人生に於いて、もう一度”あの時”を繰り返すことができたなら・・・と思うことというのは誰にもひとつやふたつあるものです。”失敗”というほどまでではないにしても、今の自分であったならば違う選択をしていたはず・・・なんて、ふと考えたりしてしまいます。そんな過去の大事な場面を、何度もやり直すことができたのであれば・・・今の自分以上の”より良い”自分でいられたのではないかなんて思い、別に不幸でもない今の自分に落ち込んでしまったりもするのです。ニーチェの「永劫回帰」のように同じ時間を繰り返し生きることで「超人」になると言われても、そんな時間的な空間なんて存在するわけもなく・・・単なる妄想でしかありません。
ダンカン・ジョーンズ監督(デヴィット・ボウイの息子)の新作「ミッション:8ミニッツ/SOURCE CODE(原題)」は、”ある時間”を繰り返し生きなければならなくなった男の話です。アフガニスタンに派遣されていたパイロットのコルター(ジェイク・ギレンホール)は目が覚めると、シカゴに向かうコミュータートレインの中・・・目の前に座っているクリスティーン(ミッシェル・モナハン)からは”ショーン”と呼ばれるが全く覚えがありません。洗面所の鏡で自分の姿を見ると、見知らぬ男の顔・・・身分証にある”ショーン”という教師の顔なのであります。その瞬間、列車はとんでもない大爆発!しかし、気付くとコルターは小さなモニターのある暗い小さな部屋に拘束されていたのです。
モニターに映るゴッドウィン(ベラ・ファミーガ)と名乗る女性司令官によると、脳は死の直前の8分間の記憶が死んだ後も残っていて、その記憶にソースコードとして入り込むと”その8分間”を追体験する事が出来るというのです。そしてコルターの使命は、列車に爆弾を仕掛けた犯人を見つけること・・・何故なら、その爆発犯は次の犯行も予告しており、現実世界ではそれを未然に防げなければならないのであります。
コルターは繰り返し、同じ”8分間”を生きて、爆発犯探さなければなりません。軍人なのですから、訳が分からないながらも任務には忠実かつ、遂行能力にも長けています。すぐさま、時限爆弾の隠し場所を早々に発見するし、次々と怪しい人物にアプローチしてしらみつぶしに調査をしていきます。それと同時に、コルターはクリスティーンの優しい人間性に気付き、彼女だけでも爆発から救いたいと思うようになります。しかし、コルターが経験しているのは、すでに過去に起こった脳の記憶から紡ぎ出されたコード・・・「今」を書き換える事は出来ないのです。
同じ時間を繰り返す映画と言えば・・・1993年に製作された「恋はデジャ・ブ」を思い出します。ロマンティックコメディという軽いノリの映画なのですが・・・ニーチェの「永劫回帰」を具体的に体現するようなところがあって、深く考えさせられる作品でした。
ビル・マレー扮する天気予報士は、自己中心的でイヤミな男・・・グラウンドホッグ・デイ(春の訪れを占うお祭り)の取材に訪れたペンシルバニア州の田舎町の「2月2日」に、彼は永遠に閉じ込められてしまうのです。当初は困惑しているものの、徐々にやけっぱちになって悪事を働いたりします。しかし、あれこれやているうちに彼は番組のプロデューサーの女性に惹かれていることに気付くのです。ただ、彼女の好きなタイプの男のように振る舞ったり、彼女の興味ある話題に話を合わせても、彼女の心は動きません。あきらめて自殺しても、また同じ朝を迎えるという繰り返し・・・そのうち、彼は馬鹿にしていた田舎町の人々の存在を愛おしく感じるようになり、自我を捨てて町の人たちをし幸せにするために、その日一日を過ごそうと努力するようになります。そして、彼が悟りを開いた「超人」のように他人のためだけに過ごした”ある日”に、遂に彼は彼女の心を掴み、何千日ぶりに翌朝の2月3日をを迎えられるのです。
同じ時間を繰り返しながら島にいる100人の住民を幸福に導くという、プレイステーション2用ゲームソフトの「幸福操作官」は、ボクの好きなゲームのひとつです。これは、ある島の一日(朝、昼、夕、夜の時間帯に分かれていて、リアル時間で20分)をひとりのアバターとなって過ごすのですが、プレーヤーのイベント介入次第で、微妙にアバターのムードや物語が変わっていくといきます。アバターが遭遇するイベントで出現するアップエレメント(幸福感)をスナッチ(収集)して”エナジーカプセル”を溜めていきます。不幸なアバターはダウンエレメント(不幸感)を発生させながら、周辺のアバターも不幸にしていくので、上手にダウンエレメントを吸い込むことも大事です。アップエレメントを増やしていくことで、アバターたちは状況をポジティブ的に解釈して、ますます幸福感に満たされていきます。最終的には出来るだけ多くの住民を幸福感に導いていくのです。まるで、神的な視点で「永劫回帰」を経験するようなゲームなのでした。
ここから100%ネタバレ含みます。
さて「ミッション:8ミニッツ」は、ちょっと哲学的な設定ではありますが、あくまでもアクション映画・・・ただ、犯人探しについては、気をつけて画面を観ていれば、怪しい人物が分かってしまうのでミステリー要素は低いです。ただ、コルターの置かれている状況が徐々に分かってくると、人間ドラマとして心動かされていきます。まず、コルターはクリティーンにネットで検索させて、自分がアフガンですでに亡くなっていることを知ります。実はコルターは「脳」だけが生きているだけで、手足も下半身も失っているような状態であったのです。コルターは、すでに自分がこの世には存在しないコードでしかないことにショックを受けながらも、任務を遂行して犯人を特定することに成功します。
任務完了をしたもののコルターは、ソースコード内に存在するクリスティーンや他の住人達も爆発から救いたいと懇願します。現実世界には無関係のコード内の出来事であっても、コルターにとっては現実と同じなのです。脳維持装置の電源を切って、永遠に存在しなくなることをゴッドウィンに約束させて、コルターはもう一度だけ”最後の8分間”に戻ります。
爆発物の時限装置を取り外し、犯人を拘束したコルターは、列車の爆発事故もさらなる爆発テロも防ぐことに成功します。そして、友人のフリをして自分の父親に電話をかけて、口喧嘩して別れたままだった父親とも和解するのです。最後の一分・・・クリスティーンとキスをした瞬間に”8分間”は終わり、電源が切られます。ストップウィッチのようにすべて人々が止まり、カメラはゆっくりと車両を動きます。幸福な「永遠のとき」は、書き換えられない記憶媒体のデータとなったのです!
ここで、映画が終わったのであれば・・・ボクとしては満足でした。
しかし、この映画はこの先があるのです。実は、ソース・コードでコルターが経験していた世界というのは、実際に存在しているパワレルワールドであったというオチ・・・爆発を回避して生き延びたソースコード内のコルターにとって、キスした後の続きが存在していたのであります。これって、ハリウッド的なハッピーエンディングとも言えますが・・・そのパラレルワールドでも、負傷して亡くなったコルターの脳がソースコードとして爆発犯を見つけ出すということが繰り返されているという複雑なことになっていきます。「インセプション」の夢の中の夢の中のように、まるでメビウスの輪をぐるっと回ってしまったような感じに思ってしまいます。
多少のエンディングのモヤモヤ感はあるものの、凝縮された8分間のコルターの生き様には、ボクは感動を覚えたのでした。
「ミッション:8ミニッツ」
原題/SOURCE CODE
2011年/アメリカ、フランス
監督 : ダンカン・ジョーンズ
出演 : ジェイク・ギレンホール、ミッシェル・モナハン、ベラ・ファミーガ、ジェフリー・ライト
2011年10月28日日本公開予定