ジョーン・クロフォードが主演作の中で最も自身に近い役柄を演じたというわれるのが、その名もズバリ「クィーン・ビー(原題)=女王蜂/Queen Bee」という1955年のメロドラマであります。「親愛なるマミー/ジョーン・クロドードの虚像と実像」を書いた養女クリスティーナ・クロフォードによると、あまりにも役柄が普段の姿に近いことに衝撃を受けて、本作の上映途中で退場してしまった逸話もあるほどなのです。
低予算の映画が多い1950年代のジョーン・クロフォード主演作品の中では比較的制作費をかけた本作は、1949年に発表されたエドナ・L・リー著のロマンスノベル「The Queen Bee」を原作としており、その映画化権はジョーン・クロフォード自ら得ています。「自分が主演すること」「映画制作スタッフの選択権(「ミルドレッド・ピアーズの脚本家だったラナルド・マクドュガルの監督デビュー作となった)」「衣装/メイク/ヘアーの完全なるコントロール」を条件に、コロンビア映画へ売却したというのですから、映画会社だけでなく本人的にも肝入りの作品でもあったわけです。ジョーン・クロフォードはとっかえひっかえ豪華な衣装につつみ、陰影が美しく奥行き感のある構図が印象的なフィルムノアール映画としての完成度は高く・・・本作は1956年度アカデミー賞の撮影(白黒)と衣装部門でノミネートされています。
ジョーン・クロフォードが演じるのはジョージア州の大きな屋敷を仕切るエヴァという女性・・・美しくて気も強く、毎朝完璧に身支度をして、身の回りの人々をコントロールするというジョーン・クロフォード自身そのままという役柄です。なお、本作でイブニングドレス姿で階段を下りるシーンは「愛と憎しみ伝説/Mommie Dearest」でも印象的なシーンとして再現されています。
エヴァの夫アヴェリー(バリー・サリヴァン)は、南部の上流階級出身で一族は工場主・・・顔に深い傷があり、一族からは「Beauty(ビューティー)」という皮肉なニックネームでで呼ばれています。1日中飲んだくれているアル中で、とにもかくも妻であるエヴァを憎んでいるようなのです。屋敷には、アヴェリーの妹キャロル(ベッツィー・パルマー)も暮らしており、工場の運営をしているジャッド(ジョン・アイルランド)と結婚を前提に付き合っています。
未亡人だった母親を失い一人っきりになったエヴァの姪っ子のジェニファー(ルーシー・マロウ)が、エヴァからの招待でシカゴから、この屋敷に引っ越してくるのが、本作のはじまりです。ジェニファーが屋敷に到着した時、客人として屋敷を訪れていたのは、名家出身のスー(フェイ・レイ)という女性と彼女の弟タイ(ウィリアム・レスリー)・・・そこへエヴァが帰宅するのですが、彼女が応接室に入って来るや否や部屋の空気が張りつめます。夫のエヴァリーはもとより、義理の妹のキャロルもスーもエヴァのことを、あからさまに嫌っているようです。実は、スーは元々エヴァリーの結婚相手だった女性・・・式当日にエヴァリーがエヴァと駆け落ちしたため、花嫁姿で待ちぼうけを食らったという因縁があったのです。それ以降、頭がちょっとおかしくなってしまったらしく(?)ジェニファーを幼馴染みの娘と勘違いしてしまいます。
屋敷の中で孤立しているエヴァに同情心を感じつつ、自分を引き取ってくれたエヴァに感謝しているジェニファーは、憧れも抱いているエヴァのパーソナルアシスタントの役割をかってでるのです。ある日、タイがジェニファーをデートに誘いたいと、エヴァに許可を求める電話がかかってきます。デートの誘いにエヴァの許可を得ることに違和感を感じたジェニファーは玉の輿にも関心がなく、タイの誘いに乗り気にはなれません。しかし、エヴァから強く肩を押されて、セクシーなドレスを着てデートに出かけることにするのです。デート当日、アヴェリーとジャッドは、着飾ったジェニファーを皮肉まじりに見送ります。
その日、屋敷にジャッドが泊まることを知ったエヴァは、仮病を装ってまで友人との夕食会をキャンセル・・・実は、ジャッドとエヴァは10年ほど前に男女の関係にあり、アヴェリーをエヴァに紹介したのもジャッドだったのです。名家一族の娘であるキャロルと結婚をして、ジャッドは逆玉に乗ろうとしているのではないかと疑惑をもつエヴァは、キャロルとの関係を好ましく思っていません。また同時に、男性としてジャッドを忘れられないエヴァは、ジャッドを再び誘惑しようとするのです。電話のコードをジャッドの首に巻くシーンは、エヴァの支配欲が感じられます。
その夜、ジャッドはキャロルとの婚約を家族の前で電撃発表・・・デートから帰宅したジェニファーをにこやかに迎えながらも、エヴァの苛立ちは抑えられません。真夜中に、ジェニファーはエヴァの息子テッドの鳴き声で起こされます。テッドをあやすキャロル曰く・・・エヴァの運転する車に乗って大きな山に向かっている夢を毎晩のようにみて、テッドは泣き叫ぶというのです。キャロルは屋敷の図書館でみつけた本に書かれていた女王蜂について語り始めます。そして、エヴァは自分に歯向かう者を抹殺する”女王蜂”のようだと忠告をするのです。ジェニファーは、何故、皆がエヴァを悪くいうのか理解できません。
ジェニファーが寝室へ戻ろうとした時、暗い応接室へ忍び足で入るエヴァの姿を見かけます。ソファにはジャッドがおり、やがて二人は口論を始めるのです。ジャッドはキャロルとの婚約発表を機に、エヴァとの関係を完全に解消したいのですが、そう簡単にエヴァは諦めません。そんなエヴァを病気に例えて、今はウィルスの免疫があると拒絶するジャッド・・・エヴァは「必ず後悔させてやる」とタンカを切ります、その一部始終を盗み見していたジェニファーは、エヴァがこの屋敷の”女王蜂”であることを理解するのです。
翌日、エヴァは精神科医を自宅に招いて息子テッドの悪夢について相談・・・エヴァの美しさに惑わされた精神科医は、テッドが夜泣きする原因はキャロルの甘やかしにあると、エヴァにとって都合の良い診断を下してしまいます。それを聞いてエヴァは、すぐさまキャロルの寝室を屋敷の別棟に移動させるようとするのです。ジャッドと結婚して屋敷を出るのだから、今すぐ部屋を移さなくても・・・と言うジェニファーに、エヴァは「本当に結婚するかしら?」と微笑みます。
勝手にキャロルの部屋に入ったかと思うと、ヒステリックに片っ端から調度品を投げ倒すエヴァ・・・アヴァリーと駆け落ちして結ばれて玉の輿にのったものの、保守的な南部の上流階級で”よそ者”扱いされ続けた疎外感から、キャロルに敵対心を募らせていたのです。長年の孤独感を涙ながらに訴えて、血縁者であるジェニファーを屋敷に招いたのも、自分の味方になってくれる人が欲しかったからとエヴァは告白します。そして、屋敷を出たいというジェニファーを、エヴァが今までしてきた経済的援助などを理由に引き止めるのです。
アヴェリーの無関心がエヴァの疎外感を生んでいると感じたジェニファーは、アヴェリーの部屋を訪れます。その場限りの火遊びだったのに、エヴァが強引で別れられずに結婚したんだと告白するアヴェリー・・・酒に溺れていたののも、エヴァと向き合うことを逃げているからかもしれません。酒に逃げずに一族の長としての役目を果たすようにと意見するジェニファーを、アヴェリーは抱き寄せてキスします。お互いの秘められた恋心が、目覚めたのかもしれません・・・。
アヴェリーは家族を集めて、キャロルとジャッドはすぐにでも結婚すべきだから、今度の日曜日に結婚式をすると宣言・・・それ聞いて祝福するジェニファーの頬を、エヴァは苛立ちのあまりひっぱたくのです。エヴァが気に食わないのは分かりますが、唐突の暴力にはただあっけにとられます。
その夜、アヴェリー、キャロル、ジャッドが、ささやかな結婚祝いのディナーをしていると、エヴァが割り込んできて「パーティーは女にとって戦場だから」と、ジャッドにパーティーの会場まで車で送るように要求します。エヴァが支度をしている間、アヴェリーはジャッドにエヴァとの過去の関係をキャロルに話すのかと尋ねずにはいられません。ジャッドはアヴェリーが妹の幸せを願い、真実を話してしまうのではないかと疑っているのです。
その夜、アヴェリー、キャロル、ジャッドが、ささやかな結婚祝いのディナーをしていると、エヴァが割り込んできて「パーティーは女にとって戦場だから」と、ジャッドにパーティーの会場まで車で送るように要求します。エヴァが支度をしている間、アヴェリーはジャッドにエヴァとの過去の関係をキャロルに話すのかと尋ねずにはいられません。ジャッドはアヴェリーが妹の幸せを願い、真実を話してしまうのではないかと疑っているのです。
その夜遅く、キャロルはジャッドと暮らす家の設計図を広げて、ジェニファーと楽しくおしゃべりしています。そこへ、エヴァがパーティーから帰宅・・・設計図を踏みつけて、キャロルにジャッドの過去の女性関係について語り始めるのです。「ジャッド本人に確認すれば?」と脅しながら、男女の関係をもっていたのは”暗”に自分だったと、キャロルに暴露してしまいます。憤るジェニファーに、明日にでも屋敷を出て行けと言い放つエヴァ・・・ジェニファーは屋敷に残ると言い返すのです。
翌朝、ジャッドとジェニファーがキャロルを探して馬小屋に入ると、そこには梁から首を吊ったキャロルの姿があります。エヴァとジャッドの関係を確信したキャロルは、自ら命を絶つことを選んでしまったのです。化粧台の前で訃報を聞いたエヴァは、フェイスクリームを鏡に塗りたくりながら嗚咽します。ジョーン・クロフォード本領発揮の”やり過ぎ”演技炸裂です。
キャロルの死後、エヴァは規律に厳しい乳母を雇い、子供たちも管理するようになります。ジェニファーは積極的に子供たちと接して、子供たちの心を癒そうとするのですが、エヴァにはおもしろくありません。一方、アヴェリーはジェニーに意見されたことで、一族の工場の経営にも積極的になり、以前のアル中だった時とは違って仕事や家庭のことにも熱心です。乳母の乱暴な叱り方を目の当たりにして、即クビだと言い伝えると、乳母はアヴェリーとジェニーの不適切な関係をエヴァに告げ口してやると、まったく怯みません。
乳母をアヴェリーの独断で解雇しようとしたことは、当然のことながらエヴァの逆鱗に触れてしまいます。もしも、離婚しようなんて考えているならば、ジェニーとの関係を法廷で訴えるというのです。法廷では、乳母は重要な証言者となるだろうし、エヴァ自身が何を語るかはスキャンダルになるに違いないと脅します。アヴェリーのエヴァへの憎しみは、この時を機に殺意に変わるのです。
キャロルの死後、屋敷から遠ざかっていたジャッドは、工場の仕事を辞めてニューオリンズへ引っ越すことを決意し、仕事の整理のために久しぶりに屋敷を訪れていたのですが・・・そこで、キャロルにエヴァと自分の過去の関係を話したのは、アヴェリーではなくエヴァだったことをジェニファーから伝えられます。ジャッドはエヴァへの復讐を誓うのです。
この頃から、アヴェリーはエヴァに対して愛情が甦ったように振る舞い始めます。妻から信用を得たところで、交車の事故を起こして無理心中しようというのがアヴェリーの計画なのです。夫の態度の変化に戸惑いながらも、2度目のハネムーンが来たと歓びを隠しきれないエヴァ・・・アヴェリーから高価なジュエリーをプレゼントされて機嫌の様子であります。アヴェリーの愛情を再び勝ち得たエヴァの変化は噂になるほどになり、ジェニファーは自分が屋敷に滞在する意味はなくなったと、今度こそ本当に屋敷を出ることを決意するのです。
ジェニファーの屋敷での最後の夜・・・大雨にも関わらず、アヴェリーはエヴァを連れ立ってパーティーに出かける予定になっています。アヴェリーが顔の傷を負うことになった車の事故もエヴァが同乗していたことから、ジャッドは不穏な気持ちに襲われて屋敷にやってくるのです。アヴェリーの計画を確信したジャッドは、エヴァをパーティー会場に自分が運転すると言い出して、エヴァだけを誘い出します。
車内で、アヴェリーが無理心中の機会を伺うために、愛情が甦ったフリをしていたことを暴露するジャッド・・・運転中のジャッドにエヴァがつかみかり、ジャッドはハンドル操作を誤って車は崖から落ちてしまいます。二人の後を追ってきたアヴェリーは、燃えさかる車を、ただ見つめるのです。警察から交通事故について呼び出されたアヴェリーに付き添うのは、屋敷を去るはずだったジェニファー・・・二人を阻むモノはもうありません。暗い屋敷から外に出ると、空は輝くほど晴れ渡っています。
車内で、アヴェリーが無理心中の機会を伺うために、愛情が甦ったフリをしていたことを暴露するジャッド・・・運転中のジャッドにエヴァがつかみかり、ジャッドはハンドル操作を誤って車は崖から落ちてしまいます。二人の後を追ってきたアヴェリーは、燃えさかる車を、ただ見つめるのです。警察から交通事故について呼び出されたアヴェリーに付き添うのは、屋敷を去るはずだったジェニファー・・・二人を阻むモノはもうありません。暗い屋敷から外に出ると、空は輝くほど晴れ渡っています。
原作の小説は未読ですが・・・本作の筋は、ジェニファーが様々な障害が乗り越えて、叔母の夫と結ばれるという略奪愛の物語でもあります。”女王蜂”と比喩されるエヴァは、二人の愛を阻む”邪魔者”なのかもしれません。ただ、本作はジョーン・クロフォード主演が条件での映画化であったため、エヴァというキャラクターに焦点をあてることは絶対的な映画化の条件だったのです。実際、ジェニファーを演じるルーシー・マロウは、それほど華がある女優でもありません。
それにしても・・・エヴァは、それほど皆から嫌われるべきキャラクターなのでしょうか?見方を変えれば、エヴァは可哀想な女性でもあります。確かに、玉の輿にのる強引さとしたたかさ、義理の妹の婚約者となる男に執着したり、家族を高圧的に支配していたり、上から目線で意地悪で厭味ばかりだったり・・・決して”いいひと”ではないかもしれません。
しかし、夫だけでなく夫の家族や家族の友人たちからもよそ者扱いで疎外され続け、昔の男からは一方的に関係を断ち切られ、引き取った姪っ子には結果的に夫を奪われ、最後には殺されてしまうのです。二人の子供たちに対して愛情がないわけではありませんし、アヴァリーから愛情を示したならば女性的なかわいいところあったりします。観客がエヴァに同情を感じる間もないほど疎ましく感じてしまうのは、ジョーン・クロフォードという大女優の存在感と、お得意の”やり過ぎ”演技にあるのかもしれません。
しかし、夫だけでなく夫の家族や家族の友人たちからもよそ者扱いで疎外され続け、昔の男からは一方的に関係を断ち切られ、引き取った姪っ子には結果的に夫を奪われ、最後には殺されてしまうのです。二人の子供たちに対して愛情がないわけではありませんし、アヴァリーから愛情を示したならば女性的なかわいいところあったりします。観客がエヴァに同情を感じる間もないほど疎ましく感じてしまうのは、ジョーン・クロフォードという大女優の存在感と、お得意の”やり過ぎ”演技にあるのかもしれません。
逆に、純粋そうなジェニファーですが・・・エヴァの招待により屋敷に入り込み、誰からも好かれるように上手に立ち回って、最後には全てを手にするのであります。エヴァから信頼を得ることは容易かったし、結婚を応援することでジャッドからもキャロルから好かれていますし、名家出身のタイからは一目惚れされるし、アヴェリーの心も次第に虜にしてしまうのです。ジェニファーは自らの手を一切汚すことなく、屋敷の”女王蜂”であるエヴァだけでなく、ジャッドもキャロルさえも亡き者にして、一家の長であるエヴァリーに寄り添う存在として、新たな”女王蜂”として屋敷を乗っ取ったとも解釈できるのではないでしょうか?
そう考えると・・・本作は、1950年の「イヴの総て」の亜流作品とも言えるのかもしれません。ジョーン・クロフォード演じるエヴァはベティ・デイヴィス演じるマーゴ・チャニングに、ルーシー・マロウ演じるジェニファーはアン・バクスター演じるイブに重なるのです。ただ、いかにもメロドラマといったジェットコースターなご都合主義の展開と、登場人物たち同士(ジェニファー以外)が放つ厭味な台詞のやりとりによって、本作は立派な”おキャンプ映画”として成立してしまったのであります。
本作の撮影時、ジョーン・クロフォードはペプシ・コーラ社社長アルフレッド・スティールと婚約中で・・・結婚後は、ペプシ・コーラの広告塔として活躍することとなります。まだまだ女性の社会進出がアメリカでも珍しかった時代であったにも関わらず、1959年に夫が亡くなった後(1973年まで)元社長未亡人という立場で会社役員として、ジョーン・クロフォードは”女王蜂”の如くペプシ・コーラ社に君臨し続けたのです。本作のエヴァのようにジョーン・クロフォードも、ペプシ・コーラ社の他の役員たちから疎まれ続けた「嫌われ者」だったことは言うまでもありません。
「クィーン・ビー(原題)」
原題/Queen Bee
1955年/アメリカ
監督 : ラナルド・マクドュガル
出演 : ジョーン・クロフォード、バリー・サリヴァン、ベッツィー・パルマー、ジョン・アイルランド、ルーシー・マロウ、ウィリアム・レスリー、フェイ・レイ
日本未公開