日本では殆ど制作されることがないジャンルの映画のひとつが、”ゲイの観客”をターゲットにした”ポルノではない”ゲイ映画”ではないでしょうか?アメリカやヨーロッパに限らずアジアなどの各国でも制作されていて・・・政治的なメッセージを持つシリアスな作品から、セクシャリティーを大胆に描いたもの、おバカなラブコメディまで、幅広いジャンルがあります。ただ、低予算のインディーズ作品という場合が殆どで、大々的に劇場公開されることはほ殆どなく、ゲイの人口の多い大都市での単館上映だったり、ゲイ映画祭やDVD販売でしか観ることはできないことが多いようです。いわゆるポルノ映画(AV)ではないのでハードコアのセックスシーンはありませんが、「ブロークバック・マウンテン」程度のセックスシーンは当たり前・・・一応、成人映画(18歳未満不可)なので、○ン○ン丸出しも普通にあったりします。またキャストは、いかにもゲイ好みの役者ばかり揃えて・・・という感じで、一般向けに作られた”ゲイを描いた映画”とは、明らかに違うオーラを放っています。
「ウイークエンド」はインディペンデント系の映画祭で高い評価をされたイギリスの”ゲイ映画”で・・・ゲイ版「ビフォア・サンライズ/恋人までの距離」として、ストレートとかゲイとか関係ない”普遍的な恋愛映画”と紹介されていることが多かったりします。ゲイ以外の観客が、二人のゲイ男性のセックスについての会話に共感することも・・・あるのかもしれません。しかし、それは性別やセクシャリティーを超えて「人として」というような普遍的なものではなく、本作で描かれるのは”ゲイだからこそ”の論点であります。
「ビフォア・サンライズ/恋人までの距離」は、1995年に公開されたイーサン・ホークとジュリー・デルピー主演のラブロマンス・・・興行的には、それほど成功しなかったものの、好きな一作にあげるファンも多い作品です。プタペストからパリへ向かう列車の中で、偶然出会ったウィーンへ向かうアメリカ人男性とパリへ帰るフランス人女性が、ウィーンで下車して、翌日の朝まで語り合って過ごすというお話・・・とは言っても、ウィーンという美しい街の観光映画ではありません。知り合って間もない男にヒョコヒョコ付いていくヒロインに違和感は感じるものの・・・洒落た二人の駆け引きから目が離せなくなってきます。全編に渡ってトコトン語り合う二人・・・哲学的な話、くだらない話、過去の恋愛など、お互いの価値観をぶつけ合って、次第に深く惹かれ合っていきます。しかし、翌朝にはそれぞれ帰路につかなければならない二人は、肉体的に結ばれることはないまま、連絡先を交換することもなく、半年後の再会を約束して別れたところで映画は終わります。
「ウィークエンド」は、イギリスの地方都市ノッティングハムが舞台です。ロンドンとかゲイの人口の多い大きな都市でないというのが、いい雰囲気を出していて・・・木々の囲まれた団地が美しく撮られています。一眼レフカメラのような背景のボケ感、絶妙な位置に固定されたカメラによって切り取られた画面、長回しワンショットでの長台詞の会話シーンなど・・・まるでプライベート・ビデオを観ているような感覚(良くも悪くも!)で、独特の感触を生み出しています。
プールの監視員をしているラッセル(トム・コルン)は、いつものように金曜日の夜、ストレートの友人のジェイミー宅と過ごします。彼の娘のゴットファザー(名付け親)になるほど親しい間柄・・・というのも、ラッセルとジェイミーは、共に生みの親を知らない孤児で12歳のときからの親友であることが、後に会話から判明します。
カミングアウトやゲイに対しての偏見とかを描く意図のない本作では、ジェイミーを始めストレートの友人たちは、ラッセルがゲイであることを自然に受け止めているようです。それでも、ラッセルは疎外感のようなものを感じているようで・・・明日、仕事があるからと早々と彼らの家を立ち去り、ひとりでゲイバーへ向かうのです。ひとりでゲイバーで佇んでいても、手持ち無沙汰なもの・・・漠然と孤独感からは逃れなかったりするものです。ラッセルは、気になる男を追ってトイレにまで付いていきますが、あっさりフラれてしまいます。そこで、ラッセルは別な男とイチャイチャ・・・でも、結果的には、最初にトイレまで追っていった男を自宅にお持ち帰りしたのでした。
ワンナイトスタンド(一夜限りのエッチの相手)のつもりで連れ帰ったのは、アーティスト志望で、ギャラリーで働くグレン(クリス・ニュー)・・・朝起きるやいなや、グレンは自分のアートプロジェクトという名目で、ボイスレコーダー片手に昨晩の出会いから、セックスした感想などの質問していきます。ワンナイトスタンドの翌朝というのは、なんとも微妙な時間・・・この時に初めてお互いの名前を名乗ったり、連絡先を交換したり、お互いの恋愛ステイタス(彼氏がいるとか、同居している相方があるとか)を確かめ合ったりすることもあるのですが、いきなり自分の感情を説明させられるというのは、とっても奇妙なことに違いありません。
朝に一度別れたものの、同じ日の土曜日には、ラッセルの仕事終わりに待ち合わせて、再び一緒に過ごす二人・・・ラッセルの家に戻って、お互いのアイデンティティーを形成するセクシャリティーを赤裸々に語り始めます。グレンは、ゲイであることを誇り(プライド)としていると同時に、ゲイであることに対しての皮肉に溢れています。逆に、ラッセルは普通にゲイとして生きているタイプ。理解のあるストレートの親友にも恵まれているけれど・・・彼らに自分の恋愛のことは決して語ったりしはしません。ゲイであることを恥じているから?ストレートの親友は本当の親友なのだろうか?カミングアウトして、社会的な偏見からも開放されているにも関わらず、自分自身の偏見の呪縛から、実は逃れていないのかもしれない・・・そんな現在のゲイの心情を見事にあぶり出しているのです。
ワンナイトスタンドとして始まった二人の関係は、いつしか忘れがたい関係へと発展していくのですが・・・ここでグレンが告白します。明日(日曜日)、オレゴン州ポートランドの美術大学へ留学するというのです。それも、最低で2年、もしかするともっと長い期間になるかもしれないと・・・。でも、あからさまに傷ついたり落胆するほど、二人の関係が煮詰まっているわけでもありません。ラッセルは、ただ受け入れるしかありません。
さよならパーティーに顔を出したラッセルは、グレンの元カレとの経緯や取り巻く環境を知ることになるのです。結局、土曜日の夜も、再びラッセルの部屋で過ごすことになります。自分のセックスに関して、語りたがらなかったラッセルは、実は過去の男性経験を事細かにパソコンに書き残していて、グレンに読み聞かせます。お互いの過去の男性経験や同性婚について語り合ううちに・・・ボーイフレンド/パートナーを求めているラッセルと、ボーイフレンド/パートナーなんていらないと言い張るグレンの根本的な確執が露になってきます。それでも、お互いに惹かれ合い、カラダを求め合うことには歯止めが利きません。
ここからネタバレを含みます。
ボク個人の趣味ですが・・・ラッセルを演じるトム・コルンがあまりにも素敵で(典型的なハンサムと言えばハンサム)彼が画面に映っているだけで目が離せなくなってしまいまいました。アンドリュー・ヘイ監督は、まずトム・コルンをキャスティングしてから、画的な相性のテストを繰り返してクリス・ニューをキャスティングしたそうで、本作にはトム・コルンの魅力的な存在は欠かせないのです。ただ、冷静になって考えてみれば、この俳優さんは1985年生まれの27歳(おそらく撮影時は26歳?)・・・「自分の息子の年齢じゃん!」と思うと、なんとも複雑な気持ちにさせられるのでした。ちなみに、トム・コルンは私生活ではストレート・・・ボクは完全に騙されました。
日曜日の早朝、まどろみながらベットの中で、グレンがラッセルの父親を演じて、ラッセルにカミングアウトするように言います。孤児で血のつながった父親を知らないラッセルにとって、そんな状況が現実には起こることはあり得ません。「ボクはゲイで女の子が好きじゃないんだ」とカミングアウトするラッセルに、父親役のグレンは、こう答えるのです。「そんなことはどうでもいいことだよ。今までと変わらず愛している。最初に月にいった男になるよりも誇りに思っている・・・」かなり大袈裟な言い回しではあるけど、これはグレンが彼の父親から言われたかった言葉なのでしょう。いや、ゲイの多くの人が、父親からこんな言葉を聞くことができたら・・・と妄想してしまうのかもしれません。
日曜日の昼過ぎには予定通り、ジェイミー宅へ子供の誕生日パーティーに参加しているラッセルですが、気持ちはそこにあらずといった様子です。それを見兼ねて、ジェイミーはラッセルを家の外に呼び出します。今まで、自分のゲイライフについて話すことを避けてきたラッセルですが、思い切って話してみると・・・「それなら駅へグレンを見送りに行くべきだ!」と、娘の誕生日の最中にも関わらず、ジェイミーは車を運転して駅まで送り届けてくれるのです。ジェイミーとラッセルの間にあったストレートとゲイの”壁”というのは、ラッセル自身が自分で勝手に築いていたものであったことに気付かさせます。
「さよなら」を言われるのは嫌いだというグレンは、見送られることを極端に嫌がっています。それは、何かを期待して裏切られる辛さを経験してきたからなのかもしれません。本当はグレンも「愛」や「ボーイフレンド」だって、全部信じたい・・・でも、傷つくことを恐れている自分がいて、「愛」に皮肉になってしまうです。別れのシーンでラッセルがグレンに何を語ったのかは、列車の音で聞こえません・・・その言葉は「愛」を信じて行動したことがあるなら、観客も自分の心に持っているはずなのです。その言葉を受け止めて・・・グレンはアメリカへ旅立っていきます。
もう二度と会わないかもしれない・・・それでも、二人の出会いは「本物」であったという「確信」は「永遠」なのです!
余談ですが・・・「ビフォア・サンライズ」には9年後を描いた「ビフォア・サンセット」という続編が制作されました。余韻を残した前作を見事に裏切る内容で・・・続編というのも”善し悪し”だと思いました。「ウィークエンド」の続編はいりません。
「ウィークエンド」
原題/Weekend
2011年/イギリス
監督&脚本 : アンドリュー・ヘイ
出演 : トム・コルン、クリス・ニュー
2012年9月15日/「第21回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭」にて上映