日本では毛嫌いされる”マザコン”・・・「旦那(または彼氏)が、マザコンで」というのは、人生相談の定番のお悩みであります。また、日本人の男性が自ら「マザコン」と、自慢げになることもありません。しかし、世界的にみると、日常的に母親と息子がベッタリの相思相愛の「マザコン」が当たり前のような国(スペインやイタリア)とかもあるわけで・・・日本の親子関係というのは、日本人が感じているほど濃密ではないのかもしれません。単純に「マザコン」で片付けられないのが、ジューイッシュ・マザー(ユダヤ系の母親)と息子の関係であります。
ジューイッシュ・マザーが・・・多くのアメリカ移民に於いて母親が家族の中心であるように、大きな存在であるのは当然のことです。息子を溺愛するという意味ではイタリア/スペイン系の方が凄まじいですが・・・ジューイッシュ・マザーの屈折した愛情表現と息子の服従っぷりは独特なものを感じさせます。まず、ジューイッシュ・マザーは必要以上に息子の罪悪感を煽り、重箱の隅を突つくような愚痴や厭味で息子を追い込んでいきます。それによって息子は自責の念にかられて、母親の”いいなり”にさせられてしまうのです。勿論、根底にはお互いの深い愛情があるのだとは思いますが・・・息子にとって母親のコントロールは、ストレス以外の何もでもないはずです。しかし、ユダヤ系の息子が母親の首を絞めたなんて事件を、聞いたことはありません。実際、ジューイッシュ・マザーと息子の関係は、恨むべきトラウマとしてよりも、アメリカのコメディの”鉄板”ネタのステレオタイプとして、アメリカ文化に浸透していると言えるかもしれません。息子視点で見ると”地獄”のような状況だからこそ・・・ジョークとして笑っちゃうしかないのでしょう。
「人生はノー・リターン~僕とオカン、涙の3000マイル~/The Guilt Trip」は、バーブラ・ストライサンド(16年ぶりの主演作!)とセス・ローゲンが、ユダヤ系の母親と息子を演じるコメディ映画であります。「人生はノー・リターン」という邦題は内容とも一致しませんし、説明過多な副題のセンスも疑ってしまいます。あえて「オカン」としているのは、ジューイッシュ・マザーを、ズバズバとモノを言う「大阪のオカン」と似たようなもんだと考えてのことなのでしょうか・・・?
バーブラ・ストライサンドは歌手としてだけでなく、シリアスな映画女優としても活躍していますが・・・”コメディ女優”としてのバーブラ・ストライサンドが一番好きなボクとしては、本作の日本公開を楽しみにしていました。しかし、アメリカ公開時の評判も決して高くなく、制作費を回収した程度で特にヒットもせず、その上、バーブラが第33回ゴールデンラズベリー賞で最低女優賞にノミネートされてしまったという悪評もあってか・・・結局、日本では劇場公開されずに、DVDスルーとなってしまいました。
なんと言っても、本作を観て驚かされるのは、バーブラ・ストライサンドの”見た目の若さ”に尽きます。御年71歳(撮影時は70歳!)とは、到底信じられません。彼女は相当のお金持ちだから、アンチエイジングやら美容整形の費用を、湯水のごとく使っていて当然なのですが・・・それでも、このレベルの若々しさは尋常ではありません。本作での役柄は50歳ぐらい(20歳で息子を出産)のはずなのですが、若作りし過ぎとか、不自然なフェイスリフトもなく・・・年齢設定に違和感はありません。息子役のセス・ローゲンは、実年齢31歳(撮影時は30歳?)で役柄の年齢と同じなのですが・・・小太り体型ということもあって実年齢よりは上に見えてしまうので、二人の年齢差を感じさせないところもあります。また、バーブラ・ストライサンドとセス・ローゲンが、リアルに親子に見える(二人とも生粋のユダヤ系だし!)だけなく、一緒に画面に映っているだけで”コメディ”として成り立てしまう二人のスクリーン・ケミストリーの良さが、本作の”キモ”です。
アンディ(セス・ローゲン)は、エコロジーな洗浄剤を開発して営業に励む30歳のユダヤ系の一人息子・・・母親のジョイス(バーブラ・ストライサンド)は、朝から目覚ましの電話をかけまくるほど、息子に干渉する典型的なジューイッシュ・マザーです。東海岸から西海岸へ車でアメリカ横断しながら洗浄剤を営業する旅に出掛ける前に、ニュージャージーに暮らす母親を訪ねるのですが・・・そこで、母親のジョイスが父親と結婚する前に、恋に落ちたボーイフレンドの話を聞かされます。アンディの父親となった男性がジョイスにプロポーズをして、そのボーイフレンドとは別れることになったのですが・・・ジョイスは、ボーイフレンドを忘れられずに、息子にボーイフレンドと同じ名前のアンディとしたというのです。母の告白に呆然とする息子のアンディでしたが・・・インターネットで母親のボーイフレンドを検索してみると、現在、独身でサンフランシスコで広告会社の社長をしていることが判明します。そこで、アンディは母親をアメリカ横断の営業の旅に誘って、最終目的地のサンフランシスコで、昔のボーイフレンドと再会させようと企てるのです。
ユダヤ系の息子にとって、8日間も母親と車で旅をするというのは、まさに”地獄”・・・原題の「The Guilt Trip」は、”罪悪感で自責の念にかられる”というような意味で、大陸横断の旅(Trip)と引っ掛けているようです。二人の旅は、よくあるジューイッシュ・マザーと息子のコメディで・・・正直、それほど新鮮さはないのですが、バーブラ・ストライサンドとセス・ローゲンの相性の良さと、ステレオタイプのコメディだからこその安定感のあるギャグと相まって、安心して観られるのです。ただ、営業のプレゼンテーションをしながら大陸横断って「いつの時代の話?」とツッコミたくなりますが(おそらく1970年代ごろまでは有効な営業手段だったかもしれませんが)・・・脚本と演出のテンポがサクサクしていて、95分という比較的に短い上映時間は、あっという間に過ぎてしまうという印象でした。
ここからネタバレを含みます。
サンフランシスコに到着して、昔のボーイフレンドの自宅を訪ねてみると・・・現れたのは本人ではなく、彼の息子のアンディ。アメリカでは父親と息子の名前が同じということもあるので、起こりえる事態ではあります。母親のボーイフレンドだった父親のアンディは、5年前に亡くなっており・・・なんとも切ないオチであります。しかし、さすがハリウッド映画・・・切ないだけでは終わらせません。最後に、ちょっとした”サプライズ”が用意されていて・・・小さな感動を生むのであります。
エンディングでは帰路につくため飛行場で別れる母親と息子・・・「ボーイフレンドよりも、亡くなった夫よりも、あなたという息子が生まれて会えたことが一番嬉しい」という母親の言葉は、ジューイッシュ・マザーだけでなく、どの民族の母親でも感じることなのかもしれません。別れるやいなや、携帯電話を手にする母親を見て、思わず自分の携帯電話を手にする息子・・・しかし、母親が電話をかけたのは、旅の途中で出会った男性でした。母親は、息子との8日間の旅を終えて、ちょっとだけ”子離れ”したということなのかもしれません。普段はドロドロした愛憎の母子関係を描いたようなトラウマ映画が大好物のボクではありますが・・・たまには、こういう”いいお話”も良いもんだったりします。
「人生はノー・リターン~僕とオカン、涙の3000マイル~」
「人生はノー・リターン~僕とオカン、涙の3000マイル~」
原題/The Guilt Trip
2012年/アメリカ
監督 : アン・フレッチャー
脚本 : ダン・フォーゲルマン
出演 : バーブラ・ストライサンド、セス・ローゲン