が自分をネタにした「佐川君からの手紙」で芥川賞を受賞したのことが余程悔しいらしく、本書は愚痴と悪口のオンパレード・・・人肉食への欲望についても赤裸々に語っており、佐川一政の自己満足のために出版されたかのようです。
佐川一政についてのドキュメンタリーといういのは「カニバ パリ人肉事件38年目の真実」が初めてではありません。
事件から僅か12年後の1993年に、イギリスのテレビ番組として制作された「エクスキューズ・ミー・フォー・リビング(原題)/Excuse Me For Living」は、著書から佐川一政自身の言葉を引用しながら(タイトルも佐川一政著の「生きていてすみません」に由来?)、佐川家の古いホームムービー、著書を朗読したりインタビューに答える佐川一政、抽象的な再現映像を織り込みながら、パリ人肉事件の犯人となっていく佐川一政の人生と人間像、そして日本国内でマスコミの寵児となっていく不可解さを解明しようと試みています。
「ザ・カニバル・ザット・ウォークド・フリー(原題)/The Cannibal Walked Free」は、イギリスのテレビ番組として、2007年に制作されたドキュメンタリーです。タイトルにある通り、殺人と人肉食いという犯罪を犯しながら罰されることもなく、一般人と同じように生活している佐川一政の日常生活を、事件の再現映像と報道された写真などを織り交ぜて”パリ人肉事件”のおさらいと、現在の生活ついてインタビューに答える佐川一政で構成されていて・・・”サイコパス”と診断される人物なのにも関わらず、自由な生活を営んでいることに疑問を投げかけています。
「エクスキューズ・ミー・フォー・リビング」「ザ・カニバル・ザット・ウォークド・フリー」ともに、佐川一政本人のインタビューを軸としながら、第三者的視点の存在があるのですが・・・2010年制作の佐川一政 人を食った男」は、事件報道映像や過去の書籍(「まんがサガワさん」)やビデオ映像を引用しながら、佐川一政自身の語りで”パリ人肉事件”振り返るという内容で、タブロイド紙的なノリ。「人肉食の欲望はなくなっていない」「美女に首を絞められて殺されたい」など佐川一政は言いたい放題・・・自分の犯した犯罪について全然反省してない様子に苛立ちを覚えるほどです。ただ、これが佐川一政がまともにインタビューに答えられる健康状態で撮影されたインタビューであり、2013年には脳梗塞で倒れて、その後は普通に話すこともできなくなってしまったので、ある意味、貴重な映像かもしれません。
1990年代・・・外国人女性と付き合うために金が必要になり質屋通いまでしていた佐川一政は、金欲しさでいくつかのビデオ作品に出演しています。
テリー伊藤が企画制作した1995年制作のオリジナルビデオ「私がパリで人肉をたべた理由 佐川君の一週間」は、佐川一政を茶化したバラエティで、MCを務めるのが若き日の爆諸問題なのですが、さすがの太田光のツッコミも引き気味だったりします。佐川一政の運動能力テストをしてみたり、就職活動の様子を隠し撮りしたり、人肉食いを茶化すような寸劇を演じさせてみたり・・・テリー伊藤の悪ふざけが暴走しまくりです。ボクが個人的に血の気が引いたのは、佐川一政が利用していた駅(たまプラーザ)が、ボクの実家の沿線だったという事実・・・結構、身近にいたんだと思うと、妙な気持ちになります。
1998年に”バズーカ”から発売された「実録SEX犯罪ファイル」は、佐川一政自身が企画を持ち込んで実現したドキュメント系のアダルトビデオであります。佐川一政と彼の犯罪経歴を知らない新人AV女優を24時間監禁して、エッチをした後に人肉事件を暴露して、彼女の反応を観察しようという”悪趣味”なもの。監督から出された唯一の約束事は、その24時間内に3発すること・・・「誰が佐川一政のエッチを観たいのか?」という疑問は置いといて、こういった企画が通ったのも、1990年代のAVが過激になっていった時代ならではかもしれません。
佐川一政は、体力不足ですぐにヘコたれるし、あれこれ細かい注文が多いし、とにもかくも自己チューなエッチしかできないのです。(まぁ、風俗では多くの男が、こんな感じなのかもしれませんが)クソみたいなエッチを見せつけられて、見ている側の方が情けなくなってしまうほどで・・・アダルトビデオの「抜く」という観点では全く機能しませんが、相手役をつとめた女優さん(里中ゆり/現・里見瑶子)が、佐川一政にイってもらうために一生懸命に尽くす姿には、ある意味の感動さえさせられてしまいます。実際、このビデオの撮影後、この女優さんと佐川一政は(エッチ抜きで)交際を続けたそうで、佐川一政自身が彼の歪んだ女性観を少なからず修正することができたということです。
さて、ドキュメンタリー映画「カニバ パリ人肉事件38年目の真実」ですが、これは、今まで製作されたドキュメンタリーとは、全く異質の作品となっています。
極端なクローズアップと画面半分以上がボケているという映像は、まるで実験映画のようで、被写体以外の周辺環境は全くと言って良いほど画面には映されません。また、ポツリポツリと話す間の沈黙の時間が結構長かったりします。全く状況説明をするようなナレーションも入りませんし、第三者的な視点でパリ人肉事件について語ることもすることもありません。佐川一政という人物がパリ人肉事件を起こした当人で、その後罪に問われることなく日本でマスコミの寵児となったこと、そして現在は脳梗塞の麻痺が残り実弟によって介護されている・・・という知識がないと、何を撮影してるのかも分からないような映像なのです。
極端なクローズアップと画面半分以上がボケているという映像は、まるで実験映画のようで、被写体以外の周辺環境は全くと言って良いほど画面には映されません。また、ポツリポツリと話す間の沈黙の時間が結構長かったりします。全く状況説明をするようなナレーションも入りませんし、第三者的な視点でパリ人肉事件について語ることもすることもありません。佐川一政という人物がパリ人肉事件を起こした当人で、その後罪に問われることなく日本でマスコミの寵児となったこと、そして現在は脳梗塞の麻痺が残り実弟によって介護されている・・・という知識がないと、何を撮影してるのかも分からないような映像なのです。
ここから「カニバ パリ人肉事件38年目の真実」のネタバレを含みます。
「途中退場者続出!」が宣伝文句になっていますが、内容に衝撃を受けてというよりも、映画としてこの上もなく退屈(パリ人肉事件や佐川一政という人物に関心がない観客にとっては拷問レベル)だからと言った方が正しいような気がします。前出の「実録SEX犯罪ファイル」の映像をトリミングしたり、「まんが サガワさん」のひとコマひとコマを撮影したり・・・過去の映像や出版物から借用してタブロイド的な興味を満足させている”だけ”。わざわざ”佐川一政”の日常生活に1ヶ月も密着して撮影する必要があったのだろうか?・・・とさえ感じてしまいます。
ところが・・・後半、弟の佐川純氏が兄の佐川一政にも語っていなかった自分の性癖(フェチ)を告白をするところから、本作はトンデモナイ方向へ展開していくのです。
佐川純氏の性癖というのは、二の腕の自傷行為によって性的満足を得るというもの・・・映像的には(相変わらず)クローズアップと極端なボケ具合で、はっきり見えるわけではありませんが、初老の男性が”マスターベーション行為”として、二の腕に有刺鉄線を巻いたり、束ねた包丁を突き刺している様子は、なんとも気味悪い映像であります。佐川純氏曰く・・・射精までは至らないものの、勃起して先走り液が出るくらいは興奮するそうで、物心がつく3歳頃にフェチに目覚めたそうです。
弟の性癖のカミングアウトを聞いても驚いた様子もない兄・佐川一政に対して、どこかしら落胆したような態度になる佐川純氏・・・兄弟で「人肉食フェチ」と「自傷フェチ」の競い合いのようで、互いに自分のフェチに対して特別感=ナルシシズムを持っていることが露呈します。そして本作は、佐川一政ではなく兄を介護する弟・佐川純氏の物語でもあることが示されるのです。
終盤、いきなりメイド姿の中年女性が登場します。本作中に説明はありませんが・・・彼女は「実録SEX犯罪ファイル」で、佐川一政の相手役だったAV女優の里中ゆり/現・里見瑶子さんなのです。彼女の出演は明らかな”演出”。佐川一政は「こんな美しい女性にお世話してもらえるなんて奇跡だ」と喜びを隠しきれません。佐川一政は里見瑶子さんの付き添えによりアパートの部屋から出て、太陽の光に満ちた公園を車椅子に乗ってゆっくりと進みながら(この場面も顔のクローズアップですが)満足そうに「奇跡だ」と佐川一政が呟いて本作は終わります。
脳梗塞で半身不随になり生活保護を受けながら介護されている状況は、”幸福な晩年”とは言えないかもしれません。しかし、パリ人肉事件の罪を償うこともなく、罪に対しての反省をすることもなく、犯罪者であることで金儲けをしてきた人物が、まだ生き続けているだけでも多くの人は不愉快な気分させます。それなのに、過去に想いを寄せた女性をメイド姿にさせて再会させるという”演出”は、単に佐川一政にとって”いい思い”をさせてあげているだけ・・・非常に後味が悪いのです。
結局「カニバ パリ人肉事件38年目の真実」で語られる”真実”としては、相変わらず佐川一政には罪の意識がないということ・・・そして、彼の弟の性癖”暴露という”下世話な真実”なのであります。
ここから書籍「カニバの弟」のネタバレを含みます。
ドキュメンタリー映画の公開に合わせて佐川純氏は「カニバの弟」を執筆・・・佐川一政の実弟であるという立場を”利用して”(?)自分のSM的な”性癖”の遍歴を綴るという本です。「カニバ パリ人肉事件38年目の真実」では自分の二の腕への自傷行為に焦点が当てられていましたが、実際には女性の二の腕を縛り上げたり傷つけたいという”SMフェチ”の「S」だそうで、寒さに震えている女性に興奮するという”寒冷フェチ”も持っているそう・・・「だから何なんだよ~!」としか突っ込めません。自分のフェチを告白して「ボクって変態でしょ?」とナルシシズムに浸ってしまうところも、この手の人にとってはマスターべションのようで、ただただ気色悪いだけ。兄も兄なら弟も弟・・・と呆れるしかありません。
佐川一政と弟の佐川純氏にも興味を持つこと自体が不謹慎に思えてきます。佐川兄弟が38年経っても自分語りを続けるかぎり、パリ人肉事件の被害者ルネ・ハルテヴェルトさんは報われないような気がしてならないのです。
「エクスキューズ・ミー・フォー・リビング(原題)」
原題/Excuse Me For Living
1993年/イギリス(テレビドキュメンタリー)
監督 : ニゲル・エヴァンス
出演 : 佐川一政、コリン・ウィルソン(ナレーター)
日本未公開
「私がパリで人肉をたべた理由 佐川君の一週間」
1995年/日本(オリジナルビデオ)
企画 : テリー伊藤
出演 : 佐川一政、爆笑問題
国内販売セルビデオ
「実録SEX犯罪ファイル」
1998年/日本(アダルトビデオ)
監督 : 高槻彰
出演 : 佐川一政、里見瑶子(里中ゆり)
国内販売セルビデオ
「ザ・カニバル・ザット・ウォークド・フリー(原題)」
原題/The Cannibal Walked Free
2007年/イギリス(テレビドキュメンタリー)
監督 : トビー・ダイ
出演 : 佐川一政
日本未公開
「佐川一政 人を食った男」
原題/Interview with a Cannibal
2010年/アメリカ(テレビドキュメンタリー)
監督 : サンティアゴ・ステーレイ
出演 : 佐川一政
ネット配信
「カニバ パリ人肉事件38年目の真実」
原題/Caniba
2017年/アメリカ、フランス(ドミュメンタリー)
監督 : ヴェレナ・パラヴェル、ルーシァン・キャステーヌ=テイラー
出演 : 佐川一政、佐川純(弟)、里見瑶子
2018年8月6日、10日、26日、9月30日「イメージフォーラム・フェスティバル2018」にて上映
2019年7月12日より日本劇場公開/Amazon Prime Videoにて有料配信
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