「首都圏連続不審死事件」という色気のない名前を付けられているのは、平成の毒婦”木嶋佳苗”が、練炭自殺に見せかけて少なくとも3人の男性が殺された事件のこと・・・報道され始めた当初、まだ容疑者として木嶋佳苗が確定していないという事情もあって、30代の女性という程度の曖昧な表現しかされていませんでした。
しかし、被害者の男性たちの実名と顔写真は、連日ニュースで報道されていました。その後、木嶋佳苗が逮捕されると、彼女の顔写真も公開されましたが・・・多くの人は1億円以上も貢がせた女のイメージをぶち壊す”木嶋佳苗”のルックスに驚かされたに違いありません。遺族たちにとっては、息子、兄弟、父親が、女に貢いだ上に殺されたという事実だけでも辛いことなのに、さらに「なんで・・・こんなデブのブスに騙されたの?」という辱めを受けなければならないんて、気の毒な話です。これは、この事件に限ったことでなく、被害者が報道によって、尊厳を失わされてしまうということは、よく起こってしまうことなのかもしれませんが・・・。
4月に陪審員による裁判が終わり、死刑を宣告されたのは記憶に新しいところ・・・物的証拠がないにも関わらず、死刑の判決が異例のことでしたが、それよりも関心を呼んだのは、木嶋佳苗被告(死刑囚か?)のあからさまで自分勝手、独特の価値観を示した不謹慎な供述でありました。連日、ニュースやワイドショーで報道されていましたし、週刊誌でも大きく取り上げられていたので、改めて詳しい説明は必要ないと思います。ただ、裁判での彼女の供述や、事件の詳細の報道によって「なんで、こんなデブのブスに?」という謎が解けたかと・・・逆に、我々の常識を覆すような発言ばかりで、さらに”木嶋佳苗”という女の謎が深まったような気がしてしまいます。
裁判終了後、次々と裁判傍聴記なる「カナエ本」の出版ブームが起こりました。ボクにとって、久々に強烈に関心を惹かれた事件だったので、すべての「カナエ本」を購入してしまいました!
まず、一番最初に出版されたのが「週刊朝日」で連載されていた傍聴記をまとめた、北島みのり著「毒婦。木嶋佳苗 100日裁判傍聴記」であります。いい意味での女性目線による鋭い指摘や解釈によって、最もリアルに近い”木嶋佳苗”を表現していたような印象を持ちました。事件発生の順番と裁判で取り上げられた事件の順番が真逆だったので、時間軸を追っていくだけだと分かりにくくなりがちですが・・・適切な証言を抜粋することで、事件の全貌と木嶋佳苗”の人物像が伝わってきました。適度に著者の解釈や見解もあり、読み物としての面白さも十分・・・事件だけでなく、裁判の雰囲気も感じることが出来ました。もし「カナエ本」を一冊だけ読むなら、本書がお奨めであります。
「東電OL殺人事件」でも知られる佐野眞一著「別海から来た女 木嶋佳苗 悪魔祓いの百日裁判」は、いかにも”ルポルタージュ”らしく、木嶋佳苗”の故郷の取材や過去の知る人物への取材が織り込まれているのですが・・・いかんせん、上から目線の何様的な「佐野節」炸裂!”木嶋佳苗”はデブでブスな悪魔で、被害者の男性は騙されたバカ、という独断的なに決めつけている印象を感じました。「別海」というのは、”木嶋佳苗”の生まれ育った町の名前。しかし、今回の事件と場所柄の関連性って、東京から離れた田舎っていう以外、特にあるようには思えません。取材結果を佐野氏の見解とこじつけているところもあって、本末転倒な感じもありました。また、被害者に対して厳しく非同情的な書き方なので、被害者のことを思うと、読んでいて”いたたまれない気持ち”にさせられました。ただ、木嶋佳苗の子供時代、木嶋家の歴史、(果して必要かどうかは別として)被害者の家庭環境や家系までを取材をしているので、事件の背景を細かく知りたければ、一読の価値はあるのかと思います。
週刊誌的な見出しと構成の、霞っ子クラブ編著「木嶋佳苗劇場 完全保存版!”練炭毒婦”のSEX法廷大全」は、裁判傍聴する女性グループの”霞っ子クラブ”による裁判傍聴記だけあって、裁判の供述や、裁判でのやり取りが、本書の大部分を割いて、しっかりと”記録”されています・・・ただ、その反面、裁判自体のまどろこしさがああります。カナエギャル(ギャルって古い!せめてガールだろう?)の討論会と、木嶋佳苗の書いていたブログ(かなえキッチン、桜の欲求不満日記)の分析は、”マニア”ならでは記事で、資料的にも面白かったです。圧巻は、倉田真由美、岩井志麻子、中村うさぎという面々に語らせた、それぞれの「木嶋佳苗論」・・・僅か、巻末の9ページだけの記事ですが、ここだけでも本書を読む価値ありです。
最後は元”霞っ子クラブ”のリーダーであった高橋ユキ著「木嶋佳苗 危険な愛の奥義」。一番”真面目”な裁判傍聴記で、実際に裁判でどのような進行で、やり取りが行われていたのかを、事細かに記録しています。余計な解釈がないので、陪審員になったつもりで読むという楽しみ方もあるかとは思いますが・・・読み物としては少々辛いところはあります。発言の言葉遣いなどから垣間見えてくる”木嶋佳苗”の人間性や、報道のステレオタイプの印象とは違った一面を感じられるのは貴重だとは言えます。すべての「カナエ本」を読んで、もっと知りたい!と思う木嶋佳苗中毒の人には、必読かもしれません。
「カナエ本」4冊を読んで・・・実際に裁判を傍聴していないボクには確認しようもないことがありました。それは”木嶋佳苗”の声と所作・・・どうやら、彼女の声って鈴をころがすようなキレイな声だそうです。また、指先まで気を使っていて、いろんな所作も美しいらしいのです。所作に気を使うのは、いかにもセレブの”虚像”を生きる”木嶋佳苗”らしいとは思いましたが・・・彼女が「どんな声をしているのか?」というのは、まったく考えたこともありませんでした。美声は、デブだのブスだの七癖さえも隠してくれるのかもしれません。
”木嶋佳苗”の人物像を考えるとき・・・ボクは、大学の同級生だった”ある女性”を思い出してしまいます。勿論、彼女は詐欺師でも、殺人者でもありませんし、しっかりキャリアを持っている女性です。しかし、木嶋佳苗から感じる印象や容姿、発言の違和感をリアルで感じたことのあるのは、後にも先にも、この同級生の彼女だけのような気がします。多くの男とやる女って、一般的には(特に女性からは)評価が低いものですが・・・「モテ要素」が感じられないのに、異様にヤリマンだったりすると「どうして?なんで?」と不穏な疑問を感じてしまうものです。
この同級生は、一般的にいって”ブス”でした。エラの張った大きな顔をさらに強調するような”おかっぱ頭”、常に仏頂面で不機嫌そうで威圧的、胸はペッタンコで下半身はデカい洋梨のような体型・・・ファッションデザイン科ということもあって、おしゃれに気を使う学生が多い中、彼女の服装は常におばんさんっぽくて地味・・・大学内でもイケてない女子のひとりでした。しかも、勝ち気で喧嘩腰、プライドだけは異常に高くて優等生気取り、かなりの毒舌で他人の批判や悪口ばかり言っているという性格も悪く・・・男子からも女子からも敬遠されるタイプでした。
しかし、裏では彼女は・・・とんでもないヤリマン女だったのです。彼女は住んでいるマンションのドアマンや、近所の売店の店員など、あらゆる男を自宅引きずり込んで、セックスをやりまくっていました。また「男は、私のフェラチオのテクニックにイチコロ」「私のは名器だから、男は私のカラダから離れられなくなる」「私の手コキでイカせると、男は私の言いなり」など、木嶋佳苗のような発言を時折していたのです。「名器」「テクニック」自慢って、根拠なき優越感に浸りたいだけの、”ブス”の切り札のような気がしてしまいます。
女性の評価が美醜のみによって、すべて決まるわけではありませんが・・・ズバ抜けた美貌を持つ”美女”というのは、経済力のある男性と結ばれることが多く・・仕事でも男性からのサポートを受けやすく・・・女性からも憧れられる存在になりやすく・・・元々のポテンシャル以上の成果を上げやすいような気がします。お金持ちだから、いつまでも美しくいられるのか・・・元が美しいから、結果的に経済的に豊かな生活を送れているのか、どちらが先なのかは分かりませんが、”美女”というのは、それだけで経済的、精神的に多大なる恩恵を受けているので、わざわざ男を騙す必要なんてないのかもしれません。
それに”美女”に、いくらかの金を騙し取られたとしても「詐欺だ!」「騙された!」と男が騒ぐことも少ない・・・高級クラブのホステスや、キャバクラの若いネエちゃんだって、多かれ少なかれ男を騙しているようなもんなんですから。ぼったくりとしか思えない高額の会計だとしても、それに文句を言うほど男として野暮なもんはありません。なんだかだ言って・・・男は”美女”には寛容なんです。でも”ブス”に金を取られると損をした気になる・・・だから”ブス”は「結婚」という”エサ”をちらすかせない限り金を搾り取れなかったし、所謂”美女”ではなかったからこそ”木嶋佳苗”は「結婚詐欺」をするしかなかったのもしれません。
ブランド物に囲まれて、ベンツを運転して、高級食材を買いあさり、美味しいものを食べ歩く・・・そんなセレブ生活を送る”美女”なんて、腐るほど存在します。”美女”であれば、多少なりの「したたかな計算」と「運」があれば、医者の妻にでも、弁護士の妻にでも、実業家の妻にでもなれる可能性だってあるのですから・・・。若い頃の援助交際から抜け出せずに、勘違いしたままの”ブス”の成れの果ての”木嶋佳苗”は「したたかな計算」と「女性機能が高い=名器」という自信を武器に、勝ち組”美女”の人生を手に入れようとしたのかもしれません・・・。ブログの中の”虚像”でしかなかった”木嶋佳苗 ”の「セレブ生活」・・・それさえも、ブログの読者たちからは、容易く嘘を見破られていたらしく、当時「2ちゃんねる」では、笑い者になっていたというのですから、なんとも惨めであります。
ただ・・・”木嶋佳苗 ”は、世間一般が思っているほど、自分のことをモテない(ブス)とは思っていないのかもしれません。彼女は、自分自身の価値を「女性機能が高い=名器」として、自分は男が金を払う価値のある女であると、当然のように思っていたような節があります。もしかすると・・・金を貢いだ男たちの中には、貢ぎ”がい”のある女だと思っていた人もいるのかもしれません。ただ、次第に魔法が解けて・・・「なんで、こんなデブでブスに!」と男の方が感じ始めたら、どうなるのでしょう?男なんて現金な者で、期待を裏切られたり、夢を壊されたりしたら、すぐに金を出し渋ったり、すでに渡した金だって惜しくなったりするものです。「騙された!」「詐欺だ!」と、被害者の男性たちに騒がれる前に、練炭自殺に見せかけて殺してしまう・・・”ブス”だからこそ、”木嶋佳苗 ”は、騙した男たちが騙されたと確信する前に殺してしまうしかなかったのです。考えてみれば、睡眠薬で眠らされて、寝ている間に一酸化炭素中毒で殺すというのは(安楽死とまでは言わないけれど)自らの手によって殺害する事件ほどの、残忍な生々しさを感じません。
自分にとって不都合だから死んでもらうという自己チューな殺人・・・憎しみの感情の感じない淡々とした作業のように行なわれた事件だからこそ、ボクは”木嶋佳苗 ”の心にある絶望的に暗い闇に惹かれてしまうのです。